会いたくても、会えなくても



昨夜は無理矢理に出席させられた飲み会で疲れ、そのまま風呂に入ってしまい、征士らしくもなく携帯をチェックするのが遅れてしまっていた。
風呂から出て一息ついたところで誰かから連絡があっただろうかと携帯を見れば、数件の着信に紛れて恋人のものを見つけ、慌てて掛けなおしたが、
もう既に彼は寝ているらしく、電話に出てくれる事はなかった。

怒ってなければいいが…

普段、滅多にかけてこない相手だ。
何かあったのかもしれないと不安になり、メールも入れておいたのだが返事がない。
昼休憩に出た際に、なるべく静かな場所で電話をかけたがやはり出ない。
もしかして今日、この会場に来るのだろうかと思ったが、それだけはない筈だ。これは企業向けのものであって、個人が入る事は出来ない。
ただ当麻の場合、どこでどういう伝手を持っているのか謎の部分があるから潜り込んでくる可能性は否定し切れないのだ。
自社のブースに商談に来た女性が、必要以上に征士と言葉を交わそうとするたびに征士は焦るハメになった。



結果で言えば、当麻は来なかった。当然の事だ。
だが終わってすぐに携帯をチェックしたが、相変わらずメールも着信もなかったのに征士は落胆してしまう。

こんなにも欲しているのは自分だけなのだろうか。

そう思わずにはいられない。
そもそもこの関係は征士から始めたものだ。
本来の営みから外れた恋は深く胸にしまって、永遠に彼だけを想って、表面上はあくまで仲間としてずっと付き合っていこうと思っていたのに、
彼が恋人が出来たと言うたび、別れたと言うたびに心は掻き乱され、遂には想いを抑えきれずに打ち明けて始まった関係だ。
ひどく恥ずかしがり屋のため本当に偶にだが当麻も愛していると一生懸命に言ってくれるし、男としての尊厳を踏み躙るような行為を
受け入れてくれている時点で彼の気持ちは疑うまでもないのだが、それでも想いの差というものがあるように感じられてならない。


「…………いかんな」


どうも考えが建設的ではない。
その原因はこの出張への苛立ちだと、八つ当たりのように思いながら征士はブースを簡単に片付け始めた。





「伊達さん、今日、この後のご予定は…?」


会場を出ようとしたところで昨日と同じように主催会社の、だが昨日とは別の担当が控えめに声を掛けてきた。
あんなホテルを用意した割に、同じ人間が誘ってはあからさま過ぎるというのは解っているようだ。
その誘いに征士はどうしようかと思案する。

ホテルに帰ってもする事はない。
当麻からの連絡を待ったほうがいいのかも知れないが、こない可能性もある。
それを独り待つというのだろうか。あの時間に耐えられるだろうか。
ならばせめてもの気を紛らわす道具として、今夜の誘いに乗るのはアリなのかもしれない。
失礼かもしれないが、携帯はマメにチェックさせてもらえばいいかと気持ちがそちらに傾き始める。


「…今日は、」


言いかけた征士の視界の端に、見慣れたものが見えた。

青い車だ。
自分たちの車は流行のものではないが限定車種ではないのだから、たまに街中で見かける代物だ。
色だって何も特注のものではない。綺麗なナイトブルーだが、選ぶ人間は当然他にもいるはずだ。
だが征士はその車が気になって相手にバレないように視線を流した。

ナンバーは19-73。


「…今日は、……すいません、個人的に済ませておきたい用事がありまして」


それを見た途端、思わず口からそう出ていた。

相手はそれを聞いて必要以上に食い下がって心象を悪くしてはいけないと引き際を弁え、素直に去っていった。
その影が見えなくなったのを見届けると、征士は急いで車に駆け寄る。


「…っ、当麻、」


窓が開いて見えた姿に思わず名を呼んだ。こんな高揚感はいつ振りだろうか。
運転席に座っている愛しい人は、ニっと口端を持ち上げて笑うと、それに誘われるように征士が運転席に近付いた。


「当麻、どうして…、」

「来ちゃった」


可愛らしく言う恋人に口付けたくなるが、場所を考えてぐっと堪える。
すると、


「乗る気があるなら乗れよ」


と助手席を示された。









流石にお前が泊まってるホテルはまずいだろ?と言って当麻が車を向かわせたのは、ラブホテルだった。
最近建てられたらしい建物は昔のイメージとは違って爽やかな印象でもあり、まるでインターネットカフェのようなてとも気軽な印象を与える入り口をしていた。

