この心を困らせるのはあなた
最近の天田の様子がどこか妙だという事に順平は気付いていた。
まぁそういうお年頃だから中々に色々とあるのだろうとは解っている。
若いというのはそれこそ悶々としたモノを抱えてしまうものだということも解っている。
なので、天田が悩んでいるのなら僭越ながら人生の先輩として何とか力になってやろうではないか、とさえ思っている。
そう、それは小学生の頃から知っている可愛い弟のような天田の為なればこそ、と。
順平のその考え方こそが、天田の悶々とした日々の原因だと知らずに。
知らない、というのは残酷だと天田が日々思っているとも知らずに。
「天田ぁー買い物行きたいなー順平くんはとっても買い物に行きたいなー」
と、顔を洗っている天田の背後で順平がニッコニコと笑顔でオネダリをしてくる。
それは天田の夏休み3日目の朝のことだった。
洗ったばかりの顔をふかふかのタオルで拭きながら、チラリと鏡越しに順平を見てみる。
乙女のようなポーズを取っている人物の顔はヘラっとした笑顔。
7年前より随分しっかりとした骨組みになった身体は既に身長が180cm近く、
ヒゲ+ボウズというオプションにより、そのポーズは”似つかわしくない”どころか”気持ち悪い”の領域さえ突破していた。
「………順平さん、朝から不快なモノを見せないでもらえますか」
眉間に皺を寄せて一言洩らせば、ヒドイヒドイわ乾ちゃん!などとオカマ言葉で返される。
神様は何故、僕の恋心をこんな人に奪わせたんでしょう僕に悪趣味になれって事ですか、
なんて眠る前に世界を呪いそうになった事もある天田からすれば、
ヒドイという言葉は寧ろ順平にこそ投げつけてやりたい言葉だった。
しかし天田に恋心を抱かれているなんて微塵も思っていない順平は相変わらずの態度のまま、
それこそ彼に気付かれないように彼の気分転換を手伝おうと必死なのだからこれまた性質が悪い。
「で………どこに何を買いに行きたいんですか」
洗面所を出た天田の背後を追い回し続ける順平に対し、こんな具合に天田が折れてやるのも最早日常のこと。
いやー大人にもなったらホラ、こういう所に拘り持ちたいじゃん?
と言いながら枕を選んでいる順平が他人から見ても全く以って大人に見えない事を天田はよく知っていたが、
本人は本気で気付いてないようなので言わない事にしている。
言ったところで無駄だし、正直に言って麦藁帽子にサンダルをペタペタと鳴らして歩いている姿は
見た目こそ20代のソレだが中身が全く持って子供のままだと呆れているのも事実。
そしてそんな所が可愛いから困っているのも事実。
枕を購入した順平に、天田の服買いに行こうかと言われても特に今欲しいと思っていないので断ると、
じゃあ、と順平は乗り込んだエレベーターで屋上を目指した。
「??どこに行くんですか?」
「んー?行ってからのお楽しみー」
普段来ているデパートよりももう少し遠くの、天田が来たことも無いデパートに来ていた。
少し寂れていて、受付に居た女性の制服もどこか古いデザインのデパート。
6階建ての建物は割と奥行きがあり、柱や床の色合いからしても昔から建っているのだと一目で解る。
そう言えばさっき順平が入っていったトイレのタイルも何だか色が古臭かった。
その順平はと言えばその中をスイスイと歩いていくので、どうやら何度か来た事があるようだ。
「おー、やっぱまだあったか!」
エレベーターを降り、屋上に出る扉を開けて順平が嬉しそうな声を上げた。
小走りに出て行く順平の後を追い天田も出て見ると、ソコには今では滅多に見ない
子供向けの小さな、遊園地と呼ぶには少々難しい、小さな小さな遊技場があった。
3人しか乗れない列車。
あまり可愛くないキリンのトランポリン。
日に焼け色褪せてしまった自販機。
パトカーや飛行機など子供の憧れの乗り物。
そしてお金を入れればノソノソと動く、どこか不気味なパンダと熊。
順平が懐かしがるその風景は、天田には逆に新鮮だった。
天田が子供の頃には既に屋上の遊技場の大半はなくなっており、
漫画や古いドラマの中でしか見ないものになっていた。
その風景の中で順平は「おー」だの「わー」だの言いながら懐かしそうに塗装の剥げた乗り物に触っている。
どこが大人だよ全然子供じゃないか…
天田にそう思われているなんて露程気付いていない順平は嬉しそうにパンダに跨り、
「うおっ!スゲ!コレってまだ100円で動くんだ!!スゲーやべぇ、ちょっと面白いなチクショウ!」
と叫びながら財布から100円を取り出して投入口へと入れた。
気持ち悪い動きを見せて薄汚れたパンダが動く。
中に入っている機械も相当古いのか、流れるメロディは既に音程が若干ズレていて
見た目以上の不気味さを醸し出していたが、順平は嬉しそうに
