レッツゴー・ショッピング
「なぁもう駄目だろ」
「私にはよく解らんが、お前がそう言うのならそうなのだろうな」
朝起きるなり当麻の駄目出しがあった。
駄目なのは夜のアレ…ではなく、2人が寝ているベッドのマットレスの事だ。
2人で暮らし始めて早数年。
酷使していると言えば酷使しているマットレスは、征士からすればあまり良く解らないが、睡眠大好き人間の当麻からすると随分と傷んでいるらしい。
寝心地がイマイチ良くなくなってきた、と言うのだ。
物に対する拘りは2人それぞれで、そこで相手が気にしている部分に関しては基本的に判断を任せるのが2人のやり方だった。
その当麻が今朝起きるなり、マットレスが駄目だ、と言い出すのだから征士としてはそうなのだろうとしか返せない。
「では早速新しいものを見に行くか?」
昨日、溜まりに溜まった有休の消化を総務課からキツイ言葉と共に言いつけられた征士は、急遽、本日を休みとした。
だから昨夜は遅くまで2人でベッドで仲良くしていたのだが、どうもその途中から気にしていたと当麻は言う。
そう言われると夢中になっていなかったのかと征士は密かにムッとしたのだが、ここでつまらない言い合いをしても仕方がない。
それに自分から跨ることの少ない当麻は大体の場合において組み敷かれている。
最中に気がかりがあって行為に集中してもらえない方が征士としても困る。
普段、クールでどこかそういうモノとは無縁のような雰囲気を持つ彼が、ベッドであられもなく快楽に浸っている姿を見るのは大好きだ。
他の人間には決して見せることのない、淫らで美しい姿。それは征士だけが見る事が出来るものだ。
それがどれ程幸せな気持ちにさせてくれるかは、当事者である征士しか知らない。
だからその為にも行動は早い方がいい。
そう思い提案すると、何故か当麻がううんと渋るのだ。
眠る事に関しては煩いくらいでシーツから枕まで随分と拘って選び抜いた割に、返された反応が鈍かったことを征士は訝しんだ。
「…どうした?行かんのか?」
「いやあ………行きたいのは山々なんだけど…」
やはり歯切れが悪い。
若しかして昨夜、張り切りすぎて身体を動かすのが辛いのだろうか。
そう心配して顔を覗き込むと、それだけで征士が何を言わんとしているのか解ったらしい当麻は羞恥を込めて顔を顰めた。
「違うって。そういう理由じゃなくて…」
「では何だ」
「その………家のベッドってさ、その…デカイじゃん?」
「ああ。お前が拘りぬいて男2人でも狭くないものを探したからな」
「俺もお前も平均よか背が高いからしょうがないだろ。そこらで売ってなかったし…」
「悪いとは言っていない。何だ、店の心配をしているのか?大丈夫だ、同じ店に行くつもりだし、その近くで昼を食べて…」
久し振りにデートというのもいいだろう?と続ければ、当麻が笑ってくれた。
「……まぁ、それはいいんだけど…」
だがやはり返事はいいものではない。
「一体何なのだ。何が不満なのだ」
「不満じゃねーよ。俺だってマットレス替えたいし、旨い物食いたいよ。…征士と出かけんのも久し振りだし」
「では…」
何が、と言おうとした征士の言葉を遮った当麻が言ったのは、
「男2人でこのサイズ買いに行くってのもちょっと……」
という事だった。
確かにこのサイズを、兄弟とも思えない男2人が買いに行くというのは、随分と生々しい光景だ。
日常では2人揃ってスーパーに行き、日用品や食材を買い込むこともある。確かにそれも2人の関係を匂わすには充分だ。
だがそちらはまだ、ああそういう関係か、という程度に留まる。
コンドームや潤滑剤に関しては征士が(当麻曰く、「勝手に」)買ってくるので問題はない。征士くらいの男前ならそういうのを買っても問題ない。
…と当麻は勝手に思っている。実際征士は大事な当麻のための買い物なので、何の恥じらいもないのだけれど。
