イチゴパフェ(前)
「そういやキタロー、お前昨日、桐条先輩と二人でどっか行ってたみたいだけど大丈夫だった?」
と昼休みに順平から太郎に向けて突然発された言葉の中で、ゆかりは引っかかる事が二つあった。
一つは昨日、太郎が桐条先輩と二人で出かけていたこと。
もう一つは、順平の言う”大丈夫”の意味。
太郎が誰と二人で出かけようが構わないが、イヤ待て構わなくないかイヤどうでもいいか、
イヤ待て思い出せばこの男は今年の夏、屋久島で自分を抱き締めてきたのではなかったか、
その男が桐条先輩と二人で…?それは所謂、…デート、としてだろうか。
そんな事を思いながらも、気のないフリで馬鹿二人の会話に耳を傾けてみる。
「うん?大丈夫だっ……いや、あんまり大丈夫じゃなかったかも」
何ですって。
思わずそっちを振り返る。
順平と目が合ってしまった。
「あー、そ。なぁ、ゆかりっちは今んとこ大丈夫?」
目が合ったついでに話題を振られる。
一体何が大丈夫なのかサッパリ解らないが、取敢えず会話に乗っかってみる事にした。
「…何が」
「いや、だから桐条先輩」
「だから美鶴先輩が何なのよ」
中身の全く見えない喋り方の順平に、思わずイラっときて言葉が刺々しくなる。
その声に順平はうーんと…と帽子のツバを弄りながら話の角度をどう変えようか思案しているようだ。
「えっと……だからさ、その、桐条先輩にどっか誘われてその…大丈夫だったって、コトなんだけど」
「順平は先週、死んだものな」
内容が少し見えた先から、今度は横から太郎の言葉。
順平も、誘われていた。それも先週。そして”死んだ”という言葉。
あの単純な順平の変化に全く気付いてなかった事にゆかりは愕然とする。
そして自分は一度も誘われてなんかいない事にも、愕然とする。
そりゃあの寮に入った初期の頃なんて、正直言ってゆかりは美鶴の事を信用してなかったから
どこか余所余所しい態度を取っていたけれど、最近では一番仲がいいと思っていただけにそれはショックだった。
「死んだ……」
ぽつりと呟くゆかりを無視して太郎は続ける。
「何かもう、一週間分の生命力奪われたって感じだったよね」
「もうなー……てかお前、何で生きてるのホント、オレ、ソレが不思議でたまんねぇよ」
何をしてたの何があったの、てかアンタらどこ行ってんの…!?
ゆかりの目が死んだ魚のようにどんよりとしつつも、馬鹿二人を睨みつける。
「…順平、アンタ、どこで何してたの…イヤ、太郎もだけど」
「だって僕は普段から鍛えてるからね。ってかアレだ、順平は普段から真田先輩で疲労が溜まってるから、
桐条先輩で二倍疲れたんじゃない?」
ゆかりの低い声で出てしまった質問は、太郎の言葉にかき消され、
追い討ちの如く、オレの敗因はそこかーーー!と叫ぶ順平に流されてそのまま有耶無耶になってしまった。
放課後になった。
昼休み以降あの二人は例の話題に戻らなかった為、結局ゆかりは何が何なのかを聞きそびれ、
もやもやと苛立ちを抱えた彼女の顔が授業中も般若のようだった事に彼女自身は恐らく気付いていないだろう。
(しかし彼女の席は一番前の為その正面に立つ教師の恐怖を考えると同情してしまう)
さて、馬鹿二人を寮まで引っ張って帰って、締め上げて昼間の内容確認でもしようかしら、
と思いゆかりが席を立ったと同時に、教室の前の扉が開く。
そこにはいつものエレガントでありつつ勇ましくも見える仁王立ちの桐条美鶴が立っていた。
いつも思うことだが、若く美しいご令嬢が仁王立ちというのはどうだろう、とゆかりはその姿を見る度に思ってしまう。
今日もその姿に同じ感想を抱いていると、美鶴がゆかりの方に真っ直ぐ歩み寄ってきた。
「ゆかり、すまない、今日の放課後は空いているか?」
ついに自分にも誘いが来た。
背後で順平が小さく、ヒっ!と叫んだのが聞こえる。
どうやら彼に取って彼女の”お誘い”は相当のトラウマになっているようだ。
どうどう、大丈夫だよー順平、という太郎の声も聞こえてきたが、馬鹿二人を振り返るよりも、今は。
「……どうかしました?先輩」
もしかしたら我が身を守らねばならないような内容かもしれないので警戒する事に専念する。
ただし、相手にその警戒が伝わらないように。
