ライラライ・ラライ


あれーなんで順平がココに居んの?
という声に視線を移せば、そこにはクラスメイトの女子が一人で立っていた。


ここは他校のボクシング部の部室で、普通に考えれば
順平どころか彼女も何故居るのかと問われそうなものであるが、
今日は月光館学園ボクシング部とこの学校のボクシング部による
交流試合があるため、その問いは今日に限りなかった事にされる。

ボクシング部の試合の日なのだ。
月光館学園の女生徒が、それも大勢、他校に居たところで何の
不思議もない日なのだから仕方ない。




そこで最初の彼女の声に戻る。

何故、男である伊織順平がいるのか。



何でって俺、真田さんに今日の試合見に来いって言われたからさー、
と返せば、あぁ今寮が一緒なんだったっけね仲イイんだね、と彼女は納得しながら順平の隣に立った。


「つかさ、お前いつの間に真田ファンになっちゃってたの?」


チョット前までゆかり同様、どことなく真田人気に対して冷めた態度だったはずの
彼女を横目で見ながら聞くと、


「いや、実はアレなの、今日の試合、友達が見たがってて一緒に行こうっていうから
観戦希望出したのに私だけ当たっちゃってさぁ…」


他に居場所ないし、アンタも一人みたいだから隣、別にいいでしょ?
と言われ、特に断る理由も無い順平は頷く以外にする事がない。

というか。


「……観戦希望って、何?」


俺そんなの知らないんだけど。
そんな顔の順平に、彼女はほんの少し得意げな顔で説明を始めた。

真田の人気は最早絶大で、止まるところを知らない。
これが学内での試合であれば幾らでも観戦したければすればいいというスタンスなのだが、
他校で、となると話は別だ。あまり大軍で押しかけては迷惑がかかる。
そういうわけで実は密かに観戦希望者を募って抽選会を行っている、というのだ。


「……………アレ、俺、普通に入ってきちゃったけどマズかった?」

「あぁ男子はいいの。女子の数が圧倒的に多いから、女子だけでやってる話だし」

「あ、そーなの。つかさ、お前、アレだったらお前の権利、その友達に渡しゃよかったんじゃねぇの?」

「馬鹿ねー、コレだから順平は!いーい?そんな事したらキリがないし抽選してる意味がなくなっちゃうの!」


だから私は渋々観に来たワケよ!
と彼女は鼻息荒く言うが、だったら観に来なきゃいいじゃないか、という言葉を
順平はどうしてもかけられなかった。

女の子は怒らしちゃイカン、というのを普段、ゆかりという存在で身を以って学ばせてもらっているからだ。






実際の真田の試合は最後なので、最初の方の試合はハッキリ言って大概の女子は気に留めていない。
女の子って正直で残酷だなぁ、なんて順平はそれをぼーっと見ている。

まぁそんな残酷さ含めて可愛いんだけどなぁ、とも思いながら。





「ねぇ、ボクサーって減量するじゃない?」


ふいに隣からまた声がかけられる。
どうやら彼女も暇は暇らしい。
恐らく彼女の場合は、真田の試合でさえも暇と思うかもしれないが。


「減量するねぇ」

「アレってさ、やっぱり真田先輩とかもしてるわけ?」

「とーぜん。やってるよーあの人」

「ひゃー、よくやるわねぇ…減量ってキツイんじゃないの?」

「メチャクチャキツイな」


他人事と思えない口調の順平に、彼女は僅かながらに違和感を覚える。


「………?もしかして順平も減量に付き合ってるとか?」

「あーうーん……まぁ、ね。時々、ね」


どこか曖昧に、無難に答えておく。
僅かに順平の口調に動揺が含まれていた事に彼女は気付いていない。


「あ、それでなの?」

「何が」

「最近さ、順平、身が締まってきたなぁと思ってたの」


多分、ソレは24時間外の都合でちょっと色々駆けずり回ったりしてる時の影響じゃないかナ、
なんて思ってもソレは言っても無駄なので、内緒にしておく。


「うーん……かもなぁ」

「ていうかさ、アンタ身が締まってきたらスタイル良くなってきてない?」

「……………一体ドコでそういうの見てんのヤラしい子ね!」


思わず身体を隠すポーズを取ってみる。
キモイから、という突っ込みは何というか、ゆかりと同じ匂いがしてくる。
コレはやはり怒らしてはイカン系統の女子の匂いだ、とは頭の隅のほうでだけ。


