青年は未だにを知らない



兎に角我に返った真田の左の頬付近には、ヒゲの感触がある。
そして口にも妙に生暖かく、柔らかいと言うか、まぁ硬くはない感触もあるわけだ。

そしてそして目の前には順平の顔があるという事から、推測するに。




まぁどういうワケかは解らないが、つまりこれは所謂、真田は順平とキスをしている、という事になる。







…………なんで俺は順平とキスなんかしてたんだ…?

まずは冷静になろうと、順平から少し離れた位置で真田は腕を組んで考えてみた。


目の前の状況整理から始めてみて、順平は真田の趣味で買った真っ赤なソファで寝ている。
いや、寝ていた。最初からそこで寝ていた。
真田がキスする前から、そして今も寝ている。

という事は、やはり”不慮の事故”ではなく、俺からしたんだろうな。

ここまではすんなりと辿り着けた。
まぁ単にそれ以上でもそれ以下でもないのだから当然といえば当然なのだが。


しかし解らないのがその理由だ。
どれほど必死に考えてみても、何故自分が、同性の後輩(しかもヒゲ付き)にキスなんぞしているのか、
それがどうしても、どう頑張っても理解できなかった。



こういう時はまず、自分の行動をある程度前から思い返してみよう。

物忘れをした時の初歩対応を実践してみる。





まず自分は、散歩から帰ってきた。
そしたら順平が寝ていた。


…そしたらヒゲの感触があった。






間が随分抜けてるじゃないか…と真田は珍しく自分ツッコミを入れる。


冷静に考えよう。
いや、思い返すだけじゃなく、行動自体を繰り返してみよう。


流石にもう一度散歩からやり直すのはどうかと思われたので、玄関からやり直してみた。

玄関で靴を脱ぎ、リビングに向かう。
順平が寝ている。


「寝る子は育つというが、確かにコイツは背が伸びたな」


帰ってきた時と同じ台詞を口にして。


はて、この後どうしたのか。
真田はまた腕を組み考えてみる。

順平を見ていた事は覚えているのだが、大した理由ではなかったせいか、イマイチ思い出せない。

順平。順平。順平。
順平……と言えば……帽子。
帽子帽子…ヒゲ?
ヒゲ。ヒゲ。
そうだ、ヒゲを見たのは覚えている。
ヒゲ。


ヒゲの他に何か見たか…?



上から下まで舐めるように順平を見てみると、ある事に気付く。


「……そうか、スネ毛か」


順平は今日、ハーフパンツを履いている為にスネ毛が見えていた。

スネ毛は別にそう珍しいわけではないが、真田は体毛が極端に薄い。
腕どころかスネでさえ1本も生えていない。
それに比べて順平はスネ毛が生えている。
モッサリジャングル状態でもなければ申し訳程度でもなく、適度に生えている。
なのに意外な事に腕にはあまり生えていない。

そうだ、と真田は思い出した。


「そうだ、順平のスネ毛を見てその後腕を見たんだ。
何故腕にはあまり生えてないのか疑問に思ってそれで……」


触ったか?と思い返すが、触ってはいない。
触ってはいないかわりに凝視した。

昔からそうだが、順平は特に運動をしているワケでもないのに、それなりに筋肉が付いている。
更に、そんなに運動をしているわけでもないのに背まで伸びた。

鍛えなければ簡単に痩せ細ってしまう真田としては羨ましいを越えて、寧ろ妬ましい…の領域である。



腕を見て腕の筋肉を見て、その後視線は肩にいって 、そして胸筋を見て。


「あぁ、そこでヒゲに辿り着いたんだ」


ヒゲを見た。
この範囲にしか生えないのかそれとも丁寧に他の部分を剃っているのか。

順平が寝ているのをいい事に、ソレを確認しようと顔を近づけた。
そうだ、近づけたんだ。

それで……キスしたのか……………?

