知らぬは仏か罪悪か



「今帰った」

「………………」

「おかえり、遅かったね」

「学級会が長引いたのだ。…ナスティは?」

「遅くなるけど今日は家で食べるって。……ってついこの前、似た会話したような気が…」

「俺もそんな気がしてんだけどよー…」

「俺も。…でも征士、機嫌が良いな」

「そんで当麻がだんまりだ。おい、何か喋れよ。ぶすーっとしてねーでよ」

「そうだよ。ただいまくらい言いなさい」

「………………」

「ああ、駄目だ。当麻は今口を開くと私への罵詈雑言が溢れそうになっているらしい」

「へぇ……また何かあったの」

「文化祭の出し物、今日が締め切りだったか。ってアレ、結局中止になったんじゃねーの?」

「ああ、当麻の言ったとおりの理由で別の物になった」

「へえ、良かったじゃないか」

「ああ」

「で、何になったんだい?」

「劇をする事になった」

「劇?」

「お芝居、するって事か?」

「そうだ」

「で、当麻が何で怒ってんだよ」

「ああ、心配要らん。単なる自業自得だ」

「…………………にが自業自得だ!このクソボケ!!お前のせいで俺は…!!!」

「うお、喋った」

「何が私のせいだ。確かに意趣返しはしたが、私は当然の権利を使ったまでだぞ」

「権利?」

「比重が違う!お前のと俺のじゃ、違いすぎる!!」

「ほら、落ち着いて当麻。何があったの?ほーらー、落ち着く!」

「落ち着いてられるか!!!」

「うお、こっち見た」

「な、何があったんだよ、征士」

「単にクラスの出し物が劇になっただけだ」

「何が、なっただけ、だ!よくそんなシレっと言え……っ!っっ!!っ!!」

「ちょっと黙ってようね当麻。……で、その劇って何」

「白雪姫だ」

「しらゆきひめぇ?」

「あの、リンゴ食べたやつ?」

「そうだ」

「じゃあ体育館でやるの?」

「いや、視聴覚室でやる」

「…って事は、文化祭の2日とも上演するんだ?」

「そうなる」

「…………て事は、チケット代、取るんだね?」

「当たりだな」

「え、伸、どういう事?」

「文化祭は金券で遣り取りするってのは先生から聞いた?」

「おう」

「で、売り上げた金券は後で学食の食券に換えられるんだ」

「え、そうなのか!?」

「らしいな」

「……征士が知ってたって事は、……当麻、キミも知ってたよね?」

「………………んんっ」

「だろうね」

「…それで?それで何で視聴覚室?」

「体育館でやるのは無料の出し物で両日のうちのどっちか1日に1回だけ上演。でも教室や何かの校内の部屋を使ってやる分には、
あくまでクラスの展示物になって、チケット代を取れるんだ」

