イチゴパフェ(後)



目の前にドンと置かれたイチゴパフェは、ショーウィンドウ越しに見るよりも遥かに威圧感があった。

美鶴は驚きと、そして感動の混ざった好奇心旺盛な子供のような顔でそれを見ている。
それとは対照的に向かいのゆかりは落ち着いた様子で、さて食べますか…とスプーンを手に取った。


「先に言っときますけど、先輩が日頃食べてるような最高級品じゃないことだけは忘れないで下さいよ」


それはつまり、多少味が落ちても頑張って食べきるように、というゆかりからの忠告だった。
その言葉はすぐに理解できたのだろう、言われた美鶴は一瞬真顔になって頷いた。

いや、そんなたかがパフェ如きでタルタロスに向かうような顔しないで下さいよ。

そう思ってみるもののこの特大パフェ、怯みそうなそのサイズに確かに攻略は容易でないのも解る。
美鶴ほどではないが、ゆかりも多少気を引き締めてかかる事にした。







「そういえば昨日、水木に頼んではがくれに連れて行って貰ったんだ」


食べるのに夢中になり、思わず続いた沈黙を気まずいととったのか、美鶴がそう話しかけてきた。

昨日。

その単語にゆかりは一瞬スプーンを持つ手が固まる。
昨日、そう、昨日だ。
昼休みに太郎と順平が話していた内容。
ゆかりはその事も少し聞きたかった事を思い出した。


「はがくれ、ですか…」


太郎。
あのボケ、夏休みに人を抱き締めておいて美鶴先輩とデートとか、覚えてろ。

自然と目が据わったゆかりに気付いて、美鶴が慌てる。


「いや、その……す、すまない、そういうつもりで誘ったんじゃないんだ、その…君が水木の事を好きだという事は知っているし」

「はぁ!?」


誰が誰を好きですって!?
思わず出た声の大きさに自分でも狼狽えたが、美鶴はそれを上回るように狼狽えた。


「いや違う、私はそんなつもりで彼を誘ったんじゃないんだ、その単に」

「………アタシ、一言も太郎の事を好きだなんて言った覚え、ありませんけど」


そりゃあ確かにあの夏ちょっとイイなとは思ったけど、思いはしたけどあの状態なら仕方ないっつーか
太郎への好きは、ぶっちゃけ順平への好きに若干毛が生えた程度つーか…

ていうか、あの普段からF組の教室で馬鹿会話してるあの男が、美鶴先輩に何かしたんじゃないかって、
それでこっちは頭がいっぱいっつーか、って、え、アレ、何かアタシ、オカシイな何でこんな事考えて、アレ、
えっとそう、そうそう!ちょっと抜けてるけど尊敬できる先輩にあの馬鹿たちは相応しくないから、そゆこと!


「そ、そうなのか…?」

「そうですよ!…その、太郎も順平も同等に友達の”好き”ですから変な誤解しないで下さい」


些か取り乱したゆかりだが美鶴はそれに気付かなかったようで、彼女の怒りの理由が”太郎を取られた”ではない事に
一先ず安心したらしく、いつもの張り詰めた顔でもなく相手の様子を伺うような顔でもない、
”素の桐条美鶴”の顔を見せた。


「そう、だよな、君達三人はまるで”ズッコケ三人組”のようだものな」

「先輩、ソレ、読んだことあるんですか…?」

「…………………………ぃゃ…」

「……ないなら無理に喩えなくていいですから」

「………………すまない…子供の頃からそういった児童文学に触れた事がなくて…」


なのにスグまた申し訳無さそうな顔に戻る。

”一般”というものとかけ離れた生活を送っていたというのは、どうやら彼女の中でコンプレックスになっているらしい。
それは特に最近、彼女と話していてゆかりは感じていた。

父親を失った今、この先彼女を待っているのは桐条グループの総帥という立場だけだ。
恐らくは高校卒業と同時にそのポストに着くのだろう。
それはつまり、彼女に残された”普通の思い出”があと僅かしかないという事を示していた。

だからだろうか、とゆかりは推測する。
彼女が太郎にはがくれに連れて行ってくれと頼んだのは、所謂普通の、自分と同い年の子供が経験するであろう、
一般的な、ささやかで光に溢れた学生生活を味わいたかったのだろうか、と。

ほんの少しだけでも、心を許せる仲間が居る間に味わっておきたいのだろうか、と。



「で、はがくれは楽しかったんですか?」


ほんと、しょうがない人だなこの先輩は…。と話の続きを要求する。


「……え、あ、あぁ、それがな、初めてラーメンというものを食べたのだが、アレは美味しいものだな。
こう、スープが素晴しい、いや麺もだな。何というか、スタミナもつくし男子生徒が食べるのもよく解る、それに」


