口は災いの元



いつもなら順平はまだ眠っているはずの明け方5時半。
突然、真田が部屋に入ってきてランニングに行くぞ!と言い出し、
順平をその言葉の通りに叩き起こした。

ワケが解らなかったが、寝惚けたままの頭では碌な反論も出来ず、
促されるまま順平は素直に着替えた。
(と言っても眠る時も基本的にジャージとTシャツかトランクスにTシャツなので大した変化はない)


いつもより早く起こされたせいで寝不足、その上朝から走り込みをさせられてフラフラの順平は、
朝の真田の行動の意味が解らないままに帰宅してそのままラウンジで朝食を食べる。
足が痛いだの一日分のエネルギーを使っただのと水木相手に愚痴を零しながら。
するとまた真田が現れて、順平の飲んでいた牛乳に思いっきりプロテインの粉を流し込んだ。

流石に順平も非難の声を上げたが真田は、飲め、とだけしか言わない。


飲め、以外に何も言わない真田に対して怒りと不気味さを感じたが、
結局飲む以外に選択肢がないと悟ると、順平は大人しくプロテイン入りの牛乳を飲んだ。

一言、マズイ、と感想を零して。



それが朝のことだった。



通学はそれぞれの時間帯で動くし、授業となれば3年と2年なので真田と顔を合わせることもない。
朝のことなんて授業中にした居眠りのせいでスッカリ頭から抜けた順平は、
昼休みにもなると真田の意味不明な行動の事など忘れて、コンビニで買ってきた
サンドイッチや唐揚げを機嫌よく食べていた。

すると忘れたころに真田は現れた。
教室の女子がキャアキャアと騒いだが、彼は目もくれず順平の近付く。

朝の事を忘れたオメデタイ頭の順平は嫌な予感というものを知らないのか何なのか、


「あ、真田さん。真田さんもコレ食べます?」


なんて暢気に唐揚げの包みを突き出す。
真田の視線が一度その唐揚げに移ったが彼はから揚げを持った順平の右手ではなく、
サンドイッチを掴んだままの左腕を引き寄せて、今正に食べさし状態のそのサンドイッチを思いっきり、齧った。

女子の悲鳴が上がる。
順平の時間は止まった。

周囲のことなどお構いナシの真田は、これはこれでいいのだが、と呟くと、
今度は自分の持っていたプロテイン入りのチューブ式ゼリーを、ご丁寧に蓋を開け、
驚きのあまりポカンと開いている順平の口にソレを押し込んだ。


「こういうものも摂っておけ。身体のためだ」


そしてそう言って、教室から去った。
真田の居なくなった教室内では、女子の羨ましがる声と罵声が一斉に順平に向けられていたが、
当の順平は、可愛い女の子の間接キスなら兎も角、脳味噌筋肉の男との間接キスとか死んでもイヤだ!
と友近に泣きついていた。








「意味が。意味がサッパリ解らねぇんだよ…」


帰り道、一緒になった水木に、ねぇキタローちゃんはどう思うよ俺何かしたのかなー、と順平は嘆いていた。
足取りは酷く重い。


「さぁ?少なくとも僕の知ってる限りじゃ順平は何もしてないと思うけど、
真田先輩もいつも通りと言えばいつも通りじゃないの?」


周囲のリアクションを考えてなくて妙な行動に出るのって割と普通の気がするよ、なんて返されても、
順平は何一つ心が休まらない。
意図の取れない行動に出られるのはもう割りと慣れたが、それが自分に被害が及ぶのでは話が別だ。
何故急に真田は自分に対してあんなに構ってくるのかがサッパリ解らない。
解らないと言うのは不気味だし居心地が悪い。


「あー……できたら俺、今日もう真田さんと会いたくねぇなー…」

「そりゃー無理でしょ。だって寮一緒だしフロア一緒だし」

「しかも部屋は斜め向かい。……せめて天田の部屋の位置だったら一番遠いのになぁー…」

「もういいじゃん、真田先輩に捕まりなよ、面白そうだから」


面白いとか、ネェよ!!!と叫んだ順平は、叫んだ拍子に一つ思いついた。






「あ、……部屋に篭っちゃえば真田さんに会わなくて済まね?」








しかしこの考えが甘かった、と7時過ぎに順平は酷く後悔をした。

確かに部屋に篭れば誰にも会わない、つまり真田にも会わない。
が、それは自分から誰にも会わないというだけであって。


真田の方から部屋を訪問されれば、それは当然、”会う”事になるわけで。



しかし奇妙な事に、朝とは違い真田は何一つ自分のペースで行動を取ろうとしなかった。
寝転がってテレビを観ていた順平の傍に腰を下ろし、無言で同じようにテレビを観ている。
しかも驚く事に、日頃順平が食べても真田はあまり手をつけないスナック菓子を手土産に持ってきているのだから、
もう何が何だか解らない。

