しあわせをくれるひと
あまりにも天気が良かったからマンションから少し離れた公園まで散歩に出る事にした。
色々とあったあの頃から既に10年。
僕は一人暮らしをしていてたまに友達が遊びに来て夜通しお酒を飲んで遊んで
次の日の講義を欠席したりして、まぁザックリ言って極々平凡な大学生になっていた。
あの頃から10年。
時間の経過というものは残酷なようで優しかった。
あの時、特別な時間を経験した僕よりも年上の”仲間”たちとはあれ以来、会ってはいない。
会っていないだけで、年賀状なんかの遣り取りだけが続いている。
そういうものなんだなと正直、自分では思っている。
微妙な”繋がり”。
今の僕にはそれだけで充分だった。
アレは一種の気の迷いだとも思えるし、心の奥底に大事にしまいこむことも出来るし、
そして何より自分の気持ちに気付かないフリを続けていられるこの”繋がり”で充分だった。
順平さんから届いた年賀状に書いてあった住所の隣町に住んでいる事は、何と言うか、未練だ、と解りつつ。
土曜日の公園は天気の良さも手伝ってカップルや家族連れ、そして僕みたいな一人での散歩、
色んな人がいた。
季節は冬だけど今日は特別暖かい。
最近どこかで”何か”が変わっているのはニュースで知っていた。
だけど既に何の力も持っていない僕にはその”何か”に抗っているであろう人たちの手助けなんて出来るはずもなく、
見て見ぬフリに近い態度を取るしかできない自分に苛立っていたのかも知れない。
公園、それも自転車で30分以上かかる所にまで出てこようと思ったのは、そんな気持ちから逃げたかったのもあったのかもしれない。
戦えない自分、への苛立ち。
そして。
10年前から断ち切ることも出来ず、言葉にすることもできず、それでも捨てることも出来ないままに気付かないフリを続ける感情、への苛立ち。
順平さん。
僕よりも年上だった彼は今は普通の会社員をしている。
きっと今でも変わらずの人懐っこい笑みと愛嬌のある人柄で誰とでも仲良くしているんだろう。
きっと今でも変わらず馬鹿な事を言って周囲の人に突っ込みを入れられてるんだろう。
きっと今でも変わらず。
僕も気持ちも、変わらず。
目を背けても隠しても10年間、変わることのなかった僕の、気持ち。
人並みに誰かと付き合った事も何度かある。
けれどそれでも薄れなかったのは心の奥底にある、あの人の好い笑顔。
順平さん。
公園の真ん中には住宅街の中の公園にしては大きめの湖がある。
ボートか足こぎボートでもあればもっとカップルなんかで賑わったのかもしれないけれど、
そういう物を置くには小さい湖。
その湖の周りをゆっくり歩く。
纏まらない、結論の出ない考えのような感情の垂れ流しのような思考を抱えたまま。
陽は暖かい。けれど風はまだ少し冷たい。
その冷たい風に乗って、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
聞き覚えのある、今でも時々聞きたくなる、その、声が。
反射的に辺りを見渡す。
真正面のベンチ、木の陰、自分の歩いてきた道、湖の向こう。
湖の向こう。に、居た。
聞きたい、でも聞きたくない、会いたい、でも会いたくない、その、人。
順平さん。
遠目にも解る、何も変わらずの坊主頭で、10年前よりも少しガタイの良くなった体と、
とても優しい声で誰かを呼び、そして両腕を広げてその場にしゃがみ込む。
するとそれを待っていたかのように、小さなモノが彼の腕の中に飛び込む。
幸せそうな笑顔の順平さん。
優しい声で誰かの名前を呼ぶ順平さん。
愛しそうに腕の中のモノを抱き締める順平さん。
そしてその太陽のように優しくて暖かい腕に抱き締められている順平さんと、誰かの子供。
10年前、一度だけ僕を抱き締めてくれたあの腕は今、彼の愛する娘を包み込んでいる。
まだ幼い娘が優しい父親に向かって駆けて来た方向から小柄な女性が二人に歩み寄っていく。
その歩みからは幸せが滲み出るような足取りで。
彼女に気付いた順平さんが娘を抱いたまま立ち上がり、また優しく笑う。
10年だ。
あれから10年も経った。
順平さんは結婚をして、極々平凡な父親になっていた。
僕が極々平凡な大学生になっていたように。
知っていた。
彼からの年賀状には家族の名前と、そして満面の笑みを湛えたその家族の写真が毎年プリントされているのだから。
否が応にも知っていた。
それでも僕は捨てきれない気持ちを未練として抱え、そして彼の住む町の隣の町で
大学生として生活をしていた。
馬鹿げているとは思っているし、もしも顔を合わせてしまったらどうするんだとも思っていた。
きっと辛い思いをする、悲しい思いをするって。
今日まで会わなかった事のほうが奇跡だ。
けれど実際に愛する人たちと一緒にいる彼を見ても僕は悲しくはならなかった。
勿論、辛くも。
代わりに彼に抱き締めてもらったあの時のように何とも言えない幸せな気持ちでいっぱいだ。
明日提出のレポートがあった事を思い出して公園の入り口まで戻る。
自転車でゆっくり家まで帰ろう。
帰る前に途中でコンビニでも寄って、彼が好きだったお菓子を買って帰ろう。
ゆっくりゆっくり自転車を漕いで、鼻唄なんか歌いながら家まで帰ろう。
彼から貰った幸せな気持ちと一緒に。
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10年後の天田のだから何だと言う話。
アニメのペルソナ見てないから舞台がドコとかどんな状況なのか全く知らないのでその辺は捏造さヘイヘーイ。
順平の奥さんって誰だろうな。知らない人かな。