真田フィーバー



新入生達がそろそろ学校生活に慣れ始めそれぞれに親しい友達が出来始める頃、
そして本格的に熱くなってしまう前に、という事で6月の末にスポーツテストが行われた。
テストと言っても要は各個人の身体機能を年々記録するものなので、成績に影響などは一切ない。
しかしテストというだけあって項目は視力検査から懸垂まで多種多様にわたるため、一日を費やす事になる。


測定科目の量もさることながら学生数の方も結構な数になるので、運動部の人間は先に済ませており
学校行事としてのテスト当日は、記録係に回されていた。

つまり、


「おい順平!笑ってないで真面目にやれよ!」

「無理、無理っつーかミヤ、怒るんならお前の後ろの記録係を怒れってば!
ちょ、馬鹿、キタローお前なんつー顔して……っブ、ハハハハハハハハハハ!!!やーめろって馬鹿!」

「太郎やめろって!順平もコレ何処が開いてるのかとっとと答えろって!右か左か上か下を指で指せばいいだけだから!!」


などという遣り取りが時折発生してしまい、


「コラ!真面目にやってよねソコ!!あんたら全員F組だから怒られるのアタシなんだからね!!」


という教師の怒声も発生する日である。








「つーか俺ら、後ドコ回ればいいんだっけ?」


順平は鳥海先生に抓られた頬をさすりながら隣の友近に問い掛ける。

太郎とミヤは陸上部として視力検査担当に回っており、
いつもの馬鹿メンバーでは順平と友近の二人だけという寂しい移動をしている最中だ。


「えーっと体力の要るヤツは全部午前中に済ませただろー?で、視力検査は今終わったし…
……あ、後はアレだけだ、立位体前屈」

「りついたいぜんくつ?」

「馬鹿、ホラ、アレだよ体育館の舞台の上でさ、こう…体を真っ直ぐ立った状態から前にギューって倒して…」

「あーあーあー、アレか!アレなー…俺、体硬いからなー…苦手。つーか馬鹿って言うなヨ!」

「だって馬鹿じゃん。て言うか同じ体育館の反復横跳びとか握力済ませてるのに、コレだけまだって何でだったっけ??」

「お前こそバーカ、飯食ったら理由忘れるとかどんだけ馬鹿なの」

「順平に言われたくねぇよ!」

「その言葉そっくり返してやるっつーの!…つかアレじゃん、立位体前屈の担当、今年ボクシング部」

「……あ」

「「真田フィーバー」」


二人で仲良く声を揃えて。

真田フィーバー。
それは真田が原因で人だかりやそれに伴うアクシデントが発生する事を言う。因みに命名は順平だ。
(使用例:アレ、お前今から食堂行くの?だったら定食の列が真田フィーバー起こしてるから麺類の列の方が早いぞ)



各々適当に連れ立って空いてる所から回るように、というお達しのため学生達は自分達で空きを見ながら回る。
しかしそれが禍したのか真田のいる場所はひどく混みやすい傾向が見られた。
実際、順平たちも午前中に体育館に寄ったときは館内にある全ての測定を済ませるつもりだったのに、
立位体前屈だけは最後に回そうと思うほどの込み具合を見せていた。


「真田フィーバー終わってたらいいけどなー」

「スゲかったもんな、女子のあの群がりよう。…あ、てかさ、順平って最近真田先輩と仲イイんだし、
先に入れてもらえたりしないわけ?」

「仲イイつーか寮が一緒だからな、今。つーか真田さんがそんなズルさせてくれるワケねぇじゃん」

「あ、その辺やっぱ厳しい人?」

「うんにゃ、そういう気が回らない人」


えー意外!という友近へ順平の心の底からの意外とかナイ!と突っ込みを入っている間にも、目の前には体育館の扉。
二人仲良く両方の扉をぐっと押して中に入ると……


飛び込んでくる光景は、体育館の舞台近辺の未だに続く異様な人だかり。


まだ人が引いていないのか…とげんなりするも、もう二人の未測定項目はコレしか残っておらず、
のろのろとした足取りでその人だかりに向かって進んでいく。




近付いて見ると測定できる箇所は2箇所ある事が解り、そして女子は真田の方にばかり並んでいる事が解った。
一人一人が少しでも長く真田の傍に居ようとして測定をわざとゆっくりする為そちらの進みは異常に遅く、
もう片方は全くと行っていいほど普通に測定が行われ、サクサクと進んでいた。


全測定を済ませた学生から帰れる。

毎年そうなっているので、順平も友近もとっとと済ませて帰りたいのは当然の事で、
そうなれば二人が並ぶのも当然、


「……よし、左だ」


と言い、女子の居ない列についた。





「………アレ、今年から後ろから膝押さえられるんだ」


友近の言うように、舞台の上で測定している学生の後ろにもう一人学生が座り、
これから測定しようとしている学生の膝を後ろから引っ張る形で押さえているのが見えた。


「去年は違ったよな?」


立位体前屈が何か忘れていた順平も、実物を目の前にして去年の記憶を掘り返してみたが、
やはり今年のように膝を押さえられた記憶などない。
何だろうか、と訝しがっていると友近が、あ、と言った。


