地獄への道



「いいかい、秀。キミ、何が何でも今日は征士と寝るんだよ」


居酒屋を出て電車に乗って、そして駅で降りて。
今は今夜の寝床となる征士と当麻の住むマンションへの帰り道。
伸は後ろに引っ張った秀に向けて小声で、でもしっかりと言った。


「拒否権ナイからね」

「絶対イヤだって!」


秀は完全拒否の体勢である。
そりゃそうだ。
さっき居酒屋でもその事で散々揉めたばかりではないか。
自分を抱くとかそれは浮気だとか、お前以外知らないとか…とか…とか。

何が何でもご免被りたい。
幾ら征士と当麻の仲を許容して祝福できても、貞操の危機が己に降りかかってくるのでは、話が別だ。


「オレ、その趣味ねーもん!」

「征士と当麻もそう言ってたよ」


お互いに興味を持つまで、一切ソチラの趣味はなかったと2人は嘗て言っていた。
女性に苦手意識のある征士は少しばかり不明だが、実際当麻はそれまで普通に彼女を作っていた。
(あの性格故、長く続く事はなかったけれど)


「案外、人間ってどう転ぶか解らないよね」

「ヤメロよ!そういう怖いこと言うの!!」

「…?どうした?」


少し後ろで騒いでいる2人を訝しんで遼が振り返る。
店では凄まじいまでの笑い上戸ッぷりを発揮していた遼だったが、歩いているうちに酔いが醒めてきたのか、もう落ち着いていた。


「何でもないよ」

「?そう」


また前を向いて当麻との会話に戻る。
さっきコンビニに寄って買ったばかりのアイスをもう食べようとして物色しているらしい。


「大丈夫だって、秀。征士、言ってたじゃない。『当麻以外で勃たない』って」

「一番知りたくねぇ情報だったわ!」

「でもそれ聞かない方が怖いでしょう」

「……確かに…そう、だけどよぉ…」


秀は情けない声を出しながら前を見る。
前を歩いているのはコンビニの袋を持った遼と、その中身を覗き込んでいる当麻。
そしてその隣にいる征士。

…なのだが。


「………オレ、ベッド入った途端、当麻と間違えられたらもうオシマイだ…」


征士の手を見ながら嘆く。

現在征士の右手は、己の右側にいる当麻の左手の指を緩く絡めとっており、歩くに任せて時折、さり気なく当麻の尻を撫でていた。

当麻も、何とか言えよ……。
と心の中で言ってみても、アイスに夢中の当麻は一切気にしていない。
普段は少しでもそういう気配を漂わせて触れようものなら所構わず怒鳴り散らしているのに、今は全くだ。
夜道が暗いからだろうか。
それとも2人きりだと案外、いつもああなのだろうか。
いや、まだ酒が残っていて解っていない可能性もある。


「征士がキミと当麻を間違うなんて有り得ないよ」

「なんで」

「体型がまるで違うじゃない」

「それはどっちにも失礼だろ!」

「だったら痩せるなり、当麻をもう少し太らせるなりしなよ」

「無茶言うな!それにもし違うってなった時に、オレ、ぶった切られる可能性だってあるんだぜ!?」

「アハハ、それはあるかもねぇ。『当麻をどこにやった!』とか言いながら」

「笑いごっちゃねーって!!!オレ、貞操の危機か生命の危機だぜ!?」


伸の襟首を掴んでグイグイと揺さぶる。
このままでは本当に明日の朝には流血沙汰だ。…色んな意味で。


「だから頼むよ、オレ、お前らと寝るって!」

「駄目だって」

「何でだよ!」


必死の懇願を受け入れてもらえない秀は、もう本当に泣きそうな顔をしている。
しかし伸だってそんな彼を可哀想だとは思っても、ここで折れるわけにはいかない。
だって。


「キミ、夜中に当麻の声で『あんっ』とか『…もっと』とか『イク…』とか、そういう喘ぎ声聞きたいわけ?」


そう、そうだ。
目の前を見ると、身体は遼のほうに寄っているが、左手を振りほどこうともしていない当麻と、
その絡めた指を慈しむように撫でている征士がいる。
今夜この2人を同じ部屋にしてしまえば、かなりの高確率でヤらかしてくれるに違いない。

最悪、である。


「〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」


秀の頭には想像などしたくもないモノが過ぎり、もう泣いていいのか青ざめていいのか喚いていいのか、混乱している。
取敢えず、失神してしまうのも一つの手かもしれない。
ただしその場合、問答無用に征士の隣に寝かされるだろうけれど。


「なぁ、なー、伸、伸様、お願いだって、助けて、マジ、どうにかして!」


妻も子供もいる身としては、五体満足、心朗らかで狭いながらも楽しい我が家に帰りたい。
けれどもう手はナイ、らしい。
伸は首を横に振って秀を絶望の淵に叩き落す。
だって誰だって我が身が一番可愛い。
幾ら仲間と言えど聞きたくないものは聞きたくないし、何かを犠牲にすれば助かるのならそれが一番だ。



マンションはもう目の前だ。

しかし秀を見捨てるのも些か夢見が悪い。
酒豪の征士を迎え酒で酔い潰すのは不可能に近いだろう。
こうなったら最後の手段。
当麻に許可を得て、隙を見て征士を先に寝かせるしかない。


…………2人の家、何か死なない程度の鈍器ってあるのかな…


なんて物騒なことを考え始めている伸は、実は今この中で一番酔っているのかも知れなかった。




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何となく続けてしまいました。イン居酒屋
この道は秀にとっての地獄への道か、征士にとっての地獄への道か。
秀は既婚者っぽくないですか。私の中では既婚者です。