会いたくても、会えなくても



1人で過ごすことが多いため普段から日中だけ静かな部屋は、今日と明日に限って夜も静かだ。
改めて部屋を見渡すと妙に広く感じる。

いつもこういう感じなのかな。

自分が海外へ出て行った時の事を思うと、恋人に寂しい思いをさせているのだなと改めて反省の念が沸いてくる。
それも何度も、そして何日間、いや、時には何ヶ月間も感じさせているのだ。
もうちょっと征士を大事にしよう。そう殊勝に思った。


冷蔵庫を開けると、2日分の食事が作り置きされている。
過去の生活環境から言うと、料理歴は当麻のほうが長い。食道楽ために腕だって実はいい。
だがそれでも征士が食事を作っていくのは、放っておくと当麻が何も食べない時があるからだ。
作るのが面倒だとか腹が減らなかったからとかならまだ多少は許せるが、当麻の場合、何かに集中し過ぎて時間を忘れ、
そしてその結果、食べることさえ忘れていましたという事が平然と起こる。
その間に腹も減っただろうに、もうちょっとしたら、と誰に向けてか解らない慰めの文句を言って作業を続けてしまうのだ。
挙句の果て、最後には眩暈やふらつきを起こしてひっくり返ってしまうのだから大問題だ。

そんな当麻だから、征士は料理を作っていく。
流石に自分のために用意された食事を無駄にできる性格ではない。
嘗てはそれさえも気付かない所があったが、仲間との生活を経てそういった面は改善された。


「今日は………おぉ、ブリの照り焼きだ!」


征士に料理の手ほどきをしたのは彼の母で、その母の作る和食はとっても美味しい。
そこまで和食好きというわけではなかった当麻がどっぷりハマって旨い旨いと喜ぶ味付けのものが冷蔵庫に、丁寧にもラップの上から
日付を書いた付箋を貼り付けられた状態で存在していた。
近くには小鉢に盛られた料理もあった事だし、後は適当にサラダを用意して汁物でも作れば完全にいつもの食卓の出来上がりだ。




「旨い…!」


夕食の時間には少し早い気もしたが、6時になって当麻は一人食卓に着いた。
レンジで温めなおしただけでも、伊達家直伝の味は最高だった事に感嘆の声を上げまくる。
けれど。


「旨い、…のになぁ……」


一言で言って、味気ない。
食器はどれも2人で選んだものや、伊達の家から送られてきたものだ。
因みにワイングラスやカップの類は当麻の母親が旅行先でイイモノを見つけては買ってくる。
何にしても、どの食器もそれぞれに独特の華があり、静かだが美しいものが揃っているし、そこに盛られた料理の味も素晴しい。
なのに、味気ないのだ。
その理由は解っている。
向かいに座っているはずの人物がいないのだ。
いや、そういう事はたまにはある。征士の出張は今回が初めてではないのだから。

ただ、会おうと思えば会える距離なのに、会えないことが初めてなだけで。

車で大体3時間。
行けなくはないな、と考えたがその案はすぐに却下する。
昨日、落ち込む彼を散々に楽しんだ自分が寂しさに耐えかねて会いに行くだなんて、あまりにも情けない。


さっさと思考を切り替えて食事を済ませ、当麻にしては珍しく食器もすぐに洗った。
その勢いで風呂もとっとと済ます。
昨夜、愛し合った場所だが特に思う事はない。
凹んで拗ねる恋人を慰めるために、恥ずかしかったけど声を素直に上げてみせたことだけは、思い返して恥ずかしくなったけれど。

昨日と違って浴槽に湯を張り、じっくりと身体を温める。
昼間、座りっぱなしだった身体はあちこちが固まっていて、こういう時に歳を取ったなと実感しつつ、身体を軽く揉み解す。


「……………」


普段、触れる征士のものと違って、若干細い(あくまで当麻の言い分)二の腕を揉む。
そのまま肩へ上って首筋に沿い、項を撫で上げる感触も、いつもの征士のものと違う。
全ての肉が薄い。
触れる箇所も、触れる手も。

こんなの抱いてて、何が楽しいんだろうな。

卑屈な思いからではないが、時々には思ってしまう。
女のように豊かな胸も柔らかな尻もない身体を、征士はいつも貪欲に求めてくる。
嫌ではないが不思議になる時がある。


「………ま、俺も大概か」


そしていつもと同じ結論に辿り着くのだ。
自分だって筋肉質の男に、それも抱かれている立場なのだからお互い様。
そもそも身体目的の関係ではない。相手が愛しいから、その全てを求めて抱き合っているのだ。
たったそれだけの理由で、そしてそれが理由の全部。
それで充分だ。