だがベッド関連は流石にどうだろうか。
実際、そこで購入した物が届いた日からそこで眠るわけだが、単に眠るだけではないのは勿論のことだ。
ああんな事やこおんな事をするのだ。だって2人はそういう関係だ。
だが流石にそういう買い物を2人でするというのは気が引けてならない。というのが当麻の意見だった。
因みにベッドを購入した時も2人揃って探して、そして選んで購入している。
ではその時は恥ずかしくなかったのか。
答えは、全く気にしていなかった、だ。
購入当時は漸く2人で暮らす事が決まり、生活のうえでの約束事もある程度決まり、つまり浮かれていた時だ。
家電製品も家具も新婚よろしく全て新たに購入したのだが、その1つ1つ買うにも2人仲良く出かけ、完全に2人きりである車内では
暇を見つけては外から見えない位置で互いにちょっかいを掛け合うほどに浮かれていた時だ。
そんな時に買ったベッドだから冷静になんて考えてはいなかった。
店員に何キロまで耐えられるのかと尋ねたり、実際に当麻が寝転んでスプリングの具合を確かめているのをすぐ横に腰掛けた征士が
どうだと尋ねたりしていた。
友達の買い物に付き合っていますというには少々甘すぎる雰囲気をダダモレにした過去を振り返れば、店員の笑顔が引き攣っていた気がしてくる。
これは流石にどうだろうかと考えるだけ当麻も大人になったのかも知れない。
「てなワケで」
朝食を済ませて出かける準備が整った2人は、未だにリビングにいた。
「お前がベッドを買いにきたのに、俺がついてきた。っていうのが一番自然だと思う」
「何故私なのだ…」
名案だと言わんばかりの当麻に、征士が素直に疑問を口にすると、チッチッチと指を目の前で振られる。
得意げで可愛いといえば可愛いが、納得は出来ない。
「お前と俺。どっちの方が女連れ込んでそうよ」
随分と失礼な物言いである。
実際に女と付き合ってそういうコトをしていたのは当麻のほうだ。
征士は元より女性に対して苦手意識が強く、実際に手を出したのは当麻1人なのだから不名誉どころの騒ぎではない。
「失礼な…」
「そういう意味じゃないってば。お前のほうが絶対モテるって事だよ」
「では言い回しをどうにかしろ。それにモテるモテないで言えばお前だって大概ではないか」
「俺、お前ほどバレンタインに貰わないだろ」
会社勤めをしている征士は大量のチョコレートを貰う。
それは社内からでもだし取引先の女性からでもあるし、特に交流のない近隣の会社からもあったりする。
当麻がソレを言っているのは解るが、それでも征士は納得できない。
「……お前は世界のあちこちから届くではないか」
女性から男性へというのが未だに強く残っている日本と違い、親愛なる人へ送る海外からのそれらは送り主も様々で、
それが征士にとっては実は不快でならない。
自分は女性だけだが当麻へは男からも届き、それが単に友愛を込めてならいいのだが、どうもそうとも言い切れない気がしてならない。
頻繁に連絡を寄越した末に一度来日した過去の研究仲間など、日本を案内しろと当麻にしつこく言い寄り、そのあまりのしつこさと
ネチっこさに堪りかねた征士が同行し、そして誰の目にも明らかな程に牽制をして漸く静かになったほどだ。
だからモテるモテないに関しては、どちらがどうとも言えない筈だ。
「それに寝心地に関してはお前のほうが拘りがあるんだ。お前の買い物に私が付き合っていると装ったほうが自然ではないか?」
「俺とお前が並んで、俺の買い物がベッドってのも妙な話だろ」
「だから何故そう思う」
「だからお前のほうが」
「それ以外の理由はないのか…!」
不名誉すぎる事を引き合いに出されても何一つ嬉しくない征士が怒ってみせても、当麻は男前だって褒めてんのにさあ、とブツブツ言うだけだ。
「そもそも今更だろう。過去に買い物をした店にいくのだ。もしかしたら前の店員がまた担当になる可能性もあるのだぞ?
