ピース
授業の一環で行われたビーズや硬めの針金やらの金属、革紐で出来る簡単な細工品を、そのままバザーという形で販売する事になった。
そうして売上金をボランティア団体に募金する。
販売場所は近くの大きめの神社。
そこで行われた市民祭りに合わせて屋台を組み、その店番には各クラスから男女1名ずつと担当教諭がつく事になり、
くじ引きで負けた天田は日曜の朝だというのに早くに起きて賑わい始めたその場所にいた。
天気のいい今日は昼になれば暖かいのだろうけど、朝は未だ寒い。
温度調節ができるように薄手のカーディガンの上にジャケットを着てきたが、それでも身震いをしてしまった。
当番の交代は昼の2時。
それまで寒さと、何処からともなく漂う美味しそうな匂いの誘惑との戦いは続く。
商品を並べながら、天田は何となく自分の作った物を見た。
ビーズ細工の指輪、それとプレートと革紐で作ったブレスレット。
あまり見栄えがいいとは言えない。
一生懸命作ったけれど、やはりこういう事は女子の方が得意なのだろうかと思うほどに、どこか武骨なソレを見て、
天田は少し自分にガッカリしてしまう。
指輪を作ろうと思ったのは、上手く出来たら応用して順平に渡そうと思ったからだ。
しかし実際はあまりに武骨で歪で、そのくせ可愛らしいデザインのソレはどうみても男女のどちらにもオススメできない出来だった。
携帯ストラップもビーズで作れるとクラスの女子は教えてくれたが、ビーズ細工はあまり向いていないと判断した天田は、
今度はプレートに文字を打ち込み革紐で結ぶブレスレットを作ってみたものの、コレもセンスと器用さが物を言うのだろうか。
天田の頭にあったイメージとは少しばかり、いや少々ずれたものが仕上がった。
それでも女子の中には、天田が作ったのなら商品として買いに行こうかなどと考えている者もいた。
が、冗談めかしてそう言われた言葉の深い意味など気付かず天田は、ああ慰められてるな、としか受け取らなかった。
市民祭りの開始は10時。
それでも既に何人かチラホラと店を覗いて回る人はおり、人が来るから店側も既に商売を始めていた。
ソースの匂いは腹が減っていなくても食欲をそそられる。
案の定遅れてきた担任の鳥海など既に腹を鳴らしており、そのソワソワと落ち着きのない姿を見ると、つい行って来ていいですよと言いそうになるが、
今回は授業の一環の為その言葉を天田も、隣の女子も飲み込んだ。
たとえ先生が生徒からのその言葉を待っていて、そこまで言うなら育ち盛りのアンタ達の為に買ってきてあげる、という
返事まで用意しているであろう事が見えていても、だ。
日が少しずつ高くなり地面が温められてくると少しはマシになってくる。
ちょうど背中から日が差しポカポカとしてくると睡魔までやってきた。
店はそこそこに繁盛して暇だと言うわけではなくても、つい欠伸が出てきてしまう。
よく見ると担任は既に半分夢の世界だ。
つられてつい視線が落ちるその先に、新しい客の靴が入ってきた。
慌てて姿勢を戻し、声をかける。
「い、いらっしゃいませ。……あ、」
顔を挙げた先に居たのは順平と真田だった。
ベビーカステラの袋を2つ持った真田と、リンゴ飴を持った順平。
真田の持つ、既に開いている方の袋に時折順平は手を入れながらそれを口に運ぶのを、天田は何だか妙な気持ちで見ていた。
「…何ですか」
「なんですかって客だよ、客。ねぇ、真田さん?」
「ああ。どうだ?順調か?」
真田の質問に答えながらも天田の視線は順平だ。
今年の夏祭りの時もリンゴ飴を食べていた。
しかも大きい方の。
食べている途中で味に飽きてきたなどといい、そして全部食べきる頃には腹が苦しいとブツブツ言っていたくせに学習能力がないのだろうか。
隣の女子は美形ボクサーとして有名になっている真田の登場に、既に緊張しているのが気配で解る。
それにはお構い無しに真田はまだ手をつけてないほうのベビーカステラの袋を差し出し、差し入れだ、と本人なりに精一杯微笑んで渡していた。
弟分である天田のクラスメイトだからそれなりに気を遣ってくれたのは解るが、それにしても相変わらず笑顔を作るのが下手だと天田は苦笑した。
「鳥海センセー、お久し振りっすー」
順平がニヘっと笑って声をかけたが、担任は完全に夢の中らしく、ピクリともしない。
「…ダメダな、こりゃ。完全に寝てら」
俺らの担任の時よか酷ぇかも、と笑った順平に、天田も女子もつられて笑う。
担任への挨拶を諦めた順平の視線が、今度は商品に向けられた。
「冷やかしはお断りですよ」
「あ、ヤダ乾ちゃんったら!冷かしだなんて酷い事言うなよ、俺、ちゃんと客だってーの」
そう言った順平に、クラスメイトは慌てて接客を始める。
プレゼント用ですか、いいえ自分用です。
このデザインのは男の人にも人気で今日幾つか既に売れました、へーそうなんだ確かにいいね。