桐条美鶴は容姿端麗にして頭脳明晰そのうえ気丈で冷静という、その姿に相応しい人格を持っているが、
その裏で実は非常に他の目を気にする節があり意外と繊細に出来ている。
そんな彼女に下手に警戒している事が伝わるのは、あまり良くない事だとゆかりは理解していた。
「その……暇なら………少し付き合って欲しい所があるんだが…」
非常に歯切れの悪い言葉。彼女が滅多にこういう口調になることはない。
歯切れが悪くなるとすれば、それは酷くプライベートな内容の時だ。
元々、個人としてよりも”桐条グループのご令嬢”という肩書きで見られる事の多い彼女は、
相手が今自分に対してどういう対応を望んでいるかというものを汲み取る事に長け、
そしてその望みどおりの自分を出す事には慣れている。
が、その反面、個人的な、それもひどく些細な要求を自ら人に向ける事は不得手で、
相手の様子を伺ってしまうような部分があった。
勿論、ゆかりはそれをよく知っている。
ずっと不審の目で見ていたのだから。
彼女の行動、言動、全てを疑って、隈なく見張るようにしていたのだから。
そして彼女と打ち解けた今、自然と彼女を最も理解する人間になっているのだから、
イヤというほど彼女のそういう部分をよく知っていた。
「いや、君が嫌だというのなら別に構わないんだ、その……たいした用事ではないし…」
あ、今目を逸らした。て事は本当に小さな事だ。けれど物凄く渇望してるような事。
彼女の仕草の一つでも大半の事が見えてしまう。
そしてそれを構わずにはいれない自分に、ほんの少し呆れて、そして
「ま、アタシも暇ですし?別にいいですよ、美鶴先輩」
しょうがないな、という顔で返事してやれば、微かにだが美鶴の表情がパっと明るくなるのが解った。
こうやって普通にしてたら可愛いのに、先輩。
思っても口には出さない。
出せばきっと真っ赤になって狼狽えて、そして余計に面白い行動に出られてしまうのも解っているから。
でもいつかは言って、ぎゃふんと言わせてみたい気もしているが、今は取敢えずいい。
「これを……」
美鶴が指差す先にあるのはショーウィンドウの中の、特大パフェ、の文字。
ここは駅から少し離れた所にある喫茶店。
どうやら彼女の要求は、この通常ではお目にかかれないサイズのパフェのようだ。
普通サイズのものなら見た事もあるだろうし食べたこともあるだろう。
それもこんな喫茶店にあるようなものではなく、きっとどのフルーツも高級品で、一流のパティシエのよる物を。
しかしどうも彼女はこの大きさに心を奪われたようだ。
「その…コレが食べてみたくて……しかしその…一人でこういった所に入った事がなくて…
いや、ゆかりは好きな物を頼んでくれていい、もちろん私が誘ったのだから遠慮はいらないしそれに」
「いや先輩、お言葉ですがコレ、一人で食べるつもりですか?」
彼女の言葉尻に被せて、コレ”特大”ですよ、とゆかりは冷静に言う。
心の中では、馬鹿じゃないのコノヒト、なんてこっそり思いながら。
が、普段他の寮生(特に順平)に向けて言うような、冷たい”馬鹿”とは違うニュアンスで。
「え、こ、コレは……ちょっと待て、ゆかり、どういう意味だ…!?」
特大パフェの”特大”は、そのままの意味なのだが、どうも美鶴には理解できないようだ。
特大パフェ。
大きさからいって通常の2倍強ある。
普通に考えれば、これは一人で食べるものではなく、出来れば三人、せめて最低二人で食べなければ
到底無理な代物だ。
「先輩が大食いをやってみたいって言うなら話は別ですけど、コレは一人じゃ無理ですよ」
そう言ってやると、美鶴が明らかにガッカリした表情になる。
そうかそれじゃあ無理だな、と言いたげな顔。
「…そうか………そ、それなら普通サイズの…」
「先輩、アタシ別に食べないなんて言ってないですよ?」
その姿があまりにも可哀想に見えて、ゆかりはそう告げる。
「い、いいのか……!?しかし…」
「いいですって。ちょっと面白そうだし。あ、でも味はアタシに選ばせてくださいよ」
本当はクリームソーダが食べたかったけど、しょうがないじゃない、そんな顔されたら。
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