彼の思いは通ずる事もなく



下足室を抜けてガラス張りの少しばかり重い扉を開けて、最初に目に飛び込んできた人物を見て
順平は一瞬足が止まる。

女生徒の群れ。と、その真ん中には目立つ色素の薄すぎる髪。


あ、ヤッベ。つーか何でウチのガッコって正門しか開放してネェの?


引き返して校内に戻るか。
そ知らぬ顔で見つからないように走り抜けるか。
戻るか行くか。

しかし戻ったところで校内に用はもうない。
ミヤは部活。
友近は何か浮かれながら帰った。
キタローはベベと同好会。
風花はさっき帰ったのを見た。
ゆかりッチは桐条先輩とあーだこーだと言いながらどっか行ってた。
図書室に行ったところでおしゃべり禁止居眠り禁止となっては益々居ても仕方ない。

あれやこれやと逡巡するも、校内に留まるには厳しい現状を思い知らされるだけだ。
では、相手に気付かれない事を祈りながら走り抜けるか。

それが出来たら順平は最初からそうしている。


逃げ切れるわけがない。
無敗のボクサーだぞ。

ど素人の自分が彼に気取られないように走り去るなんて無理だ。
周囲でどれほど黄色い声をあげられても全て右から左の人間には、彼女らの声でさえ壁になりえないのに。


あああ、と頭を抱えてるうちにとっととあの一群、駅に向かってくれてたらラッキー、なんて思うも そう都合よく事は運ばず、
彼らの位置は最初に目にしたときより微妙に校門に近付いただけで殆ど動きがないと言っていい。



何で俺ってこう運悪いっつーかタイミング悪いっつーか何か俺したっけなーどう思うヘルメスお前神様の使いじゃん聞いてきてよー。



項垂れつつ、仕方ないのでジュースでも買ってグラウンドの方に逃げてミヤでもイジって遊ぼう、と思い再び下足に向かおうとすると、


「あれー、伊織アンタまだ居たの?」


と、担任である鳥海先生に出くわす。
相変わらずの独特の間で喋る彼女は、何やら順平にとって嫌な予感がするオーラを纏っている。

コレは………………面倒ごとの匂いだ。

他の教師の”頼まれ事”に比べ、彼女の場合は何倍も”面倒”な事が多い。
コレで校内に留まるという選択肢が完全に消えた。
(留まる理由を得れたとしても彼女絡みは勘弁していただきたいのだ何が何でも)


「あのさー、もしアンタ暇なら…」

「イヤ、俺今から帰るトコっす!センセーさいならーーー」



こうなったら帰る。
あの一群の横を抜けてでも。
走ったら不自然なので、他の生徒に紛れつつ何事も無いかのごとく歩いてポートアイランドにまで向かう…!

そう決めてなるべく他の生徒の影に隠れつつ移動を開始。



しかし数秒後にはアッサリと色素の薄い髪の男・真田に発見され声をかけられる。


「順平、今帰りか?」


実に爽やかに。
彼女達には一切話しかけもしなかったくせに、後輩には機嫌よく声をかける真田に、
彼女達からはブーイング(それでも甘え声だが)の嵐。


「奇遇だな、俺も今から帰るところなんだ」


真田が嬉しそうに歩み寄ってくる間も、順平の頭の中は、どどどどうしましょ、の言葉で埋まっていく。

俺も帰るトコっすホント奇遇っすねサイナラー。
それが言えたらいいのに。
そう思ってみる。
しかしソレを言えたところで、彼に通じない事も解っている。
有無を言わさず腕を掴まれて、一緒に帰るかとか言われるのがオチだ。


そう、今のように。



………”今のように”?

順平は軽く飛びかけていた意識をハッと戻す。
自分の右腕を掴んでいる皮の手袋の感触。

あああああ。つーかーまーったーーーーぁ。

ドンゾコ気分。お手上げ侍。


「一緒に帰るか。あぁ、そうだ、寄りたい所があるんだがいいか?」


俺の表情見てくださいよ真田さん、この顔のドコが肯定に見えるんすか。
しかも帰るだけじゃなくどっか寄るんすか。
彼女らもどっか行かないかって誘ってくれてたんすからソッチと行ってくださいよ。

なんて声になるわけもなく、ズルズルと順平は真田に連れられて駅の方へと向かう破目になる。

その背中には彼女たちの恨めしい視線がグッサグサ刺さっていた……






順平だって別に真田が嫌いなわけじゃない。
カッコイイし憧れる気持ち(最近では面白いと思う事のほうが増えたのも事実だが)だってあったし、
影時間内では頼りになるし羨ましいほどに美形だし頭いいしモテるしと、挙げればキリがないほどいい印象を持っている。

けれどソレと現状とは全く別問題とも言える。

真田は特に最近、やけに自分と絡んでくる。
念のためもう一度言えば、嫌いではないのだ順平だって。
ただそれが必要以上に絡むというか、ちょっと鬱陶しいというか、…ちょっとキモチワルイというか。

