チヨコレイト



「バレンタイン目前だってのに俺ってば誰からももらえる予感が、しない!!」


若者が集まるショッピングセンターだけでなく、近所のスーパーまでディスプレイがチョコ一色になりつつある街を通り抜けた順平が
急にそう叫んだのを、ゆかりは面倒臭そうに見て溜息を吐いた。


「…アンタ、そんな事ばっか言ってるから貰えない人間になってくのよ……」


え、嘘っ世間ってそーゆーシステムなの!?と物凄い勢いで首をソチラへ回した順平に、風花が苦笑いを漏らした。


「順平君、そんなに心配しなくても私、あげるから」

「マジで!?風花ぁ…ホント、風花って天使だよなぁ……マジ、俺、泣いちゃう」

「鬱陶しいから泣かないでよね。あと風花もそうやって順平甘やかすんじゃないの」

「え、でもゆかりちゃんも」

「風花っ」


アッサリと自白した風花が更に何か言おうとするのを、ゆかりが止める。
ゆかりだって義理とは言えちゃんと順平にチョコくらいは用意してやっていた。
勿論、それはだたの義理チョコだけれど、それでもやっぱりサプライズとして取っておいてやりたい。
いつも手厳しい事しか言わないがゆかりだって順平も太郎も、勿論真田や天田の事も好きだ。
因みに荒垣の墓前へ添える物だってちゃんと用意してある。


「でもさ、そういう義理じゃなくってやっぱり欲しくない?本命」


学校を出てからさっきまでずっと黙っていた太郎の言葉に、漸く落ち着きかけた順平がまた魂の嘆きを始める。


「そ……そーだよなぁ!!こう、何てーの?ずっと前から好きでした的なさぁ…!こう、夢、とか、ロマン!?欲しい!!」

「欲しいよねぇ」


アンタらそんな夢ばっか見てるから夢が遠のくのよ、とゆかりは心底面倒臭そうに言ったが、2人の耳にはもう届いていない。
2年生4人組は順平が何かを言えばゆかりがぶった切り、太郎が余計な話を振れば風花が笑う。
そうやって仲良く寮への道を歩いて帰って行った。







「よし、作戦会議」


ロビーで突然、順平が言った。
向かい合っているのは太郎だ。


「…作戦会議って何よ」


妙に懐かしい響きのような気もするが、そんな言葉は日常を生きていく上で当然、必要はないはずだ。
何か大事な事を忘れているような胸騒ぎを覚えるがどうせ思い付きで話す2人の事だ、馬鹿な事なのかもしれない。
しかし真剣な顔の太郎と順平はノートを広げて顔をつき合わせている。
若しかしたら何か本当に大事な事を言っているのかもしれない。
そう、例えばこの寮に集まっている、妙な組み合わせの人間関係についてだとか。

気になったゆかりが不思議そうに聞くと、2人は声を揃えて返事を寄越した。


「「バレンタインにロマンスを起こす作戦」」

「バ………」


やっぱり馬鹿馬鹿しすぎて何も言えない。
ゆかりはバカじゃないのと言おうとしたがそれを告げることさえ馬鹿馬鹿しくて、言葉を飲み込んだ。
だがその馬鹿2人は真剣そのものだ。口を真一文字に引き結び、目には闘志さえ浮かんでいる。
どうやら放課後のあの会話はまだ終わってなかったらしい。