「いやこの前の体育の時、暑かったから上、脱いでたでしょ」

「誰が」

「順平よ」

「…………………。あー、あぁ、脱いでた脱いでた。スゲェ汗かいて気持ち悪かったから」

「あの時にね、ちょっと何人かで言ってたの」

「……団体で視姦とか、女子ってマジ怖いわー…」

「煩い!…ていうかさ、うん、その時ホント思ったんだけど、順平って割とスタイルいいなって。
…スタイルいいっていうか……えーと…上手く言えないけど、ちょっとエロめな体つき??」

「エロめとか…!そんな事言う子に育てた覚えはありません!」

「ごめんねママー」

「ヒゲなのにママかよ!」


ふざけてはみたが、コレも少々思い当たる節があるので順平は内心冷や冷やしていた。




身が締まってきたのは影時間での事が理由なので置いといて。

真田の減量に付き合っている。それも時々。
そして最近妙に体つきがそうだと言われる原因。

話は簡単だ。
仲良しの先輩と後輩である、真田と順平。
時には一緒に帰っているし何かと廊下で会話しているのも見られる。
が、この仲良しの先輩と後輩、少々ワケが込み入っていた。

仲良し、の度合いが、その言葉通りではないのだ。

通常ではあまり考えられないような関係、つまりは実は恋人同士だったりする。
勿論、どちらも男子生徒なのだが、まぁそういう関係になっていた。



真田は減量期間に入ると、当然の事ながら食事制限をかける。
しかし食べる量は減らしても運動量は減らすどころか増やさねばならない。
普段からみっちりとトレーニングを積んでいる真田は、これ以上どう運動量を増やすかとなった時に
至った結論があった。

”減量中は順平を思い切り抱いてしまおう。”

これも言葉通りに取るとなんとも馬鹿馬鹿しい上に、付き合わされる順平に取っては
意思を無視されていて本当に勘弁して欲しいような結論なのだが、何というかソコはまだ若い恋人同士。

理由をつけてお互いに一緒に居たいという気持ちもあって順平自身、そこまで否定的ではなかったりする。


しかし一応、減量という大前提の下の行為なので、真田は本当に手加減が無い。
何せ運動量を増やせる上に心が満たされるので空腹が気にならないのだ。
真田にとってこれほどメリットだらけの事もないだろう。


しかしそのお陰で順平の身体は、図らずとも腰の辺りのくびれ方が少々イヤらしくなってしまった。





ソレを他人に指摘されるというのは、順平からしてみれば今すぐ召喚器で頭を打ち抜いて
特大のアギラオを自分に向けて撃ってしまいたい気持ちでイッパイになる。
アギ系に耐性のある自分には無意味だと承知の上でも、だ。



「あ、そう言えばアレだね、減量って言ったら試合前の真田先輩ってさ、
ちょっと目つき怖いって皆言ってるけどソレってやっぱり飢餓状態だから?」


と順平の事情も心情も全く知らない彼女はあっけらかんと続ける。


「あー………うん、そ。そうなの。アレな、飢餓状態だから下手に突っついちゃ駄目なんだぜ?」


順平も適当に返答をするが、コレも実は結構痛い質問なのだ。


真田の”減量”に付き合う順平だが、減量の目的の中に、
飢餓状態を作り試合のための感覚を研ぎ澄ます、というのがある。

つまり、真田も”飢餓状態”にならねばならない。

しかし順平を抱いていては心が満たされてしまって効果が出ない。
そこで真田は更に別の手段を考えた。



試合の1週間前になると、ピタリと順平に触れる事をやめる。
しかし生活はあくまで普通に、いつもどおりに順平と話す。

目の前にご馳走があるのに食べれない、その苦痛。

真田の神経は最大に研ぎ澄まされていくのだが、その真田に正面から話しかけられる順平としては、
これは最高に不気味なので本当はあまりして欲しくないのだが、試合があるためソコは我慢している。
致し方のないことなのだから、と。