「………征士」


思わず名前を呼んだ。
口にしてからワケもなく恥ずかしくなって、何故か姿勢を正してしまう。
すると背筋にゾクリと這い上がってくる感覚に押され、下肢に熱が集まる兆しが見えた。


「マジかよ……」


絶倫の征士と違って、元々当麻は淡白だ。
彼女が居た頃でもそう積極的になる事はなかったし、自身で慰める事も偶にしかなかった。それも、”処理”という意味合いが強いものだ。
それなのに、恋人の事を思い出して思わず名を呼んでしまっただけで、こんな事になるなんて。
普段ならありえない事に当麻は一人狼狽え、慌てて風呂を出た。




さぁ、出たはいいが、風呂で温まった熱を少し冷ましてみても下肢の状態は収まらない。
どうしたものか。


「……スルしか、ないわな…」


征士と暮らして早数年。長期で海外にいった時はそれなりに1人で処理しているが、家にいる限りはその必要はない。
恋人は1週間以上の出張をする事はなかった(かなり本気で拒んでいるらしい)し、大抵の時は相手のほうから求めてきてくれる。
だから当麻はこの家の中で、自慰をした事がない。
どうしたものか。
悩みながら自分の仕事部屋へ入ってみる。
目当てのものがあるか自分の荷物を漁ってみたが、やはりない。
悪いとは知りつつも今度は征士の仕事部屋に入り適当に探してみたが、当然、見つからない。


「やっぱないよなぁ」


探し物は、所謂エロ本だったのだが、この家にはそんな物は存在していなかった。
それどころか、グラビアのおねーさんも載っている雑誌、さえ無い。

潔癖症で女性に対して苦手意識の強い征士がそんな物を持っている筈がないし、自分でも持ち込んだ覚えがない。
改めて考えると男2人での生活なのに、そういう意味合いでの女っ気もないなと苦笑いが出てくる。
だがそれどころではない。
情けないが下半身をどうにかしなければならないのだ。

困ったなぁと思いつつ、一瞬征士をオカズに使おうかと思ったが、それはやめた。

これからするのは、あくまで”男”としての処理だ。
愛情を持ち込んだ行為ではない。そんな事に、あんなにも真っ直ぐで綺麗な魂の持ち主を使うのは何だか躊躇われた。


「…しょうがない」


自室に戻ってパソコンをつける。
今は自分たちが中高生だった頃に比べて格段にインターネットが普及しているのだ。
モニターの向こうを探れば、何か適当なものくらいは見つかるだろうと当麻は独りきりの部屋で下着を脱いだ。



当麻が見たのは、画像だった。
最初は手っ取り早く動画を見て本能だけで済ませようと思ったのだが、どうも女の声も、そして姿は映らない男の声も神経を逆撫でする。
だから音声を切ってはみたのだが、それでも一々揺れる胸や、モザイクのかかった雌の肉が妙に苛々とさせられる。
俺は元々ノンケだ、と自身を叱り付けてみたが、もうどうやっても駄目だった。
仕方がないから諦めて画像を見て、覚えたての中学生のようにそれだけで当麻は処理をした。


「………ん、…!」


久々に自分の手でイった。
妙な感じだなと思いながら、モニター横の、普段はお菓子を食べた後に手を拭くために用意しているティッシュを取る。
手指を拭って、自身のモノも綺麗に拭いていると、何だか虚無感を感じた。


「………………………どうしろってんだよ、もう…」


後ろが、疼いている。
常ではないが、征士はいつも一度当麻をイかせたあとで後ろを求め始める。
それを身体が覚えてしまっているようだ。
けれど今、それを満たしてくれる相手はいない。
当麻は深い、深い溜息を吐いた。

兎に角、明日我慢したら明後日には会えるから。

そうやって、まるで他人事のように自分を慰める。
だって事実だ。明日を越えれば明後日には会えるのだから。
そしたら思いっきり甘えればいい。
今は寂しいけれど、仕方が無い。どう足掻いたって無駄だ。



でも、ちょっとだけ。

そう思って当麻は携帯を手に取り、短縮に入れている番号にコールする。
1回、2回、3回と続いたコール音は、7回鳴ったあとで留守番電話サービスに繋がった。


「……まぁ、そうだよな」


展示会で”招待”された人間だ。
きっと懇親会だの何だのと銘打って接待を受けている頃だろう。
いつもの無表情が見事な渋顔になっているのではないかと思うと、ちょっとは笑えた。

しょうがない。

当初の目的である、下半身は納めることが出来たのだ。
かなり早いけれどもう寝てさっさと明日を迎えようと当麻は大きなベッドに独り、飛び込んだ。




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