「…なに」

「去年、アレあったじゃん」

「何かあったっけ?」

「ホラ、小田桐が落ちた。硬いのにミヤにもっとやれるだろってからかわれてムキになって…」

「あー、そーいや落ちてたな、アイツ!あー、それでかー。へー…」


という会話をしている間にも、二人の順が回ってきた。
流石に真田フィーバーを起こしてる列とは違い進みが速い。






「……っと、えーとマイナス…8、だな」


ボクシング部員の声を聞いた順平は、あーやっと終わったー、と腰を抑えながら姿勢を戻す。
去年と数字変わってないじゃん、と膝を押さえていた友近が笑った。

すると。


「ちょっと待て、マイナス、だと?」


測定を終えた順平の背に、突然声がかけられる。
振り向けばソコには真田の姿が。

妙に真顔である。


「え、…そっすよ、俺、体硬いんで…」

「だからと言ってマイナスはないだろう」

「いや、実際にマイナ…」

「お前の体はそんなモンじゃないはずだ」


間に入ろうとした部員の声を無視して真田は舞台にヒョイと上ってくる。
自分の役割を放り出して。


「後ろの押さえが強すぎて引っ張られたんじゃないのか?」


と言いながら視線で順平に再測定を促す。
面倒だなーという気持ちを表情どころか態度にまで表している順平だが、半ば強引にもう一度測定台に戻らされた。
女子からの恨めしい声が幻聴でも聞こえそうで怖い。


「俺が支えててやるからもう一度やってみろ」


今度こそ幻聴でなく女子の声が聞こえてきた。
だから面倒なんだ、と順平は項垂れるが、とっととこの場から逃げたいので大人しく測定姿勢に入る。


「………マイナス…8,5……かな」


部員の声に順平は、ほらね、という顔をしたが、真田の顔は全く納得がいないらしく、
眉間に皺を寄せている。

マジいい加減にしてくんないかな、俺、腰痛くなっちゃったよ頑張ったから。

そんな気持ちは真田に伝わるワケがない事は知っているが、思ってしまうのが人間なのだから
仕方ない。
それでも真田はマジマジと順平を見て何かを考えているようだ。


「順平、お前、手抜きしてないだろうな」

「してねぇっすよ、俺、本気でやってますって」

「そんなハズはないだろう、お前の身体のことは俺の方がよく知っているんだから」


その真田の発言の直後に体育館中に響く女子の悲鳴、悲鳴、悲鳴。
順平も腹のソコから、はぁ!?と言ったが、その悲鳴にかき消された。


「ちょ、ちょ真田さん、何言ってンすか!何を知ってるっつーんすか!」


狼狽える。当然だ。


「上腕二頭筋から大腿四頭筋、お前自身からは普段見えにくい広背筋に半腱様筋まで知っているが」


さらっと真田。
そして更に大きくなる女子の悲鳴。
(真田の挙げた名称がどこの筋肉をさしているのかはきっとニュアンスで伝わったのだろう)


「え、順平、お前…」


ドン引きの友近。


「つーぅかちが、違うって!!真田さん、単にアレでしょーが、寮が一緒だから風呂で見ただけでしょー!?」

「他にどこで見ろと?」

「見てくれなくていいッス!!!つーか何でそんな誤解生むような事言うンすか!!!」

「お前が何を知っているというからだな…というか誤解だと?一体どんな誤解が…」


もういいから!!と順平が喚いて事態はようやくの収束を迎えた。







結局、真田の納得がいかなかったため、順平は再々測定となった。
測定係をしている部員も可哀想だが主将が若干変わっている事は彼も承知の上なので、
寧ろ順平に同情の視線を投げている。

友近は再び順平の膝を押さえる役目になっていた。
因みに友近は順平の後で測るつもりだったので未だに測定が済んでいない。


「あの…本当に俺が押さえてていいんですか?」


最初の測定の際に押さえ方がどうのこうので直接ではないにせよ駄目出しをされている為、不安になって聞いてみても、
それでいい、と感情の見えにくい声で真田は返すだけだった。

そして順平に測定体勢に入るよう指示がおり大人しく体を丸めると、突然、友近の腕を跨ぐように真田が順平の背後に立った。

友近が驚く間もなく真田は順平が落ちないように片腕で腰を抱きかかえ、覆いかぶさっていく。
女子の悲鳴が再び上がった。
もうその悲鳴は黄色いのか何なのか解らない、未曾有の悲鳴。

と同時に。



「ギャアアアアアアアア!!!痛い痛い、え、何何、え、真田さん!?痛い痛いって!!マジ痛い!!!」


そのまま腕を真田に掴まれ、グイグイと無理矢理に体を曲げられている順平の悲鳴も上がった。




無理矢理に体を曲げられていく友達の悲鳴と、膝から伝わる筋肉の緊張、そして容赦ない声で
まだいけるだろう、と追い討ちをかける先輩という光景を目の当たりにして怯えていた友近の耳にだけ、

ゴキ

という鈍い音が聞こえたが、あまりの恐怖に彼の悲鳴だけ最後まで上がらなかった。






その日、順平は去年の立位体前屈の記録を大きく塗り替える、プラス18cmを記録したという。




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真田さんに振り回される順平。
そして友近と仲良しの順平を書きたかったのです。

小田桐がそこまで頑張る人かどうかは知りませんが取敢えず面白そうなので舞台から落ちてもらいましたテヘ。