「へー。……て事ぁ…」

「上演回数を増やせばその分チケット代を取れるという事をコイツが言い出してな」

「………なるほど。セコイ奴だなー」

「………ぷはっ!…どうせなら得したいだろうが!」

「気持ちは判るけどね」

「じゃあ征士のクラスは2日ともやるんだ。……って事は2回、上演?」

「いや、午前と午後で1日2回。つまり合計4回やる事になった。…いいアイデアだったよな?当麻」

「………………うるせーよ!!」

「……ねぇ、当麻」

「んだよ!」

「君の態度とか意趣返しとか……確認したい事があるんだけど、いいかな?」

「…………………」

「まぁキミが答えなくても征士が答えてくれてもいいけどさ。…ねぇ、征士。白雪姫、やるんだよね」

「ああ」

「…王子様役は、誰がやるの?」

「…………私だ」

「…!!!征士、征士が王子様!!?」

「え、征士が王子様!!?」

「……うぷっ」

「んくく…!」

「前にも言ったが笑って良いぞ」

「ぶぁーっははっははははっはははは!!!せ、征士、征士、王子様!プリンス!!」

「いや、ゴメン、アハ、アハハハハ、ハハ、っ!!!いや、似合う、似合うよ征士!」

「中身さえ知らなきゃの話しだけどよー!!!だぁっははははは!!!プリンス征士ー!!」

「こら、2人とも笑いすぎ。………じゃあ、征士、聞くけど、白雪姫は、誰かな?」

「当麻だ」

「ハハ……ハ……………………………。……はぁ!?」

「え、…………………」

「…………………………見てんじゃねーよ…」

「え、ちょ、な、何で当麻!?当麻、だって男だろう!?」

「そーだよ!見てわかるだろーが!」

「…そんな事だろうと思ったよ」

「でも何でまたコイツ?」

「メイド喫茶の時の却下になる可能性をあの時点で言わなかった罰だな」

「1人で台本書かされるくらいで十分だろうが!その罰なら!!」

「それだけではないだろう?」

「……………っ」

「……キミ、他に何やらかしたの」

「………………………」

「当麻」

「…………やらかしてねーよ」

「じゃあ、何で」

「……クラスの投票で、征士が王子様役に決まったんだよ」

「うん」

「………で、コイツ、すげー嫌がるからさ…」

「人の髪の色だとか何だとか売り上げがどうのこうのと尤もらしい事を言って私に押し付けたのだ、コイツは」

「………………その仕返しが、白雪姫?」

「でもそっちだって投票だろ?」

「私だって渋々引き受けるのだ。それくらいの我侭は通させてもらって当然だろう」

「…て事は、白雪姫はキミが指名したんだね」

「コイツ、性格クソ悪いんだよ!」

「何を言うか。ちゃんと指名した後クラス全員の了承を得たではないか」

「得たっつーか…!」

「まぁ了承も何も即決だったがな」

「……………クソ…っ」

「でも考えようによっちゃ当麻で正解だったんじゃないかな」

「え?そーかぁ?」

「だって征士が誰か女子を選んだりしたらソレこそ大変じゃないか?周りの女子の事もだし、その子が勘違いしないとも言えないし…」

「あー、そう考えればそっか」

「うむ」

「そこまで考えてなかっただろ!絶対!!」

「でも結局引き受けたんだな、当麻」

「…………しょうがないだろっ!俺だって早く帰りたかったし…」

「リンゴを食べるまでの遣り取りなどは小人達が再現して、白雪姫は最初から寝っぱなしでいいという条件で飲ませた」

「えっ。んじゃ何、白雪姫、起きねーの?」

「最後には起きる。だが殆ど喋らん」

「それはお前も一緒じゃネーか!劇などできんから喋らんぞとか言ってよ!」

「つまりお前ら、メインなのにいるだけなんだな…」

「ああ」

「何だソレ。…てか大丈夫なのか?」

「何が」

「ほら、衣装の予算とか…」

「クラスメイトの母親が洋裁の先生をしているので、そちらにある布を使って作ってもらう事になったからソレは大丈夫だ」

「なるほどな、そういう方法取りゃ予算外か」

「食べ物屋のエプロンが持参と同じ扱いって事か?」

「そういう事だ。それに白雪姫を寝かせる台も保健室のキャスターつきのベッドを借りれば済む。台本は原作を改編すればいいだけだ」

「じゃあお前らのクラスみたいにギリギリでも間に合うってーわけだ」

「ああ」

「まぁ良かったじゃん。白雪姫ならみんな大体知ってるし、台本覚えなくてもいいならさ」

「ああ」

「………?伸、どうしたんだ。さっきから黙って…」

「……………………………あのさぁ、キミら、白雪姫ってどんなのか知ってる?」

「…?知ってるよ。リンゴ食べるやつだろ?」

「小人が7人出るんだよな。ハイホー、ハイホー、しごーっとがすっきー、って歌って」

「それに鏡に話しかける老婆が出る」

「あと白雪姫は寝っぱなしでいいんだ」

「……当麻のはちょっと違うけどね。………じゃあ眠った白雪姫はどうして目を覚ましたのか、ちゃんと知ってる?」

「………………何でだっけ」

「アレじゃねーの?リンゴが喉に詰まっててソレが取れたんじゃねーの?」

「いや、誰かのように単に眠かっただけかも知れんぞ」

「馬鹿言え、アレは毒リンゴだぞ。死んでない事から致死量ではないけど何らかのショックを引き起こす程度には有用だった筈だ。
だから多分その毒が抜けたんだって。小人達が葬式をしようとしてたってどっかで見たから、数時間は経ってるだろうし…」

「……………」

「……伸?」

「………………あのさ、遼と当麻は女兄弟がいないし、…まぁ家庭環境の事もあるから仕方ないや。
でも秀も征士も、お姉さんや妹がいるよね?」

「おう、妹だけだけど2人いるぜ」

「私は上と下にいるな」

「……何で白雪姫、ちゃんと知らないの…特に征士」

「何故、私…」

「白雪姫はね、魔女から渡された、呪いのかかった毒リンゴを食べて深い眠りに落ちるんだ」

「知ってるって」

「で、白雪姫は呪いが解けたから目を覚ますんだけど、」

「呪いって何だよ。非科学的だな」

「これは童話なの物語なのファンタジーなの。ちょっと黙りな、当麻。………呪いを解いたのはね、」

「うん」

「……王子様の、………キスなんだよ」

「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」

「………………………………ちょ、…っと待て」

「はい、征士君。何かな?」

「わ、わわ、私は、その、つまり、その、何だ…」

「そうだよ。キミが指名した当麻を、キスして起こしてあげるんだよ」

「…………………っじょーだんじゃない!!!!ふざけんな!何で征士と、そ、そんな真似…!」

「そうだよネェ、キミにはそういう権利、あるよね、幾らなんでも」

「私にだって選ぶ権利くらい、ある!」

「その権利使ってお前は俺を指名しちまったんだろーが!!」

「そんなもの、知っていれば…!」

「だからクラスの了承は早かったんだなー……あ、俺、頭痛くなってきた」

「え、伸、うそ、嘘だろ?」

「遼、残念だけど征士は墓穴を掘ったんだよ」

「どーしてくれんだよ!どうすんだよ!!えぇ、オイ、コラ!!!」

「私に言うな!」

「お前に言わなくて誰に言うんだよ!」

「さーナスティもそろそろ帰ってくる時間だし、御飯温めなおそうかな。秀、手伝って」

「………はいよー…」

「遼はテーブルの上、片付けておいて。漫画置きっぱなしだよ、キミ」

「あ、ゴメン。すぐ片付ける」

「ほら、征士も当麻も言ってても仕方ないんだから、さっさと上行って着替えてくる」

「ただいまー」

「あ、ナスティおかえりー」




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人を呪わば穴2つ。メイド喫茶の結末(?)はこんな感じです。