裏手にある駐車場に当麻はさっさと車を停める。


「…………知っている場所なのか」


会いに来てくれただけで充分嬉しいのに、何故か全く迷いのない運転だった事に、ついそんな事を言ってしまう。
征士の言いたい事を理解した当麻はまさか、と笑って車から降りた。


「朝から調べてたんだよ、ここ。展示会の会場からも、お前のホテルからも適度に離れてて適度に近い場所で、綺麗で飯もある程度旨くて、
しかも男同士で入っても変な目で見られない場所。探すの結構骨が折れたんだぜ?」


ほら、早く。
そう言って未だ助手席から降りた場所で立ち尽くしている征士の手を、当麻が引いた。




明るい部屋の奥には大きなベッドがある。
天井には鏡があったが、それはベッドサイドにあるボタンで隠す事も出来るらしい。
こんな場所に征士が来たのは当麻と付き合いだしたばかりの頃、柳生邸にみんなで集まった夜に我慢が出来なくなって来た時以来だ。
あれから何年か経ったが、随分と変わったものだなと感心しているとバスルームに向かった当麻の笑い声が聞こえてきた。


「どうした?」


既に脱いでいるかもと僅かに期待して覗きに行けば、当麻はまだ服を着たままで壁を向いて笑っていた。


「あ、征士、駄目駄目。ちょっと外に出てて」


そして笑いながら征士を追い出す。
何が面白くて何が駄目のか解らないままの征士に、ベッドに座ってろと指示が飛んだ。

朝からこういうホテルを調べていたという当麻は、恐らく設備に関してもある程度は情報が入っているのだろう。
だが征士は何も解らない。
そもそも今の状況も、突然すぎてちょっと把握しきれていなかったりする。

一体何なんだ。

そう思いながら未だ着たままだった上着を脱ぎ、ネクタイを緩めてベッドに座ると気付くことがあった。
最初に目に入った情報にばかり気を取られていたがよくよく見ると、部屋の中央には先程足を踏み入れた円筒形のバスルームがあり、
ベッドに腰掛けるとそれが真正面に見えるのだ。
通常の壁とは異なる素材のその浴室を、何だろうかと征士が眺めているとそこに急にシルエットが浮かび上がった。


「………!?」


先ほどまではただのピンクの壁だった筈が、薄っすらと透けている。
そこにある影は、どう見ても当麻のものだ。
服を脱いでいるのが動きで解る。
どうやら当麻が自分を追い出した理由は、この仕掛けらしいと気付くと征士は有難くそれを観賞する事にした。

まずは羽織っていたシャツを、そして中に着ていたTシャツを。
ベルトに手をやって外すと、そのままズボンを脱いで下着に手をかけたところで、征士は思わずツバを飲み込んだ。
よく見知った身体だが、まるで焦らされるようにこうして見せ付けられるといつもと違う興奮を覚えてしまう。
それが解っているのか、当麻は一旦、下着を脱ぐ手を止めてしまった。

何故そこでやめる…!

無意識に身を乗り出していた征士は、強く拳を握り締めた。
すると当麻の影が征士のいる壁と反対側に向かい、何か操作をしている。
今度は何が起こるんだと期待している征士をよそに、実際は何も起こらず、シルエットだけの当麻はそのまま下着を脱いでシャワーの方に進んだ。


期待が外れた事に落胆しているとシャワーの音が聞こえてきて、一昨日の夜を思い出す。
征士の下肢はすっかり雄を主張し始め、これ以上はバスルームの方も変化をみせる様子がないのでそろそろ乱入してもいいだろうかと腰を浮かせた時だった。


「……………っ!」


壁が完全なクリア素材になり、突如、裸の当麻がハッキリと征士の目の前に現れた。
流れる水が幾つもの筋を作り、肉の薄い、だが決して貧相ではない当麻の背中を幾重にも流れている。
その筋のうちの1つが細い腰を真っ直ぐに降りて、形のいい二つの膨らみの間に消えた。
また、征士はツバを飲み込んだ。

するとバスルームの中の当麻が突然振り返り、悪戯が成功した子供のように屈託なく笑った。


こいよ。

そう唇が動いたのが見えて、征士はすぐにベッドから立ち上がるとシャツを脱ぎ捨てながらバスルームへと向かった。




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