そんな遣り取りをしているのを、真田が微笑ましそうに眺めているのに天田が気付いた。
まるでデートだ。
そう思う自分をどこか情けなく思いながら。
「あ、そう言えばスイマセン、何がいいですか?指輪ですか?ネックレスですか?」
クラスメイトの問いに、順平は少しだけ考えてから、
「ネックレスはいつもコレつけてるしなー……あと指輪は職業柄無理だわ」
と答えた。
真田から渡された指輪を最初に指に嵌めようとしていたのを覚えている天田としては些か複雑だ。
その指輪は特別なんですか。
そう考えてしまう。
結局どの指にも入らなかったからネックレスと一緒に首にぶら下っているそれは、今日もやはり彼の胸元にあった。
「んー……………そうだなぁ…でも何か欲しいんだよなぁ」
「無理に買わなくたっていいんですよ。そんな気を遣わないで下さいよ」
何だか拗ねたような口調になってしまったが、天田は取り繕わなかった。
だって目の前の順平は相変わらずリンゴ飴の合間に、真田の手にあるベビーカステラを漁って口に放り込んでいるし、
真田もさり気なく順平が取りやすい角度に袋を傾けてやっている。
その無言の遣り取りが何だか腹立たしいのだから仕方ない。
「そう言ってやるな、天田。順平は楽しみにしていたんだから」
仕方のない弟分を宥めるような口調で言う真田がまた天田の心を暗くする。
別に彼らが意図してやっているわけでもないのに、自分ばかり空回りしていると悔しさも混じる。
何処までも落ちていきそうなテンションをどうにか踏み留めて順平の視線を辿る。
商品を物色しているようだが、何か別の意思を持って動いているその視線。
さて、何か気に入るものがあるのだろうか。
「…………ぉ、コレ、いーねぇ」
順平が手に取ったのは、天田の作ったブレスレットだった。
「あぁ、それなら仕事中にも付けていられるな」
「そっすよね」
ニヘっとした笑いは真田に向けられていた。
製作者としても何だか面白くない。
踏みとどまったはずの心が、また重く沈んでいきそうになる。
そこに。
「コレ、天田っぽいっしょ」
「かなりな」
何が楽しいのか笑いあう2人の事など、天田にはもうどうでも良くなる。
天田っぽい。
一体何を言っているのか。
いや、確かにソレを作ったのは自分だけれど、それを天田っぽい、というのはどういう事か。
けれど悪い気はしないその響きに、何だか心が浮き上がり始める。
「天田、コレ、お前作ったろ」
今度こそ自分のほうを向いて笑う順平に、思わず頬に血を上らせて素直に頷いてしまう。
こんな風に頷くのはいつ以来だろうか。
恐らくそれはまだ小学生の頃だった筈だと頭のどこかで天田は思った。
「コレ、ちょーだいナ」
買ったソレを、順平はその場でクラスメイトに付けてもらっていた。
適度に日に焼けた肌に茶色の革紐はよく似合っていて、そのどこか垢抜けないデザインも順平が付けると何故かしっくりきているように
見えるのは、天田の欲目のせいだろうか。
お昼の差し入れ用にとヤキソバを買いに斜め向かいの屋台へ順平が行っている間に、真田がこっそり天田に教えてくれた。
天田が作った物を、今日は買いに来ていたのだと。
今身に付けているものの中に、家族である真田の物はあるが天田がない、と今朝突然、順平が言い出したのだと。
それを聞いた真田もなるほどと思ったらしく、ちょうどいい機会だと天田が出て行った後にイソイソと2人で準備をしてきたのだと。
家族を既に失っている天田と真田。
順平は、今はそれなりに家族ともちゃんと付き合っているが、それでも過去は違った。
その彼らが不器用なりに手探りで続けているこの擬似家族を、誰もが何も言葉にはしないが大切に思っている。
血の繋がりはないし、いずれそれぞれに家庭を持つ可能性だってある、謂わば期間限定のような関係ではあるが、
それでも彼らは共同生活ではなく、家族と、そう捉えていた。
他の2人と違って家族が健在という引け目だろうか、特に順平はその思い入れが強いように見える。
そんな彼が、真田からの物だけを身に付けているのはどこかアンバランスに感じたのだろう。
だから、と。
あの指輪の件以来、ずっとどこか小さいが暗い何かが引っ掛かっていた天田は、そんな彼の気遣い一つでアッサリと晴れていく。
下手糞なりに必死に打ち込んだ文字は、PIECE。
同じ音を持つ”PEACE”と悩んだが、何だかそっちは使い古され、ありふれ、ともすれば偽善的な気がして、
”繋ぎ合せる”という意味の言葉を選んだ。
それは本当に自分達に似合っていて、そしてそれは順平にこそ似合う気がして天田は頬を染めたまま、
それを教えてくれた真田に向かって「ありがとう」と言ったのだった。
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乾ちゃん、真田さんにもちゃんと向きえます。