膝の上の幸せ



順平がエッチな本を置いていく。
順平がエッチな本を平然と人目につくところに置いていく。
順平が買ってきたばかりのエッチな本を平然とまだ手を付けていない状態で置いていく。

特に天田の目に付くところに置いて行く。



それは順平なりの優しさだった。



思春期真っ只中の少年が、男ばかりのムサ苦しい3人暮らしで可哀想だと。
大人ばかりいたのではアレやコレやと悶々する少年期なのに辛いのではないのかと。
健全であるはずの少年がこういった物に興味を持つのは普通のことなのだよと。
自分と違いモテるハズの少年が彼女もいないのは寂しいのではないのかと。

そんな優しさで順平は毎日ではないが、ある程度の間隔で目に付くところにエッチな本を置いていく。



それはそれは、少年にとっては超が付くほどに迷惑な優しさで。




今日は天田の洗濯物の下にさり気なく置いておこう、と順平が本棚に近づいた時、
とても不思議な光景が目に飛び込んできた。



真田が、順平のエッチな本を見ているのだ。
手に取り、ページを捲り、真剣に。


真田とエロ本という組み合わせはどこかチグハグで奇妙で。





思わぬ光景に驚きはしたものの、順平の顔はスグににやけていく。
なぁんだ真田さんも男ッスねぇなんて思いながら。


「真田さぁん、言ってくれりゃそんなの幾らでも見てくれていッスよ〜。そんなコソコソ隠れて水臭い。
いやいやいやいや気持ちは解りますよ、皆まで言わずとも!そりゃあ天下の美形ボクサー・真田明彦が
エロ本だなんて深夜のコンビにでも買えないでしょう、そりゃあ俺だって真田さんの立場っつーんは解ってますって。
いやーもう任せてくださいよ、俺に言ってくれりゃ真田さんの分もちゃぁんと買ってきてあげますし、
そこにあるの、全然気にせず見てくれてイイんすからぁ〜」


と鼻の下を伸ばして馬鹿という単語以外に似合うものがないような顔の順平は、


「いや全く興味がない」


という真田の言葉に思わずコケる。
そしてもう一度真田を見るが、ひどく冷静な顔の真田はもう一度、興味がない、と答えた。


「え、いやだってソレ………」

「お前が日頃、イイと言って見ているモノがどうイイのかという興味はあったが、コレ自体に興味はない」

「え、水着の女の子にも…?」

「ない」

「え、じゃ、じゃあオッパイにも?」

「ただの脂肪だろう?」

「脂肪つったって胸っすよ!?」

「胸なら男にもあるだろう」

「男のは”オッパイ”って呼ばないんスよ!?」

「どっちにせよ興味がない」

「何で!?」


嘘だ信じられない男なら誰だってオッパイには夢が詰まってるって思うもんじゃナイっすかー!
と絶叫する順平を前にしても、真田は相変わらず冷静な顔のままだ。
ここまでくると、女の裸に興味がないのか、女に興味がないのか最早謎である。


「だってオンナノコって可愛いじゃないっすかー」

「煩いだけだろ」

「ちょ、煩いとかー……ソコが可愛いんじゃないっすか……」

「そもそも肉が柔らかいとどういいんだ?」

「肉が柔らかいとかスゲェ微妙な表現!何その夢の無さ!
コレがモテる男なの!?モテちゃうからそんなぞんざいな言葉を吐けるの!?」

「何を言ってるんだお前は…」

「だってオンナノコは男と違うからいいんじゃないっすか」

「だからどういいんだ…?」

「えと……抱き心地とか、…」

「抱き枕があるだろ」

「いい匂いがするし…」

「匂いが好きなら香水でもふればいいだろう」

「………………何でそう夢がナイんすか…」

「夢ならあるが」

「ボクシング以外で」


真田はだんまりになる。
流石にそれ以外と言われると何もないのは否定できないのだが。


「今の話題に関係ないだろう」

「ていうかねぇ、オンナノコの柔らかさとか、…そうだ!耳掃除っすよ!
耳掃除してもらうときに女の子の膝枕とか、スゲエ安心感があるじゃないっすか!」

「知らん」

「イヤ知らんて」

「というか妙に詳しいな。お前、誰かにしてもらった事でもあるのか?」

「え、だって普通………」



普通、子供の頃母親にしてもらうでしょ?

