よくは判らないけれど、何かがモゾモゾしたんだ




タルタロスに行かない日は、なるべく普通に過ごす。

この寮に来る前の生活 ― 御飯を食べてお風呂に入って宿題をして、そして寝る ― をする。
だってシャドウと戦ってるのは別に国からの命令で、とか皆のヒーローで、とかじゃないから、
明日だって普通に学校があるわけだし。
そうそう、僕、結構寝つき良くってさ。一回寝ると朝まで起きないんだ。


だから、これは偶然。


寝る前に牛乳を飲みすぎたとか、そんなんじゃないのに、何だかふいに目が覚めた。
何だか妙な気持ち。

本当に偶然。

仕方が無いからトイレにでも行こうかな、なんてベッドからそろりと降りた瞬間。





ガチャリ。


隣の部屋のドアが、小さく、静かに……まるで誰にも気付かれないようにするみたいに、開いた。

隣…隣といえば順平さんの部屋だ。
普段、どう考えても真田先輩や桐城先輩と1つしか歳が違わないと思えない順平さん。
朝だろうと夜だろうと、お構いなくドアの開け閉めなんてバッタンバッタンしちゃうような人なのに、
何で今夜に限って、静かにドアを開けたんだろう…?



別に僕は何も悪くないけど、何だかそうしなきゃいけない気がして思わず息を殺して、
そして順平さんよりも更に音に気をつけてドアを少しだけ開けて覗いた。

真っ暗な廊下に、窓からの明かりで伸びた影が僕の部屋の前を通って更に伸びている。
見間違うはずも無い、ご立派なボウズ頭。
絶対順平さん。

トイレ、かな。一緒に行こうかな。
……別に僕は夜中のトイレなんて怖くないけど。


けれど順平さんは階段の方へは行かず、何故か真田先輩の部屋の前に立った。


ノックもなしに、これまたさっきと同じようにドアをゆっくりこっそり開ける。



ガチャリ。



やっぱり順平さんって、繊細さにかけるな。
僕でももう少し静かにドアくらい開けれるのに。


そんな事を考えながら、順平さんが完全に真田先輩の部屋に入ったのを見届けて、
何だか妙に気になって僕もついつい後をつけてみた。


こんな時間になんだろう。
もう影時間も越えたし明日も学校なのはみんな同じだし、順平さんは良くても真田先輩は寝てるだろうし。


気になって、コッソリ、コッソリドアに耳を近づける。
別に盗み聞きの趣味なんて無いけど。
無いんだけど。

無いんだけど、何だか気になって。







「順平」


突然、声がした。

静かな声。
真田先輩の声。
なのに。


なのに、何だか普段聞きなれないほど、優しい声。


何が何だか判らないけれど、妙に胸がジリジリして、慌てて僕はドアから離れた。




何、今の。何であんな声で順平さん呼んだの?


心臓の音が妙に煩く聞こえて、額から嫌な汗がじわりと浮いた。


僕の気配に気付いたのか、突然ドアが開く。
大きく、ではないけれど。
真田先輩が、立っていた。
まるで部屋の中を隠すような開け方で。



「………天田か。どうした?」


声はさっきとは違う、いつもの聞きなれた声。
じっと僕を見ている。


「えと……と、トイレに行こうと思ったら…」

「思ったら?」


いつも通りの声が何だか今日は怖い。


「その…急に真田先輩がドアを開けたからビックリしちゃって……固まっちゃいました」


とっさの嘘。


「…………そうか。それは悪かった」

「いえ、…大丈夫です、ちょっとビックリしただけですから」

「そうか。……下は暗いから階段に気をつけろよ」

「はい、ありがとうございます」


僕は真田先輩の部屋の奥に気付かないフリで。
真田先輩は部屋の奥には誰もいないフリで。
そしてその奥に居る順平さんは僕から見えない、居ないフリで。


僕はトイレに逃げて、その後、わざわざ真田さんの部屋にも聞こえるように、判りやすくドアを閉めてベッドに潜った。





よくは判らないけれど、何かがモゾモゾしたんだ。


順平さん、普段は僕よりも子供っぽいクセに。
何か、嘘みたいに、急に大人と子供の溝みたいなの作って。

何か……判らないけど、よくは判らないけれど。


よくは判らないけれど、何かがモゾモゾしたんだ。

あの部屋で何をするのか何をしてるのか、何だか判らないけれど、
何か無性に腹が立った。



そういえば今日、真田先輩が学校から帰ってきてラウンジで…
そうだ、ソファにだらしなく座ってゲームをしていた順平さんに近付いて、
それで一瞬だけ、すごく近くなって小さく何か言ってた。
順平さんも一瞬だけ真田さんのほう見て、

特別何も返さずに、またゲームに視線を落としてた。



順平さんにしては、らしくない態度。

さっき真田先輩の部屋に向かった時も、らしくなかった。



何だろう。何なんだろう。
何だかよくは判らないけれど。

無性に腹が立って、そして


すごく“何か”がモゾモゾしたんだ。





次の日の朝、 ラウンジで朝食を食べてると、順平さんがいつもの寝惚け顔で降りてきた。


「おはよー、天田少年……」

「おはようございます、順平さん」


目なんてマトモに開いてない。
その妙な気だるい姿に、昨日の原因不明のモゾモゾがきて、また腹が立ってきて。




「昨日はよく眠れましたか?順平さん」


とびっきりの笑顔で聞いてやった。





何があったかなんて僕は知らないけれど。





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あまだくん は せっくす とか しってるけど、
おとこどうし とか しらないよ!


とかウザく言い張ってみる。
本当は知ってると思うんだ。でも今回はご勘弁。