青年「あぁ、せめて、どうか」



数日前、長電話を終えた順平がヘラっといつものように笑って、中学の時の同窓会があるんだってサーと言った。
あぁ、そうか楽しんで来い、と俺も答えた。

別に普通の受け答えだったと思う。

しかし不思議なもので、そのときに読んでいた本の内容がスッポリと記憶に無かった。
さして面白くなかったのか、それとも疲れていたのか。
後で読み返してみたのだが別に面白くないワケではなかったので、きっと疲れていたのだと結論付けておいた。




ところで天田と二人で晩御飯なんて、ひょっとしたら初めてなのだろうか。
当日になってそんな風に思った。

何せビックリするほど話題が無かったんだ。
今まで一度でも二人だけになった事があれば、こんな違和感感じないだろう?
だから、ひょっとしたら、と思ったんだ。

別に無理に何かを話す必要なんてないんだから、そう困ることじゃないんだが。

ただこういう時こそ順平の事をよく思う。
あれはよくもまぁ、毎日何かしら話のネタを持っているものだ、と。
買い物に行った時に見た面白い顔の犬の話だとか、商売中に携帯で写真を撮った変な看板だとか、
何故ああも周囲の物に敏感にアンテナを張っているのか、と。疲れないのか、と。


そんな事を思ってるだけで俺も一言も口にしないものだから、食卓はひどく静かだった。

味噌汁を啜る音だとか、コップを置く音だとか、野菜を噛む音だとか。
そういう音が気になるほどに、静かな食卓。

微妙なこの空気に耐えかねてテレビを点けたのは、天田と俺のどっちだったのかさえ忘れた。


テレビに映るタレントが誰かというコトは愚か、芸人なのか俳優なのか、一般人ゲストなのかさえ
俺には区別が付かず、時々思い出したようにこれは誰だ何の人だと天田に聞く他は、
順平は何時に帰るのかと聞いたり順平は騒いでいるんだろうかと聞かれたりくらいの会話しかなかった。


特に天田が苦手で喋らないのではなく、本来俺はそこまでよく喋るタイプの人間ではないことを思い出す。


順平がしきりに話しかけてくるから俺も何かを返すだけで、そう話題がある人間じゃないんだ。
それに今まで俺の素っ気無い返答にまで何かリアクションを見せる人間もいなかったし。
順平がそうやって色々と仕掛けてくるから俺も割と喋る人間に見られているが、断じて俺はそうじゃないんだ話題なんて無いんだ元々。





結局ほぼ静かなまま食事は終了。
食器は天田が流しに持って行ってくれたので俺はまた暇潰しに本を読む事にした。
そして視界の端で天田が風呂に行ったのが見えた。



さて、少し困ってきたかもしれない。

沈黙を苦痛と思ったことは今まで無かったが、よく喋りよく笑う順平という人間のお陰で
毎日何かしら笑いの耐えない状態から一気に静寂が来ると、想像以上に沈黙が重い気がしてならない。

下手をすれば、何か喋らなければならないという強迫観念にさえなりかねないと言うか。



しかしどうにも最近、天田が俺を見る目が以前と違うような気がするのは気のせいだろうか。

どこか厳しいような警戒しているような…………
…あぁ、ひょっとしてあれか。思春期か。
そう言えばこの前の休みの日に順平から天田が告白されたらしいという話を聞いたな。
(順平は客としてくる天田の学校の人間から聞いたらしいが…)

しかしそうか。天田もそういえばそういう年頃か。
俺が高校生の頃はシャドウと戦うことで頭が一杯だったから、全くそういった事に興味がなかっ……

……いや、元々そういった事に興味は薄い方だったか。

昔、漫画雑誌の表紙の水着の女をいいとも思えんと順平に言ったら、チョー有り得ねぇっすよ!とか言われたな、そう言えば。
しかし日本語としてどうだ、チョー有り得ねぇ、というのは。
いやいやいやいや。そんな話ではなくて。

天田もそういう年頃なんだな。
一般的にそれくらいの年頃になると大人に対して一種、警戒と言うか線を引くものだと聞いたこともあるし、
きっとそういう事なんだろう。

………………それにしても相変わらず順平には懐いているようだ…


少しばかり、寂しく思うな。





そんな事ばかりを考えて、またウッカリ本に集中できていない自分に気付き時計を見ると、
体感しているより随分と時間が過ぎていた。

………?
天田のやつ、風呂がいつもより長すぎないか…?
まさか倒れてたりはしないよな…??



オカシイな、と立ち上がろうとした時、ピンポーン、と来訪を告げるチャイムが鳴った。






こんな時間に誰だと思いながらドアを開けた俺の目に飛び込んできたのは、見知らぬ男と
それに肩を借りて、立っているのもやっとと言うよりももっとヒドイ状態の順平だった。


「あ、あの、スイマセン…!」


俺が順平の名を呼ぶよりも早く、男が口を開いた。





聞くと男は今日、順平と同じく同窓会に出ていた友人らしい。
よくよく思い出すと、順平に同窓会の事で電話をかけてきた男の声と同じだと気付く。

聞いて解ったのは、同窓会の席でみんな酒を飲んでいたらしいという事、
お開き直前でみんなテンションが異常に上がっていたという事、
順平は酒が飲めないと言った事、みんな冗談だと思った事、
そして順平が席を外している隙に彼の飲んでいたジュースにカクテルを混ぜたという事、


そしてソレを一口飲んだ順平から見る間に血の気が引いていって、そのまま意識がなくなったという事。




それはもしかしてアルコール中毒とかそういうものじゃないのか…!?



