キャッチ・ア・コールド



「あ、征士。どう?当麻の様子…」

「食欲は少し出たようだが、まだまだだな」

「…ホントだ…でもお粥、半分は食べられるようになったんだね」

「ああ。病院で貰った薬が効いてきているみたいで、咳もマシになっている」

「良かった」

「遼はどうだ?」

「遼はまだ熱が少しあるけど、大丈夫。そもそも最初から当麻ほど酷くなかったしね。咳が少しと、ちょっと頭が痛いくらい。
でも当麻はなぁ………。そうだ、当麻何か言ってた?」

「連日咳き込みすぎて、咳きをするたびに背中が痛いと言っている」

「他には?食べたいものとか、飲みたいものとか…」

「そういった事は何も口にしていない。恐らくまだ、食べるのも辛いのだろう。………あ、」

「何?何かあった?」

「いや、……”不公平だ”とは言っていたなと思って」

「…不公平?」

「そう、不公平」

「不公平って………あぁ、自分だけ酷い風邪を引いたのが?」

「そうらしい」

「確かにねぇ……秀と遼に引っ張られて波打ち際まで連れて行かれて、波を被ったのは3人一緒なのに当麻だけだもんね、あんなに酷い症状が出てるの。
本当、今がテスト休みだったのがせめてもの救いだよ。…まぁその休みに寝込んでる時点で”不公平”だろうけどさ」

「遼は用心で寝かせてあるだけだし、秀に至っては全く無傷だからな」

「そう」

「…ところで秀はどうしている?」

「駄目。あっちはあっちで落ち込んじゃって、ある意味大変」

「あれ以来部屋に篭っているようだが、何をしているんだ?」

「自主的にお勉強中」

「………は?」

「だからさ、海に行く意見に加勢してくれた当麻があんなに酷い風邪引いて寝込んでるのは自分のせいだって落ち込んじゃって、
それで自戒の意味で”お勉強”」

「何故また…テストはもう終わったというのに」

「あの子の中で何が一番当麻に対しての償いになって、その上で自分への戒めにもなるかって考えたら勉強だったみたい」

「………まぁ……確かにテストのたびに当麻の世話になっているからな。少しは大丈夫だと言いたいのかも知れんな」

「でもちょっと根を詰めすぎてて心配だけどね。……ね。当麻、秀のことで何か言ってた?」

「いいや、何も」

「でもさっき”不公平だ”って」

「不公平というのは、同じ条件で自分だけ風邪を引いて寝込んでいる事に対してだけで、秀や遼に対しての恨み言は何も言っていない」

「…そっか」

「そもそも冗談以外でそんな事で文句を言う性格でもないからな、当麻は」

「まぁね。……あ、でもアレだね」

「何だ?」

「今回のことで証明できたじゃない」

「何をだ」

「”ナントカは風邪を引かない”」

「………………なるほど」

「当麻なら言いそうだけどなぁ、そういうこと」

「そういう事を言う気力も残っていないのだろう」

「…そっか………あ、ところで征士は大丈夫なの?」

「私が?どういう事だ?」

「だってテスト最終日の夜から当麻はずっとあの状態で、キミ、ずっと当麻の看病してるだろ?それも同じ部屋で。
当麻が寝込んでから何日だっけ……えぇっと、金曜日にテストが終わって土曜日は病院に行きそびれて日曜は病院が休みで……
…今日で4日目か。大丈夫?うつったりしてない?しんどいとか熱っぽいとか、関節が痛いとか」

「特には何も。元々私はあまり風邪を引かん性質らしい。子供の頃から特に大きな病気もしてこなかったし」

「そう?でも大変でしょ。部屋の数に限りがあるけど、症状の軽い遼と、寝込んでる当麻を同じ部屋にするわけにはいかないから、
移動するって言っても僕と秀の部屋に布団を直接敷くくらいしかできないけど、どうする?」

「いや、今のままでいい」

「でも、」

「今は当麻の症状も落ち着いてきているが、あまり楽観視出来ない状態に変わりはないんだ。夜中に容態が急変しないとも言えんし、
誰かが同室にいたほうが当麻も安心できるだろう」

「うーん……それもそうだけど………。ねぇ、征士、じゃあ僕、変わろうか?」

「お前が私の代わりにあの部屋で寝るのか?」

「そう」

「いや、しかし…」

「キミばっかりに負担はかけられないよ。それにさ、ホントに秀がすごく気にしてて、幾ら僕が慰めたって効果がないんだよ。
当麻の状態をずっと見てたキミが何か言ってやる方が気も楽かも知れないし、それに秀自身も気分転換になるかもしれないから」

「…そうか」

「うん。だから、今夜は僕が当麻を看てるよ」

「解った。ではそうしよう」

「当麻、早く良くなるといいね。終業式の日の夜にやるクリスマスパーティを楽しみにしてたから」

「そうだな」

「あ、そうだ。当麻、今年の年越しはどうするんだろう。夏休みみたいにまたアメリカ行く予定だったのかな…大丈夫かな、あの状態で」

「いやそれなら大丈夫だ。今年は大阪の家で両親共に過ごすと言っていた」

「そうなの?じゃあ良かった。新大阪までの新幹線で一緒だし、それなら僕、見てられるし」

「まあ薬も効いているし、明日にはもっとマシになっているだろうからきっと大丈夫だ」

「そう?そんなに効いてるの?」

「ああ。さっき汗を大量にかいていた」

「やっと?」

「やっと」

「あっ!じゃあタオルと着替え持っていかなきゃ駄目じゃないか…!」

「そうだった、忘れてた」

「っもー!忘れないであげてよー!キミ、残りのお粥を台所に運んでおいて!僕、タオル持って行ってくるから!」

「すまん、頼む。…あ、伸、行くならタオルと一緒にお湯も持って行ってやってくれ!風呂に入れていないから気持ち悪いとも言っていた!」

「はいはい、解ったー!」




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海へ』の数日後。
終業式は12月24日で、その1週間前がテスト休みという設定です。補足。

テンションの上がった2人に波打ち際へ引っ張られていく当麻を、お兄ちゃん2人は「あーあー」という気持ちで見送りました。