ところがこの結論では、まだどうもスッキリしない。
ヒゲの他にもまだ何か見ていたようだ。


ヒゲ。ヒゲ。
順平の顔。ヒゲ。
俺には1本も生えてこないヒゲ。
そう言えば天田が剃っているところも見た事がないな。
………アイツも20を越えたあたりで一時期悩むのだろうな。
大丈夫だ、それも2年ほどでどうでも良くなる。

(どうでもいいが真田だって人間なので一応、彼なりの悩みだってあったりもしたワケだ)

いやそれよりも。
順平の顔でヒゲの他にそんな興味を引く部分なんて…

とマジマジと顔を見てみると、今度はモミアゲが視界に入ってきた。



「………そうか!モミアゲだ…!!」


自分の周囲にもモミアゲが長い奴がいるが、コレはヒゲとくっつけてモミアゲを作っているのか、
それともヒゲとは繋がっていなくてモミアゲだけでこの長さがあるのかどうかが気になったんだ。

そうだそうだ。モミアゲだ。
順平もモミアゲが長めでソレが気になってソレを見てたんだ。


至近距離で。



あーだからそれで、”偶然”キスする形になったのか。そうかそうか。







「………そんなワケないな…流石に」


無理矢理に納得しようとしたが、やはり無理だったようだ。

確かに至近距離で見ていたし、ソレより後の記憶がないあたり、やはりモミアゲの後にキス、らしいが、
どうもそれじゃあ動きも心情の流れもサッパリ見えない。
小学生の作文並に繋がりがおかしくなってしまう。

しかしそれでもやはり、どれほど頑張ってみてもモミアゲ以降の記憶が、ない。
綺麗サッパリに、ない。




「………モミアゲからどうやってキスしたんだ、俺は」


やはり思い出せない。
思い出したいのに思い出せない、このモヤモヤ感。
喉まで何かが出掛かってるような、頭に霧がかかってしまったような、
喩える言葉さえ上手く見つからないこの不快感ったら。










うおぉ、キ モ チ ワ ル イ …!





それは真田の限界突破の瞬間だった。




こうなったらもう一度キスしてやろうじゃないか!
案外本当に不慮の事故だったかも知れんしだな!!

幸い、順平もまだ眠ったまま起きそうにないしだな!!!!
















「ふぁ〜〜〜あ、…あぁ………よく寝たー寝る子は育つって言うし俺、そろそろ180cm、完全に越えんじゃね?
ってか肩痛い肩痛い。変な姿勢で寝るモンじゃねぇな〜…って真田さん、帰ってたんすか?お帰りなさーい」


独り言にしては大きく長い言葉を言った順平から、絶妙に離れた位置に真田の姿があった。


「ん、…あ、あぁ……帰ってた」


珍しく酷く歯切れの悪い真田を、順平は見る。


「…………?真田さん、どっか悪いんスか?顔、何か変っすよ」


不意に順平が顔を覗きこむ。
すると面白いほどに真田が狼狽えた。


「いや、いやいやいや!どこも悪くない!大丈夫、大丈夫だ!!何一つ悪い事は起きてない!」

「……………………………?そっすか?」

「そ、それよりも順平………シュークリームか何か食べたのか」

「へ?」

「いや、そのカスタードのような…」

「あーー!そっすよ!忘れてた!!!今日お袋が来てね、プリン買ってきてくれたんすよ!
あっぶねー忘れてた忘れてた。冷蔵庫にありますから真田さんも食ってくださいね」


も一個は天田のだから食べちゃ駄目っすよー、と笑顔で言われ、
真田はやはり歯切れ悪く、あぁ…と返事をしたが、それは順平も気付かなかったらしい。
どうやら上手い具合に自分から話が逸れたか、と内心、胸を撫で下ろすと、





「それにしてもよく食ったの解りましたね」


俺の顔、舐めました?なんて冗談交じりの声で順平に言われ、真田は生まれて初めて
心臓が口から飛び出すんじゃないかと言うほどにビックリした。




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無自覚のクセに2回もキスしやがった真田。

カスタードの味が解るくらいブチュっといって口も舐めたよエロボクサー。
そんでもまだ無自覚だよエロボクサー。
キスがバレてないかどうか冷や冷やしてるよエロボクサー。

タイトルをドラッグで青年が知らないのが何かが出ます。