ちょっと待ってソレは無理



ある人がある歌手が嫌いだと言えば、
その人とカラオケに行く際は絶対にその歌手の歌は歌わない。
ある人が香水のにおいは好きじゃないと言えば、
その人と遊びに行く際は決して匂いのつくものは持たない。
ある人がファーストフードは食べないと言えば、
その人と何かを食べるにしてもファーストフード店には入らない。


ある意味では優しく、またある意味では酷く自分がない男。
大抵の事には首を縦に振りやすい男。

それが伊織順平という人間の特徴でもあった。




しかし流石に部屋に呼ばれて早々の、


「服を脱げ」


という真田の言葉には首を縦に振れなかった。





服を脱げ。
その言葉を自分の頭の中でもう一度繰り返してみる。

服を、脱げ。
脱げ。




ぬゲー。



アレ、何、ぬゲーって新しいゲームのジャンル?
格ゲーとか落ちゲーとかみたいな感じなの?
あれれ、俺の知らない所で何か新しいゲーム出てた??

ぬゲーの”ぬ”って何??


などと思考を逸らしてみたが、真正面の真田は目を逸らすことなく
その言葉を発して以降、順平を見つめたままだ。

どうやら脱ぐのを待っているらしい。


マズイ。
状況が突発過ぎて解らないけれど、このままじゃ何かマズイ。
そう判断した順平は、


「あの、ナニユエ俺ってば人の部屋で服脱がなきゃなんないんでしょーか…」


と聞く。
すると真田はその質問が意外だと言わんばかりの表情になる。
順平からすれば真田のそのリアクションのほうが充分、意外だ。

その端正な顔を真顔に戻して真田は至極真面目に答える。


「何故ってお前の身体が見たいからに決まってるだろう」

「ちょ…!!!!」


俺、その趣味ナイっす!!!!!
と叫んで漸く真田も意味を理解したのか、眉間に皺を寄せ説明をした。


「変な意味じゃないぞ、ただお前の筋肉のつき方が気になってだな…」



さして運動をしてきたわけでも、鍛えていたわけでもないのに
順平の体は土台は出来ていた。
それは鍛えなければすぐに痩せてしまう体質の真田からすれば
とても羨ましい事で、どうしても気になっていた、というわけだった。



まぁ理由は解ったとして。

しかしそれにしても、やはり人の部屋、それも男の部屋で脱ぐと言うのは
気持ちのいいとは言えないもので順平も暫くは渋っていたものの、
真田が視線を逸らさず一言も話さないのでコレは仕方ない、と渋々シャツを脱ぎ始めた。

……まぁ……上くらいならいっか…と。





大人しく上半身裸になった順平の腕を取り、真田は観察を始める。
時折思わぬ方向に腕を捻られたりして、ギャア!と順平の悲鳴が上がることもあったが
あまり気に留めてもらえず、まるで真田の好き放題にされるがままになっていた。


「……………よくあんな生活を続けてこの状態を保っていたものだな…」


独り言のように真田は呟くが、順平は正直にそれどころではない。

身体のあちこちを触られるのはあまり気分のいいものではないし、
ましてそれが同性となると幾ら顔の整った真田でも気持ち悪いと思ってしまうし、
それに何より質感を確かめる為だとは解るのだが、わざわざいつもの皮の手袋を外して
素手で肌を撫でられるというのは、非常に気色悪かった。

