極限の状態は人を狂わせるというが



突然ではあるが、寮の空調設備が壊れた。

季節は夏真っ只中。


寮内が駄目ならいっその事、外へと逃げればいいのだが、先日タルタロスで奮闘したばかりの寮のメンバーには、
外出するような気力も体力も残されていなかったのだ。


あーもーホントきっつー、というゆかりの言葉を何度聞いたことだろうか。
視線は斜め上を見たまま、微動だにしない。
無気力症にも見えなくはない。

しかし他のメンバーだって同じ姿を晒している。

風花はゆかりとは逆で項垂れたままだし、 なるべく密着する部分を減らそうと順平はほぼ大の字でソファに座っているし、
その隣の元々ヤル気の見えにくい太郎は本当にシャドウに精神を食われたのではないかと思わせる様相だ。
美鶴でさえ死んだ顔をしているような暑さの中、来たばかりのアイギスがショートしてないか些か不安が残る。

因みに真田は、暑さになど負けるか!と言って部屋でトレーニングに励んでいる。

鼻息荒く2階へ上がる彼を、皆、奇異な目で見送ったのは1時間以上前だと思うが、
正直、もう暑くて暑くて時間など解らないところまで全員の精神はやられていた。





ちらり、とゆかりが目だけで順平の方を見る。


「……… 順平はいいわよねー…ボウズの分、暑さが軽減されて…」

「馬鹿言っちゃいけねぇぜ、ゆかりっち……その分ボウズは日光が直当たりで焼けるような暑さに襲われるんだ…」


順平は微動だにせず答える。
あぁ、だからいつも帽子被ってるのね、とゆかりは納得した。


「そうか…伊織の帽子は単なるファッションだけではなく実用も兼ねていたのだな…」


美鶴も話しに参加する。
しかし室内でも被る理由がどこにあるのかは、謎のままだ。


「そーなんすよ、桐条先輩……だからね、今日はキャップじゃなくて風通しのいい、
見た目にも涼しい麦藁帽子なんすわ、俺…… 」


こんなに暑いんだったらいっそ暑さをエンジョイしてやる!と、午前中まだ元気だった頃の順平は、
麦藁帽子にアロハシャツを着て足はビーチサンダルという夏満喫スタイルでラウンジに現れた。
が、太陽が真上に上がる頃にはただの屍同然になり、その服装は何の役にも立っていない現状がコレだ。

順平の隣の太郎の目が、さっきよりも死んでいるのも気になる。




暑さのあまり全員食欲があまりない。
適当に水分を取り、そして示し合わせたかのごとく再びラウンジのソファに戻り、
まるでそうする事が使命のように、それぞれが元の姿勢に戻っていく。


遂に何もしないまま夕方を迎えてしまった。



もう駄目だ……何もする気が起きない…
そう呟いた順平が、のそりと動いた。


「……どこ行くの、順平君…」


動く気力がまだ残ってたのね、と言わんばかりに風花が問う。


「部屋。……もー駄目、俺っち完全にお手上げ侍。寝る」


普段ならだらしない行為に対して厳しいコメントをする美鶴だが、今日ばかりは本人も限界なのだろう、
あぁそうした方がいいかもな…と素直に順平を見送った。



ふらりふらり、という言葉が似合う足取りでどうにか2階に上がる。
自分の部屋まで持ちますように…と順平が薄れた意識の中で祈っていると、
突然、真田の部屋の扉が開き、その部屋の住人が姿を現した。


「……順平…!?」


まるでゾンビのような動きの彼に多少驚く真田は、何故か元気だ。


「どうした、順平。物凄いぞ」


何が物凄いのかイマイチよく理解は出来ないが、真田なりに心配しているらしい。
だったらもう少し相手に伝わる日本語を選んで下さいよ、といつもの順平なら言えるのだが、
今日はそんな気力もない。


「いやー…もう俺、何もする気になんないんで、寝るんす…」


そう言う順平の腕を真田は何の前触れもなく、力強く掴んだ。
順平も、多少は驚くもののダルさが勝ってほぼ無反応に近い。


「俺はナニする元気はあるぞ」




エ、コノヒトナニイッテンノ…。


順平がそう思った頃には、既に真田の部屋に引きずり込まれていた後で、
既にアロハシャツの前が半分以上肌蹴られていた。



「………って真田さん!無理ったら無理っすよ、今日ばっかは!!俺、死にそうにしんどいんで…!!」

「大丈夫だ、お前は何もしなくてもいい、いつもどおりだ」


マグロ状態でいいだなんて、ある意味ヒドくね?
ていうか俺はマグロか。いや確かに大体マグロだけど。
…ってかいつも真田さんが強引に乗っかってくるからであってですね……


そんな文句も言葉にする気力さえない中、順平はあれよあれよという間に、シャツの一番下のボタンまで外され、
下までいったついでに順平のベルトを緩めジッパーを下ろすと、真田が脱がしやすい状態を作る。

この工程の間に部屋の入り口からベッドの上まで移動させているのだから、真田もかなり慣れたものだ。


「っちょ、真田さん、マジでやるんすか…!?」


流石に押し倒されて順平も本格的に抵抗を見せる。

自分はしんどいって言ってんのに、何で聞いてくれないワケ、コノヒト!