敢えて文句を言うとすれば、その1週間前の夜を最後の晩餐と称して、
それこそ本当に手加減抜きに、ねちこく、じっとりとした行為に及ばれる事についてだと思う。

順平への負担が相当にキツイらしく、その夜がくる事が最近の順平の密かな恐怖なのだ。







他愛もない会話をしながら時間を潰していると、急に会場が騒がしくなった。
どうやら真田の試合が始まるらしい。


順平の立っている位置と正反対から色素の薄い髪が見えた。

あ、俺立ってる位置、逆だったのかなコレ、なんて思っていると、
自分の3列前の女子が対岸の女子に羨ましさから来る罵声を浴びせ始めた。
しかしその対岸からは真田の顔が見えないなどという声が飛んでいるので
コレはどこに居ても彼女達からの不満は出るものだと思われる。

女の子ってマジ怖いわー、とぼんやり思いながら真田を見る。



確かに、カッコイイとは思う。
特にグローブを着けてこれから戦いに臨む姿というのは確かに普段の学内では拝めない姿だ。

しかし順平からすれば、それこそヘッドギアで守られるわけでもなく、
手にはグローブよりもおっかない武器を持ち人外のモノと戦っている姿を見ているため、
どちらかというと今の真田はカッコイイだけで強そうというイメージにはならなかった。



女子が最大限まで寄って出来た、まるで花道のような通路を抜け真田が歩みを進める。

すると真田が通り過ぎた後から後から、女子の顔が青ざめて悲鳴が上がり始める。


「………?何だろう?」

「…さぁ?真田さんのパンツ、うんこでもついてたんじゃねぇの?」

「…順平、アンタ横に居るのが私じゃなかったら殺されるわよ」


そうだなーと笑って返事している間にも悲鳴の数は増えていく。
真田の表側しか見えない位置に居ては、何が起こっているのかサッパリなので、
順平と彼女はお互い顔を見合わせて肩を竦めて見せた。



真田がリングに上がる。
くるりと身体を反転させ、ちょうど順平の位置から背中が見えるようにロープを掴んだ。






「…ちょ、アレ…」


順平の横で彼女が短い悲鳴を、驚きと共に上げる。
その横の順平は、





絶句していた。






真田の背中にあったのは、真っ赤に残る爪痕だった。
それはどう見ても情事の時に出来るもので、
それがつまり真田の背中にあるという事は………




順平は先週の”事”を思い出す。
先程の”最後の晩餐”の事だ。

基本的に部活がある時や水泳の授業がある時、
順平はなるべく真田に縋らず、シーツを掴んで耐えている。
人気絶大の真田の身体に情事の後など残しては大問題だと解っているからこその気遣いだった。


しかし先週は違った。

いつものようにシーツを掴んでいた順平の手を、真田は丁寧にシーツから引き剥がし、
自分の背中に持っていった。
しっかりとしがみつくように、と。
お互いの身体に隙間など生まれさせないために、と。

その時、勿論順平はすぐに放そうとしたが真田が大丈夫だと言った。
まだ1週間もある。
もし治らなかったらディアでもかけておけば大丈夫だ、と。


大丈夫だと言ったからこそ、順平は彼の言うとおりにしていたのに。







のに、何だよあの背中は………………!!!!



順平は今、自分の顔が真っ赤になっているのが解っていたので
いつも被っている帽子を目深に被って周囲の視線から逃げた。
別に自分に集まってなど居ないだろうケド、そうでもしなければ死にたくなりそうだったからだ。




真田が珍しく今日の試合に必ず来るように声をかけた理由。




一方リングの上の真田はもう一度振り返り、帽子で顔を隠している順平を確認すると、
ニヤリと口端を持ち上げて笑った。







いつもの試合後の”ご褒美”を楽しみにしながら。



*******
できてる真伊。

1週間我慢しきった自分へのご褒美に、真田は順平をガッツリ抱くというオチで。
勿論、お互いちゃんと愛はあります大丈夫。

タイトルはアリスのチャンピオンから。
この歌好きだ。涙が出る。
あとタイトル何にも思い浮かばなかったからだ。