早く終わってくれないかな、なんて思いながら窓の外を見て
なるべく意識を部屋の中に残さないようにしている。


それでも真田の手は相変わらずあちこちを触るし、
割と弱い脇腹を平然と触ってくるし指先から手の平まで全部を使って背中を這い回る。

コレが女の子だったら良かったのに…と順平がしょっぱい気持ちになるのも仕方ないだろう。




まるで拷問のような時間がある程度過ぎたところで真田も満足したのか、
やっと順平の体を触るのをやめて、数歩下がって離れてくれた。

これでやっと服が着れる…

と足元に脱ぎ捨てたシャツを拾おうと順平が身を屈めた瞬間だ。


「下も脱げ」


さっきよりももっと酷い言葉が真田の口から出たのは。





今度こそ順平は体が固まる。
アレレー何でこれナニコレー。



ぬゲー。

あ、アレかな、”ぬ”は”縫う”で何かを縫うゲームかな、
でもソレって面白いのかなアでも最近はちょっとしたミニゲームばっか入ってる
ゲームが受けてたりするから縫うゲーも面白いのかな今度買ってみようかな。

先程、思考が飛んだ時の続きをもう一度頭で繰り返してみるが、
やはり目の前の真田は真顔で、それも目を逸らしてくれなくて無言で。

順平の裸のままの背中を嫌な汗が一筋、すぅっと流れた。



あああああ、え、ちょ、俺ってばマジに脱ぐの?
え、嘘、待ってよ幾ら変な意味なくたってソレは本当に嫌なもんジャン??

つーか下もって何、まさかパンツも?
パンツ脱いで何見んのナニを見られるの??
嘘やだ!俺ってばそんな風呂でもないのに全裸とか、
あ、でも靴下履いてるから裸靴下っつー超マニアックな姿になれってか、
えーそれともアレかしらケツの筋肉見られるのかしらそんなガキの頃以来母ちゃんにも見られてないのに!?



意識が完全に飛んでいる順平に流石に待ちきれなくなったのか、
真田が順平のベルトに手を伸ばした。


「っちょ!!!!!!」


慌ててその手を止める順平。
まるで何か問題でもあるのかという顔の真田。
問題は大有りだよ!と焦る順平、お前がさっさと脱がんからだと何故か怒る真田。
鳥肌の出る順平、力の入る真田。




最終的に、順平のズボンは強制的に真田によって脱がされた。


その際、一度順平を床に転がして無理矢理剥ぎ取ったので、
トランクスがずれ、順平は半ケツ状態という非常に間抜けな姿になっている。

このまま転がっていては先程のようにまた体中を触られる。

その危機に気付いた順平は慌てて身体を起こし、真田と距離をとった。


「………オイ何だ」


何だ、じゃねぇっすよ…!順平は叫ぶ。
そりゃそうだ、そういう趣味がある人間なら兎も角、自分は超健全な男子高校生だ。
女の子に身体を触られるのなら大歓迎だが、幾ら美形でも真田は男なのでちっとも嬉しくないし気持ち悪い。


「脚の筋肉を触るだけだろう、何を逃げる」

「ソレって充分逃げる理由になると思うんスけど…!!!」


未だに半ケツ状態の順平は真田避けの為に両腕を前に突き出しているため、
トランクスを直す余裕さえない。


「くすぐったがりなのか?大丈夫だ、擽って苛めるつもりはない」

「あったら余計に引くわ!!!」

「何を怒っているんだ」

「普通怒るッつーか大抵の人間は嫌がると思うんスけど!!」


意味が解らないという顔をしている真田の、その思考が理解できないと順平はどんどん青褪めて行く。

何なの一人キテレツ大百科みたいな人間!!





痺れを切らした真田が遂に順平を捕まえようと腕を伸ばしてきた。
捕まって堪るか、と順平もその腕をどうにか取る。

正面から組み合って、暫く二人は均衡状態を保っていた。







が、毎日筋トレで身体を鍛え、ボクシングで無敗を誇る男の体力と、
恵まれた身体とはいえ毎日遊び呆け、グダグダな生活を送っている格闘ド素人の男。


30分と待たずにその均衡は脆く崩れ去り、








後は想像に難くない状況に雪崩れ込むだけだった。




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真田と順平。

真田先輩はナチュラルに変態だといいなという希望。
順平はナチュラルに健康的且つエロイ体つきだといいなという願望。