朝と違いすぎる。

テレビを観つつも順平はその事が酷く恐ろしい事に感じられた。
笑える番組を見ているハズなのにちっとも笑えないのは明らかに真田が原因だ。
隣に居る、この不気味な生物のせいだ、などと考えている間に何一つ笑えないまま番組が終わってしまった。


ちらり、と隣の真田に視線をやる。

真田は何かに納得したのか、そうか、と呟いているが、
突然順平の方を向き直り、そして、


「解った、順平、俺もお前を愛している」


と徐に順平を抱き締めた。



順平の頭は真っ白である。

愛してるって、ナニ?
てか、俺”も”って、ナニ??
俺”も”って事は、俺っち”も”、”愛してる”????

誰を。誰が。何だって。






「っはぁあああああ!?意味、意味解んねぇんすけど、真田さん!!!」


必死に抵抗して、どうにかその腕からは逃れられたが狭い部屋ではそう遠くに離れることは出来ず、
ある程度の距離を開けた状態で順平が叫ぶ。


「意味が解らんとは何がだ」

「だから!!さっきのテレビとその、そのアレだ、その、愛してるっつーんが、っすよ!」

「テレビは関係ないだろ」

「じゃあ尚更意味解んねぇんすけど!!!!」


朝からアンタ、何なんすか!!と叫べば、真田は漸く、あぁそういう事か、と理解を示した。



「簡単な話だろう。お互いの事をよく知り、美点欠点全てを知った上で愛せるかどうか、だ。
俺の行動パターンを知ってもらいたかったし、お前が何を好むのか知りたかった。当然のことだろう?」

「何が、当然のことだろう?っすか!俺、サッパリ解らないんすけど!愛してるって、ナニ!!?」

「そのままだと思うが」

「そのままだとオカシイ気がするんすけど!」

「しかし言ったじゃないか」

「ナニを!?」

「お前が」

「俺!?」

「お前が、昨日、俺に愛してますと。言ったではないかタルタロス内で」




昨日。
昨日とか言われても。

順平は必死に昨日の事を思い出す。


タルタロス内。
………確かフロアにボス級のヤツが居て……
大苦戦で……
そう言えば大怪我したっけ。
そうそう、それでボッコボコにされかけたの、真田さんが助けてくれてディアかけてくれて、

それで…………



「………愛してますって確かに…い、言いました、ケド…」


それは感謝の意を込めてであり、当然本気の告白ではないし、
感謝以外でも順平は結構口にする言葉である。

例えば、体育の授業でハードルをヒョイヒョイ飛び越えるミヤにカッコイー惚れるー愛してるーとか、
宿題をやり忘れた日にノートを見せてやろうと言ってくれた友近に最高お前マジ愛してるとか、
階段から転げ落ちて誰も見てなかったか周囲を確認する小田桐にカワイイなーお前マジうけるわ愛せるわとか、
つまりそんなノリでもポンと出てくる言葉であって、それは決して、


「…俺、誰にでも言うっつーか………そういうノリっつーか…
だから真田さんだけ特別に”愛してる”っつーワケではなくてッスね……」


そういう事だ。

何もそれは真田への愛の告白ではなかった。
なのに真田はその言葉を受け自分なりに順平を愛そうとしてくれたのかも知れないが、
大変申し訳ない事にそれは単なるノリであって、そう、真田はコケた事になる。

ふる事はあってもふられる事がないと思われる真田にこんな事を言うのはとても酷い事をした気になり、
順平はスイマセン、と素直に謝る。

人とずれてるトコの多い真田だが、流石にコレは恥ずかしすぎるだろう。
男の後輩相手に本気で愛してるなんて言ってしまうなんて人生の汚点にも近いだろう。
そう思ったからこそ、順平も素直に謝った。
プライド高そうだし若しかしたら殴られるかも、と少し覚悟もした。


少しの沈黙の後、真田が順平の胸座を掴む。
順平は反射的に歯を食いしばった。


しかし殴られはしなかった。
代わりに、大きな声で



「この、……浮気者ぉーーーーーーーーーーーーー!!」


と怒鳴られ、順平は薄れていく意識の中で、どうすれば真田に言葉が通じるのかだけを考えていた。



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真田の勘違い順平の身から出た錆。

これから目覚しいほどのラブライフを送ります。
順平にとっては迷惑とも言います。