「天田!熊に乗れ、熊!!」
と天田を呼んでいる。
言われた天田が熊を見ると、その姿は近付いてみると遠目で見るよりも遥かに気持ち悪い。
順平には大変申し訳ないが、これに乗れと言われれば子供は間違いなく泣くだろうと思うほどに、気持ち悪い。
「………いや、いいです」
気持ち悪いと言っては懐かしがって喜んでいる順平に悪いと思った天田が気を遣って断るが、
「何遠慮してんだよ、コレ面白いぜぇ?」
と全く解っていない返答を寄越す。
あの乗り物の不気味さに気付かないのか?と思うほどのその笑顔に、
天田はどう言えば遠慮ではないと解ってもらえるのかと頭を悩ませた。
「……あ、止まった。えい、もっかい!」
そんあ天田を置いて順平はもう一度100円を放り込む。
また不気味なメロディが二人しかいない屋上に鳴り響き始めた。
「なー、天田、乗んねぇの?」
「乗りませんよ」
「何で」
気持ち悪いから、とは流石に言えない。
楽しんでいる人間を目の前に、幾ら何でもそんなダイレクト過ぎる理由は言えない。
ので、
「……恥ずかしいじゃないですか、子供じゃあるまいし」
と割合で言えば1割程度にしか思っていない感想を述べ、代わりに近くにあったベンチに腰を下ろした。
ついでに、順平さんお一人でどうぞ、と視線を投げてやる。
その視線を受けた順平はほんの一瞬だけ真顔になると、跨っていたパンダから降りて天田の横に同じように腰を下ろした。
「なぁんでそんな大人とか子供に拘るかなー」
「なんでって…」
大人に追いつきたい理由なんて、そんなのはたった一つだけなのに。
「別にさ、大人でも子供でもよくねぇか?」
「………………そりゃあ順平さんは子供っぽい人ですからソレでいいでしょうけど…」
だって物理的な時間の距離に焦るばかりの日々なんて、順平さんには解らないでしょう?
幾ら子供染みてても、結局そうやって子ども扱いをしてくる順平さんには解らないでしょう?
このどうしようもなく焦る心に、気付くことなんてないんでしょう?
「僕は……早く大人になりたいんです」
大人になって、順平さんが何やっても動じない大人になって、
順平さんよりも背が高い大人になって、もっと骨の大きい大人になって、
それで、それでいつかちゃんと、子ども扱いじゃなくて、
ちゃんと対等に向き合える大人に、なりたいんです。
「いーじゃん、天田は天田でさ。何つーかアレよ、確かにそうやって大人だの子供だの気にして
割とクールな天田も天田だけどさ、アレ、何つーかえーっと………もっとこう気持ちを我慢しねぇっつーか?」
だってそーゆーのってしんどくね?と言いながら見せる順平の表情は明らかに”子供” の自分との”距離”がある”大人”の顔で、
それがまた天田の心の端っこをギュウと締め付ける。
「金太郎飴じゃねぇけど、どこまで行ったって天田は天田なんだから、もっとこう肩の力抜いてもいいだろ」
な?とまた笑顔。
この笑顔がまた酷く子ども扱いされてるようで天田は悔しいのだけれど、
それなのにその笑顔に救われてしまうのもまた事実で。
あぁ、順平さんの笑顔って本当、悔しい気持ちにされるから、困る。
困る、じゃなくて嫌いって言えたら楽なんだろうケド言えないから、困る。
子ども扱いされて悔しいのにそれでも何か嬉しいから本当、困る。
「もっと周り見たら色んなコトやモノがあるしさ、天田はいい奴だからさ、ちょっと位楽しんだって神様怒んねぇって」
ヘルメスの3倍凄いトリスメギストスを持ってる俺が言ってんだから、間違いねぇって!
と妙に自信満々に言う順平は、天田にとってトドメになる程の笑顔を見せれば、
正しく天田は、もうどうにでもして、という気持ちでいっぱいになってしまう。
大人とか子供とか、今はちょっとくらい忘れちゃっても……いっかな?なんて。
順平のその言葉のままに何気なく周囲を見渡してみる。
古いデパート。
世間は夕暮れ。
不細工なパンダは音痴。色あせた自販機。屋上。二人きり。
どこか現実離れしたような空間に、二人きり。
ちょっと、いいかな。
と、天田はくすぐったい笑顔を浮かべ順平を見る。
順平は相変わらずの笑顔。
ちょっと、デートっぽくて、いいかな。
しかし天田は気付いてしまった。
いい事を言ったばかりの順平のチャックが全開で馬鹿な柄のパンツが丸見えだという事に。
そして心の底から、何故恋した相手がコレなのだと己の身を嘆いた。
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書きたい物を詰め込みまくったら何かワケ解んない光景が出来上がった…!
一番書きたかったのは、チャック全開の順平だったりします。
多分天田は家に帰るまで言わない。面白いから。
デパートは順平が子供の頃によく来ていた場所って事でコレ一つ。