無駄な偽りはせん方がいいのではないのか?」
「そうだとしても俺は恥ずかしいの!」
「そうは言うが…」
「何だよ」
「仮に私の買い物にお前が付き合っていると見せかけようとしても、お前に寝心地を尋ねる時点でそれはどうだ」
「………だから俺が寝道楽ですからって感じにすれば…」
「ベッドに寝転がっているお前を、私が何の感情もなしに見れると思うなよ」
ストレートな征士の言葉に、当麻は、うっと声を詰まらせた。
何もそこまで生々しい表情を見せる程ではないが、気持ち良さそうに寝転がる当麻の姿を見れば征士も自然と笑みを浮かべてしまう。
それが解っているから当麻は黙った。
それにそうやって何よりも誰よりも優しい目をする征士が当麻もかなり好きだ。
だからそんな目で見られたら、きっと自分だって幸せそうな顔をしてしまうだろう事も解る。
「………意味、ないか」
「取り繕う意味はないだろうな」
でも恥ずかしいしなぁ…とまだ迷いを見せる当麻の手を征士は引いた。
「…何だよ」
「深く考えるから恥ずかしいのだ。睡眠は人間にとって必要不可欠なものだと言ったのはお前だろう?」
それは確かに柳生邸で暮らしていた過去、あまりにも寝てばかりいる当麻に苦言を呈した伸へ返した言葉だ。
「それも…そうだけど………。…何でお前ってそう堂々としてられんの…」
「お前との事に何も恥じる必要はないからな。それに気持ち良さそうに眠るお前を見るのはそれだけで楽しい」
そう言って綺麗に笑ってくれる征士を見ていると自分の羞恥など下らないと思えてくるから不思議でならない。
征士につられて当麻も漸く笑った。
それが嬉しくて征士の笑みが更に深くなる。
「さあ、早く買いに行かんと配送日が遅くなる可能性がある。それに昼も向こうで食べるし時間があれば少しゆっくりするのだろう?」
「うん。じゃ、時間勿体無いし…行くか」
「ああ」
「…征士、」
手を繋いだまま玄関へ歩きだろうとする征士を当麻の声が呼び止めた。
何かと思い振り返ると、触れるだけのキスをされる。
突然の事に征士が呆気に取られていると、いつの間にか手を離した当麻が先に玄関へと向かい始めた。
征士もその後に続く。
「マットレス、寝心地いいのんな」
「お前の好みに任せる」
「それで最短で届けてもらおう」
「そうだな、でないとお前が寝不足になってしまうかもしれん」
俺だけかよ、と言いながら靴を履く当麻の声には、言葉とは違って笑いが混じっていた。
「征士さ、有休まだ残ってんだろ?」
「ああ。中々休みが取れんからな」
「じゃあマットレス届く日も休めよ」
「それは……どうだろうな。日を見んことには約束できんぞ」
「取れよ、有休」
「善処はしよう」
「取れって、絶対。届く日、俺、ずっとベッドで裸でいてやるから」
「…………………何が何でももぎ取って来よう」
随分と大胆で魅力的な提案に頷けば、お前素直すぎだろ、とまた当麻が笑った。
その襟首を後ろから引っ張り、顕になった肩に征士は吸い付いて跡を残す。
甘い痛みの走った瞬間は怒った当麻だが、それでも服で隠れると征士に言われ少し思案して。
「…ま、生々しいモン買いに行くんだし、…いっか」
そう言ってまた笑いながらドアを開けて先に外に出た。
閉まったドアを見ながら、有休を2日続けて取れるだろうか…と征士は考え始めていた。
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で、結局車を買うときの様に店員さんを困らせる結果に。