その話を聞いた途端、俺も全身から血が引くような感覚に襲われて、
気が付くと、その友人から引っ手繰るようにした順平の体を乱暴に抱きかかえていた。



「すいません、コイツ酒飲めないって知らなくて…!」

「おい、大丈夫か!?おい、順平!!」


俺の行動に驚いた友人は、慌てて詫びの言葉を入れるが、そんな事は今はどうだっていい。
それよりも抱きかかえた順平の体が本当にグッタリとしていて言いようの無い恐怖心ばかりが募り、
俺は必死に何度も順平に呼びかける。

返事は全く無い。

瞼は閉じられたままだし、眉間に寄せられた皺もそのまま。
もしかしたら目が覚めないんじゃないか、と思ったらヒドイ喪失感に飲み込まれていく。


シンジを失ったように、コイツまで俺は失ってしまうんじゃないか。


そんな恐怖がジワリと沸き、今更過ぎた事を怒鳴ったところで何も変わりはしないのに、
それは解っているのに、俺は順平の友人という男を睨みつけ、自分の恐怖を吐き出すように喚き散らした。


「本人が断ったのに何故飲ませた!?」

「ホント、スイマセン…!単なる冗談だと思ってたんです…!」


みっともなく喚く俺と涙目で謝る男。
友人の必死の謝罪は俺が怒鳴るから謝っているのではなく、順平に対して本当に後悔しているからこその謝罪だと
解れば解るほど、何故か苛立ちと恐怖心は増していった。


何故、何故、何故何故何故何故…!!


何故、順平に酒を飲ませた。
何故、お前が連れて帰ってきた。
何故、そんなにも心配した目で順平を見るんだ。


言いようの無い、何故、がぐるぐると回るけれど言葉にならずに結局俺の口からは、何故だ、というその最初の言葉だけだった。







一気にまくし立てるように喚き、肩で息をする。
冷静にならなければ、と思い深く息を吸って、今度は深く息を吐いた。

よし、少し落ち着いてきた…

よく考えてみれば店が救急車を呼ばなかったのならコレはそこまで重症ではないという事じゃないか。
それに順平はアルコールに対して耐性が無く、自分の父親の事もあって今まで全く酒に手をつけなかったんだから、
何の覚悟も無くいきなり飲んでこういった状態に陥っても、それは有り得る話じゃないか。



大丈夫、順平はちゃんと起きる。起きるから。



そう自分に言い聞かせ俺は漸くその友人に礼を言い、今日は遅いから帰るようにと伝える事が出来た。
去り際に彼が聞こえるはずの無い順平に、じゃあまた、と告げて軽く手を握ったのが、
ほんの少し心をまた苛立たせた理由が解らなかったけれど、今はそれどころじゃない。
早く順平をベッドに寝かせてやらねば。


そう思って振り向くと、いつの間にか天田が立っていた。
俺の腕の中の順平を見て青褪めている。


「天田、冷凍庫に入れてある氷枕を取ってきてくれ」


言外に大丈夫だと伝える為に、なるべく落ち着いた声で指示を出す。
天田がキッチンの方に向かうと同時に俺も寝室へ向かった。

身長の割にはやはり多少細身の順平の体は、こんな時には余計な不安を煽るだけだと痛感しながら。





上着を脱がしてベッドに寝かしてやる。
顔色はまだ良くない。
本当に大丈夫だろうか。明日には目が覚めてくれるだろうか。

また、いつものように人の好いあの笑顔で、真田先輩しゃーねーっすねー、なんて言ってくれるだろうか。




必ず起きるさと半ば自己暗示のように思い込もうとしている傍から、
耐え難い恐怖がジリジリと寄ってきているのが解る。

ただ、何故そこまでも俺は恐怖を感じているのか、その理由が解らない。


解らないが、兎に角今は順平を失いたくないという気持ちしか沸かず、
そしてその恐怖に自分が押しつぶされそうだという現状だけが残されて、
ただただ、そう、ただただ順平に触れたいと、そう思った俺は無意識のうちに触り心地のいい彼の頭に手をやっていた。



チクチクしたような、シャリシャリしたような、そんな触り心地。

触れていると、わけも無く安心する感覚。



気持ちいい、とも心地いい、とも
そして何より幸せだと思えるその感触に酔っていると、突然後ろから声がかけられる。


「真田さん、氷枕、持ってきましたよ」


振り返ると普段とは全く違う表情の天田が立っていた。
こいつも順平が相当心配なのだろうか。
不自然に表情が強張ってしまっているのが判る。



慌てて礼を言い氷枕を受け取った俺の表情が、せめて自然であったと祈りたい。
どうか天田の心配を煽ってしまうような表情でなかった事を祈りたい。




*******
どこまでも無自覚で真田。でも真田は天田のこともちゃんと心配してるんだよそれなりに。

順平はお酒なんて一滴も飲めずに、昔のタルタロスメンバーで飲んでも一人だけ
ソフトドリンク飲んでたら可愛いのにネとか思ってます。