そう言いかけて順平は言葉を飲み込んだ。


子供が、母親に膝枕で耳掃除をしてもらう。


普通の光景だが、ソレは全てにとって普通とは言い切れない事を知っているからだ。
両親が健在の順平ならいざ知らず、真田は孤児だった。
孤児であるその真田が”母親”に耳掃除をしてもらった記憶がないのは当然の事で、
それはつまり、今彼に向けて”普通”と言ってしまうのはとても残酷だと順平は解っていた。


言葉を飲み込んだ。
代わりに思った。


真田が女の人以前に、人と触れ合うことの安心感や喜びにイマイチ鈍感なのは、
もしかしたらそういった経験の少なさが原因しているのかもしれない。
唯一の血の繋がった家族だった妹を火事で亡くした。
後は幾ら優しくとも他人しか周囲にはいない。
そんな彼だからこそ、尚更そういう幸せを知らないままなのかもしれない、と。


珍しく頭が早く回った順平はそんな事を考えて、一人勝手に涙ぐむ。





わかりました、真田さん、俺、決めました。





「真田さん、今から耳掃除しましょ、俺、してあげますから」

「何だって?」

「いーから!ホラ、リビングに行く!そんで寝っ転がる!!」






半ば強引にリビングに引っ張り出された真田は半分諦めたのか大人しく横になる準備をする。
すると目の前にボス、とクッションが一つ投げ落とされた。


「………?何だ、コレは」

「クッションす」

「見たままだ。…コレをどうしろというんだ?」

「枕代わりにして下さいって事なんすけど………」


ちゃんと枕が良かったすか?と聞いてくる順平の顔とクッションを真田の視線は何度も行き来した。
耳掃除を、してくれるんだろう?と不思議に思いながら。


「…耳掃除をしてくれるんじゃなかったのか?」

「えぇ、だから今からするッスよ」


上にこけしの飾りの付いた耳掻きを器用にクルクルと回しながら順平は笑顔で答える。
が、真田はイマイチ釈然としていない顔のまま。


「…?どうしたんスか?」

「……………膝枕で、してくれるんじゃなかったのか?」

「膝枕!?男の!!?」


その考えは無かったわー!と叫ぶ順平を、これまた真田は不思議そうに見ていた。


「膝枕でして貰う耳掃除がイイとお前が自分で言ったばかりじゃないか」

「ソレはオンナノコのっていう大前提の下っすよ!男じゃ楽しくないじゃナイッスか!」

「……そうか?俺に取っては大差ないと思うんだが」

「だってアレっすよ、男の膝なんて硬いっすよ、しかも俺、肉薄いっすよかなり痛いと思いますよ!?」

「硬い柔らかいなど他を知らんから比較のしようがない」


そう言って真田はクッションを握り締めたまま微動だにしない。
コレは……俺が折れるほうが早いな…と今度は順平が諦めに入る。






正座なんて滅多にしないから脚痺れるかなーなんて思いながら、順平は座布団の上に正座をした。
胡坐も候補に挙がったが、下手をすればキンタマクラになり兼ねないのでソレだけは避けたかった。
何が悲しくて人の頭を股間に乗せにゃならん。


「ハイ、んじゃココに頭置いてください」


そう言って自分の膝をパンパンと叩く。
すると真田が言われるままに、大人しく寝転んだ。




あの真田明彦が、無表情でクールでモッテモテの真田明彦が、大人しく言う事を聞いている。
そんな微妙にくすぐったい光景に順平は笑いそうになっているころ、
真田は順平の微妙に高い体温に言いようのない安心感と幸福感を噛み締めていた。

時折、痛いだのソコが気持ちいいだの脚が痺れてきたのだの言って笑っている二人は、








まさか学校から帰って来た天田の冷たい視線に対して必死の言い訳をする破目になるとは思ってもいないワケで。




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くすぐったい真田と順平で。

男同士で膝枕てまたしょっぱい!
真田さん、無意識に順平の好きな物とかに興味を持ってたりそんなん。