会いたくても、会えなくても



フロントで受け取ったルームキーで部屋に入り、スーツを脱いでクローゼット内のハンガーにかけた征士は、盛大に溜息を吐いた。

前々から決まっていた出張なのだから仕事として文句を言うつもりは無いが、それでも不満は残る。


当麻と片時も離れたくない征士だが、社会人としての自覚はある。
大事と言えば大事な仕事だ。そもそも1人1人が我侭を言っていては社会など機能しない。

だが、それでも言いたい事はある。

例えば、今回の展示会に営業でもない自分が参加する必要は本当にあったのだろうかとか。
或いは、ホテルが無駄に良すぎるんじゃないかとか。
他には、確かに自宅から展示会場までは離れているとは言え、車でも電車でも片道3時間程度の距離なのにホテルに泊まる必要はあったのだろうかとか。
ついでに、展示会の後の飲み会は明日もあるのだろうか、だとしたら辞退願いたいとか。


展示会なのだから様々な企業が出展している。
その中に征士の会社もあった。勿論、出展”している”という立場はどの企業も同じだ。
だが今回の主催側にとって征士は、いや、正確には、”伊達グループ”はお得意様でありどうにかして縁を作っておきたい相手でもある。
それは解る。あらゆる業種に手を伸ばしたのは祖父で、そのどれでもかなりの業績を残しているのが今の伊達グループだ。
そして征士はそこの跡取りである。子を成すという意味においては跡取りでなくとも、ゆくゆくはグループを継ぐ存在だ。
その彼を展示会に”招待”し、接待したいという主催者の気持ちは他の誰もが解らないでもない。
贔屓をするなと言いたくとも相手が相手だ。そりゃ仕方が無いとも思うだろう。

だが征士はそれで納得は出来ない。当然ながら。
いずれ跡を継ぐと言っても今はただの一社員だし、伊達家の人間だと言う部分を抜いてきちんと会社のありようを身を持って学んでいきたい。
社会に出れば理不尽も優遇もあるのは解っていても、それを許せる性格ではない。

し、何よりそんな下心満載の招待で恋人と離れて過ごさねばならないのが一番我慢ならなかった。

大体、通おうと思えば通える距離だ。
片道3時間が何だ、タフな征士からすればそんなものは充分耐えられる。しかも3日程度なら楽勝だ。
世の学生の中には新幹線で通学している人間もいるのだ、それくらい何だ。
そもそも帰れる、そして会える距離にいるはずの恋人に会えないとはどういう事だ。


考えても腹立たしいだけで解決しない事は重々承知だ。
だから残りの2日を乗り切って、そして帰ったら思いっきり甘えよう。
そう考えてシャツを脱いだ征士は、そのままバスルームに足を踏み入れた。



出張で泊まっているだけのはずが、無駄に良いホテルの部屋はトイレと風呂がちゃんと別れている。
征士の上司も、そして一緒に来ている同僚もそれぞれに同じような部屋が主催側から用意されていた。
そのあからさまな対応にまた溜息を吐いて一先ず疲れを落とそうとシャワーコックを捻った。

熱い湯が出てくる。
それを浴びながら征士は昨夜の事を思い出していた。







いよいよ明日に迫った出張に未だ不服を言う征士を、当麻が宥めていた。
当麻お気に入りの一人掛けのソファに征士が腰を下ろし、その膝に当麻が座るという形で。

しょうがないだろ、とか、ちょっとの我慢だって、と言っている当麻がどこか楽しそうなのは、世間ではブレない男と言われている征士の、明らかに
凹んだ姿が面白いからなのだろう。
それは解っているしそんな情けない姿を恋人に笑われているというのは征士だって嫌だったが、それでも今回の出張の方が業腹だ。
…密かに、そうやって彼に存分に甘えられる事を楽しんでいた部分が多分にあったのだが。

腰を抱く腕に力を込め、そして胸元に頭を擦り付けている征士に、何かを閃いたらしい当麻が艶を含んで微笑んだ。


「なぁ、一緒に風呂入ってやろうか?」




シャワーを受けて濡れた肌。
上気した頬。
水を含んで色が濃くなった青い髪。
それら全てに煽られて、征士が手を伸ばすまでに時間はそうかからなかった。


「…あっ、……ぅ、……はぁ、…っは…!」


征士、と上ずった声で名を呼ばれ、当麻の中に深く刺さった征士の雄が更に大きく硬くなる。
左の手で胸をなでるとプクリと硬くなった箇所に辿り着き、それをすり潰すように嬲ると、征士を咥え込んだ当麻の後ろがきゅうっと締まったのが
ハッキリと解った。


「とうま、……とうま…!」

「あぁ、…あぁっ…!っは、すご、……い、……あぁん…!イイ…!」


腰を打ち付けるたびに水音が響く。声が響く。
音が反響しやすい浴室での行為は、立ったままという事もあり、いつもと違う官能をみせてくれる。


当麻の前にも手を伸ばし、男としての快楽も与えると更に声が上がった。
壁に向かわせ、手をつかせていた体は少しずつ膝から力が抜けていっている。
体中の意識が全て快楽に注がれているのだと思うと征士は一層悦んだ。
普段はクールな彼を、自分が今、ここまで溺れさせているのだと思うと愛しさと同時に、他への優越感を覚えてしまう。
ただでさえ魅力的な恋人は、男女問わずに手を伸ばされることが多い。
その全てに嫉妬と怒りを覚え、そして彼のこういう姿を見れるのは自分だけだという優越感に、自分の狭量さを知りながらもそれを抑える事は出来ない。


「う、……っ、あ、…せ、…せ、…じ、俺、もぉ………!!」


当麻のナカがびくびくと収縮し始めて限界を訴えてくる。
浴室に響く声を隠そうともしない当麻に煽られて、征士も限界が近い。
強く腰を掴んで奥を目指し、耳元で何度も愛を込めて名を呼んだ。


「とうま、…とうま、…………っう、……あぁ…、…!」






昨夜はあの後、互いを慈しみあってからまたベッドで愛し合った。
それを思い出すと自然に熱が下肢に集まり、それを鎮めるために恋人の淫らで美しい姿を思い出しながら征士は自身を慰め始めた。
欲している相手と共に出来ない、独りきりの行為。


「…とうま、」


名を呼ぶ。
自分を包み込んでいるのは彼の細い指ではない。武骨なだけの自分の手だ。
目の前に美しい姿はなく、あるのは綺麗に磨かれた薄いピンクの壁だ。
欲しい締め付けも熱もない、向ける想いを受け止めてくれる魂もない行為は、すぐに終わりを迎えた。


浴室の壁にべたりと流れている白い汚れを、征士は息を整えてから苦笑いをして見つめる。

昨夜、同じように壁を伝って流れていたのは当麻のものだ。
同じような光景なのに、全く違う、それ。


「会いたいな…」


声に出してみても、会えるのは明後日の夜だ。
明日もまた同じように1人で時間を過ごすのかと思うと、なんとも言えない気持ちになってくる。
会いたい。
そう言ったが、気持ちの中では「抱きたい」と思っていた。

早く会いたい。そして、抱きたい。
あの色気のある身体を、何年共にいても愛しい想いが増すばかりの魂を。


考えても変わることのない予定は、淡々とこなす方がいい。そう諦めた征士は、シャワーの水を強めて壁に着いた己の精を洗い流した。




next