クリスマスラプソディ
まだまだクリスマスには程遠くて、けれどクリスマスムードを漂わせ始めた街を通って天田が帰宅すると、
そこにはオゾマシイ光景があった。
「おっかえりー!これ、どうよ!」
サンタのコスチュームを着た、順平である。
ただのサンタなら、良い。
浮かれただけだと思う事で済む。
「………何ですか、その格好」
ノースリーブ、ヘソ出し、ショートパンツ、そして無駄に胸元をボリュームアップさせている、ファー。
どう考えても女性用のコスチュームである。
それを180近い身長の、マッチョではないが細身とも言い難い体格の大人が着ているのだ。
はっきりいって、ピッチピチである。
おぞましい。
汚らしい。
気持ち悪い。
「………変態…」
ようやく言えた言葉はそれだけだった。
足元はクルーソックスのみだ。
酷いしか言いようのないその姿に、素直なコメントを残す。
「アレ?コレ、ウケない?」
「ウケるウケない以前になんですか、その格好。警察に捕まりたくなったんですか?」
「ひでぇ!…いやー、暇だったからさー、クリスマス限定でこの格好でクレープ売ったらウケるかなーって思って」
「アンタ、ソッコーで職務質問来るか猥褻物陳列罪で捕まりますよ」
「ひでぇ……折角店で試着までしてきたのに…」
店で試着!?
天田の目が驚きに開かれる。
店で、試着!!?
よくその店が許しましたね!
ていうかその格好で試着室から出てきたんですか!?
店員さんに見られたわけですか!?
その、ヘソ出しも、その、太ももも!
人から見れば笑いか侮蔑の感情しか生まないその姿も、恋する少年・天田からすれば
誰にも見せたくない、何だかオイシイ姿にしか映らないらしい。
「…着たんですか、ソレ」
「ん?おう、着た着た。店員さんの爆笑を一番かったやつを買って来た!」
何故か誇らしげに笑う馬鹿1名。
天田は頭を抱えてしまう。
「えー、俺、すんげー張り切ってコレ着て天田の帰り待ってたのになぁー…えー、マジウケねぇ?」
自分の帰りを待ってくれていたという言葉は、少年に甘く響く。
しかしその基準がウケるかウケないかという時点で、悲しくもなる。
「コレさー、結構着るの大変なんだって。見ての通りピッチピチでさぁ」
だったら着るなよ、とは言ってはいけない。
順平は、馬鹿なのだから。
「だからさ」
ヒゲの青年はニッコリ笑いながら。
「脱ぐの、手伝ってくんねぇ?」
少年にとっては甘美で毒にしかならない言葉を平然と言うのだ。
流石にこの状況に天田も固まった。
脱がす。
自分が、順平の服を。
それだけでクラクラと眩暈が起きそうになる。
順平の裸なんて風呂上りに見慣れているし、何もそういう事をする為に脱がすわけではない。
ただ、このピッチピチで腕を動かすにも苦労をしそうな服を、そう、ただ、脱がすだけだ。
それでも、恋する少年を侮ってはいけない。
思わず、ゴクリ、とツバを飲み込んだ。
「…僕が、ですか?」
「おー、帰ってきたばっかのトコ悪いけど頼むわ。コレじゃ飯の準備もできねぇ」
場所をリビングに移した。
順平はどんと立ったままだ。
「肘、曲げんのも辛いからさ、まずボタン、外してくんネェかな」
ボタン!!?
天田は内心慌てまくった。
ボタンを、その胸元のボタンを、外すんですか、僕がですか!?
「そしたら後は自分で脱げると思うんだよ」
いやいやいやいやいやいや、そんな、何なら下も僕が脱がしてあげますよ、とか。
今度着せる時も僕が着せてあげますよ、とか。
そんな言葉が色々高速でビュンビュンと頭の中を右に左に流れたが、取敢えず、
「じゃあどうやって着たんですか…」
と尤もな事を聞いてやる。
「着る時はテンション上がってるから平気だったんだって。ったく、お前が爆笑すると思って待ってたのにサァ、
相変わらずのクールっぷりなんだもの、お兄さん、ちょっとショックで萎えちゃった」
「僕のせいですか」
「笑って欲しかったんだよー」
「失笑なら出ますけど」
いやん乾ちゃん冷たい!とわざとらしく嘆いてみせる順平を、天田は溜息一つだけで無視した。
取敢えずこの格好をどうにかしなければならない。
脱がせて、そしてこの格好でクレープのワゴンに乗り込もうと言うのを阻止しなければならない。
人目にはゲテモノでも、天田には充分なほどにクる格好だ。
それに、見せてはいけない人物も、いる。
真田だ。
どうも気になるところを含んでいるもう1人の同居人に、この姿を見せるのは良くない気がしていた。
コレが何かのきっかけにならないとも限らない。
もしそうなってしまえば、猪突猛進の気のある彼のことだ。
何がどう進展してしまうか解ったものではない。
兎に角、順平のこの服をさっさと脱がせるべきだ、と天田は判断して思い切って胸元に手を伸ばそうとした。
が。
「ただいま。………?何だ、順平、その格好は」
天は味方をしてくれないらしい。
最悪のタイミングで真田の登場だ。
「あ、真田さんおかえりなさーい」
「ああ。…順平、ソレはサンタか?」
「そっす!どうっすかね、コレ、ウケます?」
嬉しそうにクルリと真田の方を向いてその衣装を見せびらかす。
真田も真面目な顔でその姿を上から下へ、下から上へと視線を動かしてみている。
「そうだな、なかなかいいんじゃないか?」
どういう評価だろうか。
どういう美意識だろうか。
赤いベストに赤いセーター、赤いマフラーも大好きな赤好き男は、赤ければ何でもいいのだろうか。
「あ、いっすか!?」
「ああ」
「ウケますかね?」
「いや、ウケるかどうかは解らんが、俺はいいと思うぞ」
「ウケるかどうかが大事なんすけど!」
「………?似合うとは思うが」
似合うとかはねーわー!と爆笑している順平と、それを見て微笑んでいる真田。
天田にはそれが気に入らない。
似合うわけがない。
だって順平は男だしヒゲだし馬鹿だし、服がかわいそうな位にピッチピチだし。
似合って堪るか。
そんな風に言われて気をよくしたら、それこそ順平はバカだからクリスマスに笑いを取りに行ってしまう。
真田の帰宅前に脱がす事に失敗した天田は、それだけは阻止したかった。
だから。
「順平さん、とっとと脱ぎましょうね。だいたいこんなの着てたら当日風邪引きますから」
そう言って後ろからちょっとばかり強引に引っ張ってやり、わざと布地を裂いてやった。
順平が悲しい悲鳴を上げたが、天田はソレを無視する事にした。
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買ってソッコー塵になる哀れな衣装。
衣装だけでいっこもクリスマスやありません。