しょうがない人



あぁ、ゆかり、こっちだ。
うん?いや、私も少し前に来たところだ、気にしなくていい。
何を飲む?ケーキも食べるか?ここのケーキは有名なんだ。遠慮しなくていい。



すまないな、急に呼び出したりして…え?いや、大した用じゃないのだが、
先日仕事でイタリアの方に行っていてな、君に土産を渡そうと思ったんだ。
あぁ、これだ。綺麗だろう?私も色違いを買ったんだ。
そしてコレは風花の分、済まないが渡してもらっていてもいいだろうか?
そうか、いつもすまないな。

うん?勿論、 アイギスは桐条グループで預かっている状態だから帰ってすぐに渡したさ。

え?今回は明彦たちの分は預からなくていいのか、だって?
そう毎回毎回君にばかり押し付けて入られないからな。

いや、そうじゃない。
実は帰ってきた時に空港で偶然にも明彦に会ったんだ。
何でもスパーリング相手を買って出てくれた人を迎えに来てたらしいが、
どうも早く来すぎたらしくて暇を持て余していたからお茶をするついでに渡しておいたんだ。

あぁ、あいつ等は三人纏めて食べ物を選んでおいたよ。
男の喜ぶものなんて私には解らないのだから無難なものを選んでおいた方がいいだろう?

そう言えばその時に聞いたが、天田がそろそろ進路を決めなければならないそうだ。
そうだろ?私も早いものだと思った。
天田はどうやら大学進学のようだな。
いや、それが笑える事にな、いつもは順平の母親が代理で行っていたのに、今回は順平が行くと言って
張り切ってついて行ったそうだ。
あぁ、足しにならなかったと天田は言ってたそうだよ。相変わらずだな、あいつらは。
明彦も呆れていたよ、順平はいつまで経っても子供っぽいんだと言ってな。

しかしアイツも大変だな。
いや、生活の話じゃなくてな。
ほら、新人王戦で全ての試合を1ラウンドKOなんてしてしまった上に、
そのままライト級で一気にベルトを獲ってしまっただろう?
その後すぐにベルトを返上して階級を変えスーパーライトに行ったはいいが、
その戦歴のせいで今では警戒されっぱなしと言っていたよ。

何?階級を変えた理由?
さぁ、本人に聞いた分だと高校の時から階級を変えてなくて、そろそろ減量が本格的にきつくなっていたらしいな。
そりゃ高校生の体と成人した男の体では骨も筋肉も格段に変わってくるからな。
今でも減量はそれなりにキツイらしいが、それでも前ほどじゃないと言っていたから大丈夫だろう。

まぁどうせ減量と言っても食事の方は順平が全てやってくれてるからどうにかなってるのだろうがな。


そうだ、ソコだ思い出した。
明彦にな、言ったんだ。
天田は進学だが大学を卒業していた後は恐らくあの家を出るだろう?
それはそれで結構なことだが、順平をいつまでも傍に縛るのはどうかと思う、と。
順平だって男なんだからいずれは誰かと結婚をして家庭を持つ可能性だってあるのに、
いつまでも明彦の世話をさせていたのでは、いかんだろうと。

順平当人は好きな人も彼女もいないから別に平気っぽいそうだが、
それもそれで問題だと思うんだ……

心配なんだよ、順平は…………あのストレガの…チドリの事があっただろう?
彼女に貰った命だから大事に生きていくのは結構なんだが、
アイツが彼女の事を今でも想っていて、それで誰も好きになろうとしないのであれば、
それはあまり良い傾向とは言えない。
チドリが今何か言えるとしたら、きっと同じ事を言うだろう。

それにこのままでは明彦も同じだ。
あの馬鹿は、このままでは本当に生活の出来ないボクシング馬鹿になってしまいそうだろう?
現に今もそれに近いと思うんだが、いい加減、普通の生活くらい出来るようになって貰いたいんだ。

だからな、心配なんだ。あの家の現状と言うのが…


しかしな、聞いてくれゆかり。
私は二人のためを思っての心配なんだぞ、解ってくれるな?