心底の、馬鹿だ。

呆れも顕に溜息を吐いたゆかりは、そのままテーブルを離れて美鶴達のいる方へ移動をする。


「どうしたゆかり。眉間に皺が…」


学年は違うが、寮で一番ゆかりと仲がいいのは美鶴だ。
その彼女に言われ、ゆかりは慌てて自分の眉間の皺を指で伸ばした。

険しい顔とか、乙女としてどうなのよ。

見目麗しいご令嬢は本来雲の上の人物で、そんな彼女に言われるとどこか恥ずかしくなる。


「どうもしませんっ……まぁちょっとあの馬鹿2人のせいで疲れたりはしますけど…」

「馬鹿………あぁ、あの2人か。仲がいいな、相変わらず」


そう言ってご令嬢は微笑む。
学校では決して見せない柔らかな表情は、それを見るたびにゆかりに、人前でもそうすればいいのに勿体無い、と思われているなどと
思いもしないだろう。
何せ彼女自身、意識して学校での表情と使い分けているわけではないのだ。
ただ常に凛とした姿勢を保たねばならず、心を許せる人間が極端に少なかった美鶴にとって、ゆかりは唯一無二といってもいい友なのだから、
その彼女を前にして自然な表情が出ているだけだ。


「仲がいいのはいいですけど、馬鹿なのは困ります」


ぷうっと頬を膨らませるゆかりに美鶴が笑うと、ゆかりは今度はその頬を赤らめた。
恥ずかしさを誤魔化すように話題の転換を試みる。


「そ、そーだ、そんな事より美鶴先輩」

「なんだ?」

「先輩、チョコって好きですか?」

「チョコ?チョコレートか?」

「…女子高生の口からお猪口が好きかどうかなんて話って出ないと思うんですけど」

「……それもそうか。……うん、好きだな」

「そうですか」


良かった。
ゆかりは胸を撫で下ろす。
ゆかりが用意したチョコは寮生全員分で、義理チョコ、というよりかは、友チョコ、といった方がいい。
風花は通学途中によく2人でコンビニに行ったりするので好きなお菓子の傾向は何となく察しがついていたが、
実は美鶴とはあまりそういった場に同行しない。
それでも仲良くできるのは何故だか互いに解らないが、それでもいざという時は一番心を許せると思っている。
だがそんな美鶴の好きなお菓子の傾向は、正直にわからなかった。
だって彼女と来たらお嬢様で、食べているものは高級なものだ。
そんな彼女にそこらで売っているような物を上げてもいいものか少し悩んでいたが、好きだというのなら多少は大丈夫だろうと安心する。

ほっとした瞬間、ゆかりの耳に馬鹿たちの声が飛び込んできた。


「あー、もうやっぱり駄目だ!何かオレッチ、超頑張って生きてる気がするのにもうバレンタインに間に合わない気がする…!」

「僕もだねー」


まだ作戦会議とやらは続いていたらしい。
その事に呆れ、また眉間に皺が寄ってしまった。


「もー、ね、俺、アレだわ!きっとバレンタインにチョコ貰えたらその子のこと、好きになるわ!!」

「僕もだねー」


いや、太郎。アンタ適当に相槌打ってない?
ていうか順平、そんな風に言われたらたとえ義理でも渡しにくくなるからヤめて。

それは既にチョコをあげると宣言していた風花も同じだったらしく、困ったような笑みを浮かべながらコロマルの頭を撫でていた。
その向かいでは天田が冷めた目で高校2年生の兄貴分たちを見ている。
斜め向かいのソファに腰掛けてグローブの手入れをしてた真田は相変わらず何を考えているのか解らない表情だったが、
それでも馬鹿な後輩2人の方を注視している事から、きっと呆れて物も言えないのだろう。

またアイツらは馬鹿なことを…と美鶴が言ったのを切っ掛けに、ゆかりは2人目掛けてクッションを投げつけた。




「そーゆー下んない事は、部屋に帰って話なさいよネ!バカ!!!」








果たして迎えるバレンタイン当日、学校で一番人気のボクサーと、利発そうな小学生が何故か揃って順平にチョコレートを渡しているのを、
ゆかりは妙に複雑な気持ちで見る。
その原因を思い出すのは3月に入ってからの事だった。




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確かニュクス戦から卒業式までみんな記憶なくなりますよね。
その間、みんながどんな状態だったのかな話。まぁ記憶なくしても真順、天順。