信じられないよー、と順平があわあわとしていると、突然、尻のあたりで音楽が鳴り始める。



真田の動きがぴたっと止まって、順平の尻のポケットから携帯を取り出した。
ディスプレイを見て、無言のまま彼に携帯を突きつける。


着信:桐条先輩





「……もしもし?」


声が不自然にならないように気をつけながら話しかける。


もしもし、伊織か。
美鶴の死んだ声が聞こえてきた。


「すまない、今、部屋か?」

「………………………部屋っす」


部屋は部屋なのだから嘘は吐いていない。


「君が2階に上がった時、明彦は部屋にいる雰囲気だったか?」

「………た、多分」


目の前で盛っている最中だが、居ないふり。
仕方がないだろう、こんな関係だなんて誰にも言えない秘密なんだから。

電話の向こうで、そうか…と言った美鶴の声が何だか妙に怖かったので、
何かが起こったことは推測される。

押し倒された体勢では電話しにくい、と順平が無言で真田の胸を押すと案外素直にどいてくれた。
相手が美鶴だからだろうか。
真田が少し離れて腰を下ろすと、順平も座りなおして受話器に向かって話しかける。


「あの…何かあったんすか……?」


恐る恐る尋ねると、いやーハッハッハ…とこれまた妙に爽やかな声が返ってきてた。


「いやー実はな、たった今、明彦宛の荷物が届いたんだ。すごいぞードデカイ箱だ。
中が何かはハッキリ解らんがデカくて邪魔な上にクソ重くて運ぶ事も出来ん」


いやー困った困った、と続ける、笑顔なのに目が笑っていない美鶴の顔が見えた気がした。

……桐条先輩の口から”ドデカイ”とか”クソ重くて”なんて単語が飛び出すなんて、こりゃあ相当厳しいな……
暑くて仕方ないはずなのに順平は身震いをし、チラリと真田のほうを見る。

相変わらず盛った顔をしてらっしゃった…


じゃあ真田さんにソレ取りに行くよう伝えますよ、と順平が途中まで言いかけた瞬間だった。


「あんの馬鹿彦は何だってこんなクソ暑い日に、こんな見てるだけで不愉快なサイズの荷物を寮に届けさせたんだ!」


突然、美鶴が声を荒げた。
これには順平も真っ白になる。


「てゆーか冷蔵庫のプロテインが全部アイスだったら幸せなのに、プロテインって何なんですか!!」


続いてゆかりの罵声も聞こえる。


「そうだよね……寮の冷蔵庫はみんなで共用してるんだから、もっと遠慮する心を学んで欲しいよね」


控えめだが電話でも聞こえる声で言ってるあたり、風花も中々にご立腹だ。


「脳味噌が筋肉で出来ている、という言葉を聞いたことがありますが、
真田さんは考える為の脳味噌があるのかどうか怪しく思えるであります」


あああ、アイちゃんまで何か怒ってるよ………

みな、順平のすぐ傍に真田が居ないと思って言いたい放題、
…そもそも奴は身勝手だ、だの、あの生き様はこの暑さでは嫌がらせにしかならない、だの、ウザイ、バカ、筋肉…
暑さで溜まったストレスを真田に向けて言い始めている。
受話器の向こうはカオスだ。

太郎だけが何も言わなかったのはせめてもの救いだろう。
(案外、この暑さで既に失神してるのかもしれない)




聞くに耐えない罵詈雑言は、受話器から暫くの間垂れ流された後、
まぁ君に言っても仕方ないのだがな、ゆっくり休んでくれ。
と、幾分スッキリした美鶴の声でシメがなされてようやく収束を向かえた。

順平は暑さが原因ではない汗を大量に流しながら、もう一度真田のほうに視線を移す。




そこに居たのはさっきまで盛っていた真田ではなく、ただただ悲愴な表情の彼がそこに佇んでいた。




どうやら彼女達の真田に対する罵倒の声が、電話から洩れていたらしい。
順平は再び、汗がどっと吹き出る感覚を味わった。







「さ、真田さーん、元気出しましょうよ、ね!ほ、ホラ、ね、しましょうよ、ネ!エッチ、しましょ!!ネ!!」


さっきまでは何もする気がないと言っていたのに、順平は今や必死に真田を元気付けている。
みんな暑さでイライラしてるだけだから、ネ!!と笑顔まで作って。



「ホラホラ、俺っち、自分から脱いじゃうから!!」


脱がされかけていたシャツもジーンズも脱ぎ捨て、ほら自主的にパンツも脱いじゃう!と言うと
脱いだパンツを指にかけてクルクルと軽快に回して見せた 。



麦藁帽子だけはそのままに全裸でベッドに立っている順平と、時間の止まったままの真田。





重く長い沈黙はほんの数秒だったのか、それとも数分経っていたのか。




流石の順平もいい加減、痺れを切らした。
もういい、と言わんばかりにベッドから降り、パンツを履こうと片足を上げた。


その時だった。

真田が急に物凄い勢いでタックル紛いの勢いで抱きついてき、
後ろからマトモに喰らった順平は勢い余ってドアに顔面をぶつける。

痛い、と順平が叫ぶよりも早く、そして強く、真田が叫んだ。




「お前の方から誘ってくれるなんて嬉しいぞジュンペーーーーーーーーーーーー!!!!!!」





コノヒト、本当に身勝手だ………

順平がそう思う頃には、満足げな顔の真田が隣ですやすやと寝息を立てていた。




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単に裸帽子の順平が書きたかっただけなんですけどもね!