順平には直接会って話していないから本人の気持ちは解らないので深くは言えんが、
明彦に関してはあの馬鹿にいい加減、自分が順平にヒドイ仕打ちをしているという事を解ってもらいたい部分もあるんだ、
だから私は提言したんだ。

なのにな!…聞いてるか?ゆかり。…笑ってないか?気のせいか、そうか…
……………うん、続きだな。

せめて順平が全てやってくれて当たり前という気持ちを改めろと言ったんだ。
食事にしても何にしても、せめて感謝をしてそして彼がいる生活の有り難味を覚えて、
彼を自由にしてやれと言いたかったんだ、私は!

だってそうだろう?
明彦が何も出来ないから順平はいつまでもあの家で家事をやってるんだぞ!?

長年の同棲しているカップルなら今頃、女の方が愛想尽かしてて出て行っても可笑しくない状況だと言ったんだ!
なのにアノ馬鹿彦………!
解ってるのか解ってないのか、俺は感謝しているつもりだ、なんてあのいつもの仏頂面で答えるんだ!
全く……!

……何?私も大概だと…?
ゆかり、私とアイツを一緒にしないでくれ!冗談じゃない!!
私は毎日プロテインなど飲まないし、脳味噌を筋肉で固めたこともない!!


…………あぁ、話がまた逸れたな…

いや、それでな、長年のカップルで言うなれば、そろそろケジメをつける事を考える時期だと言ったんだ。
あくまで喩えで悪いのだが、そうだと思わんか?
順平を縛っている生活を考え直して、そして自由にしてやる方向に今からでも考えるべきだと思うんだよ、私は。

まぁ……ここまで言って、漸く解ってもらえたようだったが………


しかし実際どうなんだろうな。
君は時々順平に会うんだろう?どんな感じだ?

……………………。
そ、…そうなのか………男に好かれる日々なのか……
それは…………………………そりゃあ、好きな人など出来んかも知れんな……






ん?あぁ、すまない、電話だ。
………天田だな。
うん?出ていいのか?すまんな。






はい、桐条です。
あぁ元気にしていたか。
そうか、美味しかったのなら良かった。

……………何?え?おい、何を怒ってるんだ??

………は?
明彦が?……指輪を買ってきた??誰に?

……………順平に!!?
何でまた…え?ケジメ?ケジメと言ったのか??

それで??
『毎日感謝している、これからもヨロシク』???

いや、確かに私はケジメをつけろと言ったが、何だ、それは。
私はいずれ順平も出て行くのだからと…
いや、天田、聞いてくれ、誤解だ、私はそんな事は言ってない…いや、言ったか。
言ったが違う、そういう意味で言ったんじゃない。

え?明彦もそういうつもりじゃない?そ、そりゃそうだろう…

何?順平が爆笑した?
何で……プロポーズみたい?そりゃそうだな。
え、それだけじゃなくて?


指輪がどの指にも入らなかったから???


………あ、アホか、明彦は………!

それで?指にも入らなかったんだろう?
ちょ、だからさっきから何を怒っているんだ、天田。

折角貰ったからってネックレスにつけた?指輪をか。
別にいいじゃないか、それくら………だ、だから何を怒っているのかと聞いて…

わ、解った!私も悪かった!
今後二度と明彦に妙な例え話をしないと約束する……!
いやだからどう聞いても怒っているじゃないか、いや、天田だ、天田が怒っていると…

だから悪かった、解った!もうしないから…!!!








………すまない。どうも明彦がまた妙な行動に出たようで、天田がそれに関して怒っていたようだ…

……ゆかり?おい、ゆかり、どうした!
まさか何か毒物でも……!!?


……………ゆかり?…ゆかり、どうした……?



わ、………笑ってるのか??




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美鶴の語りによります「真田、無自覚のくせにプロポーズ、怒りの天田」の巻。
順平が出て行くという可能性を全く考えられない幸せな筋肉脳味噌の持ち主とも言います。

7年後順平は相変わらずのネックレスを首につけてたんだ。ソコに装備として指輪が追加。

しょうがない人、は真田であり、ゆかりから見た美鶴でもあり。
どちらかと言われれば、ゆかみつ、です。