もともと愛されたがりの傾向のある順平には構われるのも構うのも好きだが、それでも彼のはちょっと度が過ぎているような、
何というかベッタリ。そう、ベッタリ、という表現が一番正しいような、そんな感じで絡んできている。

自分が読んでいる雑誌を一緒に見てきたり、そして理解できない事を質問攻めにしてきたり、
部屋で寝転んでテレビを観てると部屋に無断で入ってきて一緒に見てきたり、やはり理解できない事を質問攻めにしてきたり、
何気なく窓の外を見ていたら気付くと隣に居て同じように外を見てきたり、そしてやはり理解できない事を質問攻めにしてきたり、

兎に角、絡まれまくり質問攻めにされまくりの日々が続いている。


そりゃ最初は自分みたいなタイプと関わった事がないから珍しいのだろうと、面白く思っていた。
次には自分を”寮”に連れ込んだ責任もあって必要以上に構うのだろうかとも思ったりもした。

しかしそれにしてもあまりにもあまりでそれはそのつまり。


あ、何かコノヒト変だな、と気付いてしまう瞬間があったりなかったりで。



雑誌の映画コーナーを観ていたのが3週間前の木曜日。
そして何となく観たいなーと思っていた映画の項目で目を止めていると、横からいつものように彼が現れた。


「順平、何か観たい映画でもあるのか」


こう聞かれれば普通は、イエスと答えるものだろう。
このとき順平も素直に、そうなんすコレっす、と指差して答えた。

シリーズモノのアメコミヒーローの映画。順平は割りとこの手の映画が好きだ。

すると彼が、じゃあ明日学校の帰りに観に行くか、と突然、彼にしては珍しいタイプの誘いをかけてきた。
(普段はロードワークに付き合うかとかプロテイン飲むかとかそんな迷惑な方向のほうが断然多い)
珍しい事もあるものだと思ったが、誰を誘って観に行こうかと考えていた矢先だったので、順平も素直に誘いを受けた。


そして観終わった後、いつもの質問攻めの時間に突入した。
ヒーローは空を飛べるものなのか、あんな爆発をして大丈夫なものなのか役者は生きているのかスタントナシなのかとか色々。

映画の余韻に浸っていたいというのに、こう質問攻めでは流石にうんざりするというもの。


「何でそんなに色々聞いてくるんっすか…!いーじゃないっすか、適当に流しときゃ!」


なんて思わず苛立った声を出してしまい、しまった、と口を順平は口を塞いだが、
そんな順平に構いもせずに真田は


「お前が何を見て何を感じて何を思っているのか知りたいんだ」


とサラっと。実に爽やかに、普通のことのようにサラっと真田は言い放った。
何かその言い回し俺にすんの間違ってね?と順平が思う隙さえ与えない程にサラっと。

そして思考が遅れている順平の腕を取り、ついでだお前はよくカラオケに行くんだろう今から行こう、と引きずり込む。


先ほどの台詞に続き、カラオケに真田という見慣れない光景に順平は戸惑いはするものの、
彼の勧めに乗りいつも歌っている歌を探してディスプレイを付属のペンでポチポチと押し、入れていく。

しかし気付くと真田は一切自分は何も歌おうとしない。


「……真田さん、歌わないんすか?カラオケ、来たかったんでしょ?」


と間奏の合間にマイクのまま聞くと、これまたさっきと同じように実に爽やかに、


「お前がどんな歌を好むのか、どんな声で、どんな顔で歌うのか見たかったんだ」


と返される。
えーなになにこのひとおれもうよくわかんなーーい。


お手上げ侍。


それでも真田特有の天然ボケだとか一時的なものさとタカを括っていたが、その祈りに近い希望は叶わなかった。



翌日の土曜日曜も真田に付き纏われ、学校に行けば捕まり下校時にも一緒、そして週末にはまた映画。
(流石にカラオケは逃げた)




これを”デート”と呼ばずして何と呼ぶ???




最近では只管に順平は校内で真田に会う事を避ける努力をしている。
努力はしている。
努力”は”しているんだ、彼だって。

それでも何処からともなく真田は現れ、順平は彼のファンの恨めしい視線を一身に浴びつつ真田の奇行に巻き込まれてしまう。




今日は何処に連れて行かれるんだろう、さっき本屋って言ってたけど俺の好きな雑誌を教えろとか言い出すのかな。
多分そうだろうな昨日ラウンジで何かそんな感じのこと言ってた気がするし俺右から左しちゃってたけど。





よく晴れた空とは打って変わってどんより顔の彼と、よく晴れた空と同じように涼しげで爽やかな顔の彼は、
今日も仲良く二人で駅に向かって行くのだった。




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真田さんからの熱烈アプローチだぜー。
タイトルの彼はお互いですよと補足の必要なタイトルを付けるんじゃないとか怒られてみるぜー。

やっぱりノンケの順平が真田に振り回されるのが好きだなあとか呟いてみるぜー。