話を振ってみればとても嬉しそうに話す美鶴に、ゆかりの頬も緩んだ。
あぁ、ホラ、先輩、そういう顔してたらご令嬢ってカンジ抜けて本当に可愛いのになぁ。
なんて思う様は、どちらが年上なのかさっぱり解らない。


「そう、それでな、シェフに一言礼を言ったんだが、その時太郎が横でスープを吹いたんだ。
全く、食事中に噴出すなど無礼にも程があるだろうに………うん?まさかスープはああして一度吹くのが作法なのか?」


どうなんだろう、ゆかり、と言いたげにこちらを見てくる美鶴に思わず笑いそうになるが我慢する。
イヤ普通はそんな事しないよっていうか先輩が面白すぎるからでしょ、なんて口が裂けても言えない。
言ってやってもいいけれど、こういう部分が可愛いと思えるのだから放って置きたい気持ちのほうが強い。


「……いや……その………それより先輩、順平とも出かけたんですって?」


この分だと順平の”死んだ”の意味も大体想像がつくが、聞いてみよう。
そう思って話を挿げ替える。


「え?あぁ、伊織には”ゲーセン”に連れて行って貰った」


”ゲーセン”の部分に幾分かの緊張を含んでいる辺り、恐らく順平にその言葉を教えてもらったのだろう。
どうせその前は律儀に”ゲームセンター”と言ったに違いない。
いや案外”娯楽場”とか”遊戯広場”とか、そんな言い回しだったのかも。
だとしたら、順平は恐らくスタート地点でまず”死んだ”だろうに。

そう思うと話を聞く前から噴出しそうになるがグッと我慢した。


「…で、どうでした?」

「まず音が大きいな。驚いた。伊織と会話するのにも声を張らねば成り立たんのだ。アレは苦労した。
それによく解らなかったのだが何故、人形や玩具をわざわざ妙な機械で取る必要があるんだ?
欲しいのならば普通に買えばいいモノを……伊織に聞いても答えてくれるどころか、その場にしゃがみ込んでしまったんだ」


駄目、美鶴先輩、アタシ今ここで”死にそう”。


「それとな、伊織があっちは必要ないと言って隠したせいであまり見えなかったんだが、その…何だ、その…
ま、麻雀らしき画面が見えたんだがその……気のせいか知らんが、その、裸の女の画像が…
アレは、アレは何だったんだ、ゆかり!伊織に説明を求めたが何故か勘弁してくれと許しを乞われてしまって…!」


いや、順平、アンタ頑張ったわ、本当。
普段から真田先輩に振り回されて色々と疲労してるでしょうに、追い打ちで美鶴先輩にまで追い詰められてさ、
ホント、ご苦労様、今度何かお菓子買ったげるから。


「それで……その……どうも彼を疲れさせてしまったようなんだ…もっと他も見せてもらいたかったのだが…」


いやソレ先輩、”処刑”より怖いと思うな順平からしたら。
駄目、マジ、それやめてあげて。何ていうか聞いてるだけで笑いと同時に涙が零れそうだし。

とそこで少し嫌な予感が頭を過ぎった。


「………先輩、まさかと思いますけど今度は風花をどこかに誘うつもりですか?」


同じ3年の真田より若干マシとは思うがこの愉快な先輩を、あの繊細な少女一人に任せるというのは、
流石にゆかりも心苦しく思ったのだろう。
男二人が犠牲になっているのは笑えるが、風花だとちょっとシャレにならない。


「そ、そのつもりだが……伊織のように疲れさせてしまうのかも知れないと思うと…」

「先輩、アタシ、弓道部のほう、今は結構暇なんで声かけてくれたらいつでも付き合いますから。
だから他の人の予定をいちいち気にしないでアタシを誘ってくださいよ」


一番の仲良しなんだし、と付け加えてやれば、美鶴は頬を染めて嬉しそうにする。

生まれてこの方、彼女が喉から手が出るほど欲しても手に入らなかったもの。
”対等な友達”。
恐らくそれは、卒業してからも彼女の心の支えになるであろう、最高に幸せな記憶。






「まぁそんなワケで次はいいとして、兎に角今は目の前のパフェ、早く食べきっちゃいましょ」


今度はたまに駅にワゴンで来てる、あの店のクレープでも食べますか?
なんて食べ終わったら逆にそう言って誘ってみようかな、とゆかりは思案を始めていた。




*******
駆け足過ぎた内容になっちゃったけど、ゆかみつ。

美鶴先輩って本当、可哀想といえば可哀想な人だと思うんだけど、
ゆかりは憐れむ方がヒドイって解ってるから、憐れまずに一緒に居てあげられる子だと思う。

因みに主ゆか要素ナシ。アンド、主美もナシで。
ゲームだとこの後も主人公とどっか行くっぽいけど、ナニソレ ワタシ ソコマデ ゲーム ススメテナイシー。