ヒゲとボイン



平日よりもゆっくりめに起きるといっても、天田はいつも9時前には必ず起きて朝食を取っていたが、
この日は珍しく時計が12時を過ぎた頃にリビングに現れた。


日曜日。


静まり返ったリビングのテーブルの上には、順平が作った朝食のサンドイッチが、
サランラップを被ったまま放置されている。
近くには、昼飯はヤキソバ!in冷蔵庫、と頭の悪そうなメモが残されていた。


あぁ、そう言えば今日は野球少年の為にクレープ屋やってるんだったっけ…


まだ目の覚め切っていない頭で天田はボンヤリと思い出す。

真田は今日は朝からジムに行っていて、帰りは6時予定とコルクボードのスケジュールにはあるが、
久々に試合が入ったので、きっともう少し遅くなるだろう。
順平の方は、どこにも予定が解るものを書き残しては居ないが、野球の試合が2時までと言っていたから、
きっと帰りは3時ごろだろう。

一先ず、サンドイッチを食べて、少ししたらヤキソバも食べよう、と天田は牛乳をコップに注ぎながら考えた。




最近天田は、同居中のヒゲでボウズ頭の、年齢で言えば6歳、学年で言えば7歳年上の、
180cm近い男に対して少しばかり平凡ではない感情を抱いている事を自覚していた。

恋ではない、としても憧れとも言えない。
子供の頃から一番仲が良かった相手ではあるが、友情にしては執着心が強すぎるこの感情を
果たしてどこに分類すればいいのか、と考える。

彼と話すのも遊ぶのも、傍に居ることも、今まで特別に楽しいと認識はしなかったが、
自分に接するように他の誰かとも接する事や、自分の知らない一面がまだある事に妙な苛立ちを覚えてしまう。

それはもう一人の同居人、真田に対してもそうだ。

元々子供の頃から”立派な大人のイメージ”として憧れていたはずの真田に対し、
順平への分類不明な感情を自覚してからは、寧ろ対抗意識まで生まれている。


順平が甲斐甲斐しく真田の世話をするのは、何だか少し、気に入らないのだ。
(あくまで少し、と本人は言う)


天田の毎日お弁当や、今もお昼ご飯まで丁寧に用意してくれている事に関しては、現在、少年の頭の中には、ない。




ここ最近ずっと、まずは順平への感情を何とか分類しようと何度も気持ちの整理を試みていた。

そこが上手い具合にスッキリすれば、他の事も鮮明に回る、と思ったのだろう。
しかしそれと同時に、一番近い答えは”恋”だという事も薄々感付いていた。
ただ、素直に認める気になれないだけで。

だって普通そうだろう。

母親を”事故”で亡くし、その仇を”暴力事件”として失い、一時期、陰ながら非凡な毎日を送っていたが
自分は普通に誰かを好きになり、夫婦になり、そして家庭を持つと思っていたのに、よりによって、


よりによって、前途洋々たる少年の恋のお相手が、ヒゲでボウズだなんて。

因みにスネ毛だって勿論、生えている。
何せ男だから。


そうそう素直に自分の感情と素直に正面から向き合う事は出来ない。




「こればっかりは、難しい問題だよね…」


誰に向けるでもなく、一人、声に出して言ってみる。
ついでに両手を上げてみて、順平がよくやる”お手上げ侍”もやってみた。


と、その時何気なくやった視線の先に、順平が買って来た週刊誌が飛び込んできた。

黄色いビキニに身を包んだ美少女が、胸を強調するポーズで微笑んでいる。


………順平さん、ホントこういうの好きだよなー…何ていうか、ダイレクト過ぎ…

呆れる。
悲しくもなる。
自分はこんなにも悩める少年なのに、お相手は隠しもせず悪びれもせず、わースゲーボイン!とか言ってるんだから。



何となく考えてみる。
順平に、このグラビアの少女のように胸があったら、自分は揉んでみたいと思うのだろうか。

弁明するようだが、天田はちょうど思春期間真っ只中なので、何も特別スケベでこう考えているワケではない。
(同じ歳頃の順平がコレを考えるとスケベ扱いを受けていたが、その辺は明らかに日頃の行いのせいである)


閑話休題。
天田が幾ら考えてみても結論は、別に揉みたくない、にしか辿り着かなかった。
そもそもどう頑張ってもあの顔からヒゲが取れないし髪も伸びてくれないのだから仕方ない。
では逆はどうか。
自分に彼女のような胸があったとして、順平に揉んでもらいたいと思うのだろうか。



それも、無理、の言葉で埋め尽くされた。

順平に揉まれるのが無理、というより自分の首から下にこんなモノが付いてる想像が厳しすぎた。
自分の姿だというのに、吐き気を催すというのは如何なものか。


どうやら今日も感情の答えは出そうにない。
今しばらく”暫定・恋”で現状維持になりそうだ。

せめて何かキッカケでもあれば、素直に恋心を認めれるのかもしれない。


そう思っていた矢先、自分の携帯がメールの着信を知らせる。
のろのろとした手つきで携帯を手繰り寄せ、ディスプレイを見れば、

 


メール着信1件 伊織順平



の文字。
開いたメールには、



 暑くて暑くて俺っちシナシナ。もー流石にお手上げ侍\(×_×)/









「………………っぷ…!」


物凄いタイミングで、暫定・恋のお相手からのメール。
不細工な顔文字付きで。


「ぷぷ、……ふふ………アハハハハハハハ!順平さんってば……!!!」


何だよコノヒト、本当、時々スッゴイ神がかり的なんだから。
こんな事されたら僕もう逃げ場がないじゃないか。




一頻り笑った後、どうせならそのシナシナ状態を写メって下さいよ、と返信しておいた。
冷たい牛乳を美味しそうに、とびっきりの笑顔で飲む自分の写メ付きで。







あー早く順平さん、帰ってこないかな。
何か沢山話したいし。
そう言えば聞きたいこともあったんだ。

そのヒゲやめないの、とか。
7年間ボウズで飽きないの、とか。
お手上げ侍って何、とか。
ボインが好きなの、とか。


好きな人とか彼女いないのって聞くのは、酷かな。


チドリさんの事、まだ想ってるのとか、聞きたいけど……コレはまだ踏み込めないかな。


真田さんが帰ってくるまで短くても3時間は喋れるハズなんだから、早く帰ってきてくれないかな。
僕、ちゃんとサンドイッチもヤキソバも残さず食べて待ってるからさ。



順平さん、早く帰ってこないかな。




*******
昼下がりの炭酸と同じ日の天田少年。
ようやく本格的に自覚しました。

お手上げ侍のメールの少し後で真田が順平のワゴンに遭遇してます。


タイトルはすいません、ノリです。単なるノリです。本当、すまんかった。