その時少年の身に何があったのか (後)



すっかり精神的に疲れ果て遊ぶ気力もない順平とともに、静かに寮のドアを開け帰宅する。

すると。


「あぁ、君か……っと、伊織もいたか。ちょうど良かった、伊織、ちょっと来てくれ」


妙に笑顔の桐条に捕まる。
流石に怖くなった順平は思わず自分よりも背の低い太郎に文字通り縋りついた。


「ギャー、スンマセン、先輩、俺、ナニカしたっすかーーー!!?」



散々に喚き散らした順平だが、桐条が大丈夫だ何もして無いそんなに怯えるなら水木と来い、
と何故か必死になりながら、そしてこれまた必死に優しい笑顔を作りながら、
順平の肩を掴んでそして更に、文字通り必死に、順平を4階の作戦室まで引きずり込んだ。

勿論、順平が放さなかったから太郎も一緒に。



作戦室のドアを開けて目に飛び込んできたのは、ご立派なマッサージチェアだった。


「………何すか、コレ…」


思わず目が点になる。


「あぁ、ちょうど宗家の方で一つ余って譲り受けたのだ。余っていたとはいえ、
何も古いものでもないしドコも壊れてなんかいない、ちゃんとした物だ。伊織、早速使ってくれて構わんぞ」


ホラ、と順平の背中を押す桐条。
それでもイマイチ何かを警戒して動かない順平に痺れを切らし、
君からも言ってやってくれ、と太郎にまで話が飛んできた。

やはり、目は何故か必死だ。
声は優しいのに目が必死という、妙な威圧感の桐条に押され太郎もおずおずと順平の背を押す。


「順平、もう腹括ってさ、大人しくされるがままになりなよ…」


しかし太郎も微かに警戒している為、言葉が妙に酷くなる。


「き、君までそんな事を言うのか!?何も無い、ただ伊織の体を労わっているだけだ…!」


その言葉に反応して桐条が半ば叫んだ。


「俺の?」

「順平の体??」


素っ頓狂な声を出した2年生二人に対し、桐条はしまった、という顔をして目線を慌てて逸らす。
怪しい。
今まで懸念していた方向とは違うようだが、これは明らかに怪しい。


「どーゆーことっすか、先輩………………」


流石の順平も、こればかりは食い下がった。







ひとまず、作戦室の椅子に3人は腰を下ろした。

ひどく申し訳無さそうな顔をした桐条が、順平の顔を見たり床に目を落としたりを繰り返している。
順平は、彼にしては珍しく桐条の顔を真顔でじっと見ている。
太郎はそんな二人を交互に見ていた。


「実はな…その………昨日、聞いてしまったんだ…」


沈黙を破った桐条の声は、やはり沈んでいる。
何から話したものか、と思案しているようにも見えた。


「その、明彦がな、昨日……お前達の不在中に私達に話したんだよ」

「何をっすか」


間髪いれずに順平が突いた。
もったいぶらずに話してほしい、そういう目だ。


「その…前のホテルでの一件を、だ……」


そう聴いた瞬間、順平が明らかに強張った。

ホテル。
あぁ、ホテルと言えば、あの順平が殴られた…と太郎は思い返した。
すっかり二人の間のわだかまりは解決したから随分と前の記憶のように思って半ば忘れていたが、
真田が話すことといえば、順平を殴った事だろう。

そりゃプロにも匹敵する男の拳だ、思い出せば順平も強張るよな…なんて思いながら。


それに関しては、実は太郎はゆかりや風花、そして桐条とあの一件の後に推測で結論を出していた。


恐らく意識の朦朧とした中で、順平が圧し掛かって、先に意識の戻った真田が殴りつけた。

他のメンバーはそう認識していた。
ゆかりも、順平はスケベだからねーと言っていたし、正直、ソレで他も納得がいっていた。

しかし何故今更その件で、目の前の桐条含む3人がこうも順平を労わるのか、
それが太郎には理解できなかった。

そして目の前の順平の態度。
明らかに固まっている。
一体何が、と太郎は少ない情報で必死に考えるも、やはりそれは無駄な事でしかなかったらしく、
大人しく桐条の次の言葉を待つ事にした。


「その、明彦が言うには」

「ぅおわっとーーーーーー!!!!」


何かを言おうとした彼女の声を遮るように順平が立ち上がり、そして叫び声を上げた。

が、知りたい欲求の方が勝った太郎に思いっきりガルを喰らう。
いつの間に召喚器を…と順平が床に尻餅をついたの見届けてから、
太郎は桐条の方を見て、続きを…と目で促した。


桐条が再び重い口を開く。



「その……明彦が昨日、私達に相談をもちかけてきたんだ…」




桐条の話ではこうだ。


真田はここ暫くの順平の苛立ちを目の当たりにして暫く悩んでいた。
その苛立ちの発端は誰もが知っているホテルの後からで、
そしてその本当の原因を、真田自身はよく知っていた。

あの時の順平の顔の痣。
そしてソコから明らかに変わった態度。

ゆかり達には、順平が圧し掛かったから真田が殴ったのだろう、という認識だったが、実は違った。


実際は、先に意識が戻ったのは順平だった。
そして圧し掛かられたのも、…順平だった。

意識の戻った順平は自分が脱ぎかけている事に気付き、
続いて目の前で半裸の真田に気が付いた。
状況的にコレはどうもソレだ、と察した順平は、真田に止めるよう必死に呼びかけた。

しかしソコでどうやら真田の目は覚めなかったらしい。

それどころか、抵抗した順平を事もあろうか殴って黙らせて、そして行為に及ぼうとした、というのだ。



真田はそれ以上は言葉を濁して何も言わなかったが、ソコで区切られると相談された側の女子としては、
どうももしかしたら"その後 ”があったのではないか、とお互い言葉にはせずに思ったらしい。


そしてその結果、順平を、特に腰を労わってやらねばならないのではないか、という結論に至ったようで……


「すまんな…伊織。……本当はお前に気付かれないように我々もどうにか労わってやりたかったのだが…
如何せん、全員が全員、唐突のこと過ぎて明らかに怪しまれるような態度にしか出れなくて…」


そう言って己の力なさを桐条は詫びたが、順平はそれどころではない。

真田が黙ってさえいてくれれば、みんな多少の誤解をしつつも、フェードアウトするはずだった一件なのに。
ましてや、本当に何も無かったらしいのだが、真田が妙なところで言葉を区切ったせいで、
とんでもない誤解 −…順平が掘られた…− を産み落とし、その上、友人の太郎にまで結局話が漏れ。


その上、その友人から黙るようにガルを放たれ……



有難くも順平はマッサージチェアを堪能しながら、時間差で降って来た己の不幸を嘆いていた順平の耳に、


「大丈夫、何があっても僕は順平の友達だよ」


と、ドアを閉めながら聞こえた太郎の優しい声が深く止めを刺したのだった…。





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さなだがばかなんです。

順平はこの後、真田さんの部屋に殴り込みだよ。
真田は土下座するけど、大声で責任を取るとか叫ぶよ。
順平、ドツボ。