週末大戦争(予定)



記憶に違いが無くきちんと声が出せていたのなら、確かに今、天田は
今何て言いました?という言葉を口にしていたはずだ。
しかしそんな天田の問いかけなど有りもしなかったかの如く真田は続けた。


「富山の方になるそうだ。今のところの予定だと、金曜にこっちを出て帰ってくるのが日曜になるな」


夕食時、突然、真田はそう告げた。
それを聞いた順平は、富山かー富山だったらお土産何がいいかなぁー、などと言って、
遊びに行くんじゃないんだぞと真田に窘められている。

しかし真田のその表情から察するに、何かしら順平の喜びそうなお土産は買ってくるのだろう。


いやそれよりも、と天田は首を振りもう一度声を出す。


「真田さん、えと……………その…何て?」

「うん?だからジムの方で合宿をする事になった」

「ダメダなー天田、話はちゃんと聞かねぇと損するぞ。ホレホレ、今のうちにお土産リクエストしとけ」

「だから順平、俺は遊びに行くんじゃないんだと言っているだろう」

「俺、ます寿司とか待ってますんで」

「覚えてたらな」


順平のリクエストを真田が適当に流している中、天田は一人、真田の言葉を反芻していた。

合宿。不在。金曜からという事は2泊3日。真田さん居ない=家には僕と順平さん。



ぼく と じゅんぺいさん。







二人っきり。で、3日間。







内心大いに焦ってしまう。
だっていきなり二人きりだなんて…っ!
そもそも今までだって天田が休みで真田が仕事の日は、確かに順平と二人きりの時は多々あった。
けれどそれは夜になれば真田は帰ってきてたから、完璧な二人きりだなんて。


「ちょ、何でそんなイキナリ合宿なんですか…っ!?」


パニックのあまり声が大きくなった天田を、二人がきょとんとした目で見てくる。
しかしすぐに合点がいったのか真田がすまんと切り出した。


「俺も言うのが遅かったのは悪かったとは思うが、やはりあまりにも試合が無さ過ぎて勘が鈍るのはまずいとなってな。
普段は日曜にダイエットメニューの方で時間をとるから今まで合宿には参加していなかったんだが、今回は参加する事にした」

「まぁ確かに急っちゃ急っすね。荷物の準備とかあるからもちっと早めに言って欲しかったッスなぁ〜」

「だから悪かったと」


そおおおおおおじゃないんですよ、真田さん。
僕が言いたいのは、言うのが遅い早いじゃなくて、そうじゃなくて、何で、何で

何でこの恋心を意識してしまってる最中に二人きりにしてくれるんですかっていう、

って、言えるかーーーー!!っていう…、えっと、チクショウ!!嬉しい状況なのにちっとも嬉しくないじゃないですか!


とは口が裂けても言えないので、一応順平の意見と同じにしておく。
ついでに、ちょっと勉強見て欲しかったんですけどね、と先ほどの大声を怪しまれないように個人的な理由もつける。


「それは悪かった…本当にスマン。俺も言ったつもりになっていたんだ」

「つもりって………大丈夫ッスか?最近疲れてます?それともアルツハイ…」


”マー”まで言いかけた順平の頭を真田がパシっとはたいた。


「真田さん、俺の頭は他と違ってクッション性が薄いんで、手加減してくださいよ」

「やかましい!俺はボケてなどいない!」

「じゃあお土産、ヨロシクっす」

「………………………………………ます寿司でよかったな……?」


目の前でのいつものイチャつき(最近の天田にはそう見えるらしい)が繰り広げられていても、
天田の頭の中はもう”二人きり”という事でギュウギュウになっているため、いつものようにイラっとは来ない。

あああ、どうしようどうしよう、何事もありませんように、不自然になりませんように意識しませんように。

そんな事ばかりを頭の中でお経のように唱え続けていた。






しかし何故、ここまで天田は狼狽えるのか。

理由は昨日の放課後にある。
学校が終わって帰ろうとしたときに悪友とも言うべき存在に捕まった。
ちょっとイイビデオ手に入れちゃったから、みんなで鑑賞会しようぜーなんて。

思春期だというのに、天田は既にAVにそこまで興味は持っていなかった。
枯れているのではない。7年前に魅力的な女の人たちと生活していた為、理想ラインが高くなりすぎたのと、
現在も同居人である順平がグラビアなんかを見てキャーキャー言ってるのを見るにつけ、冷めていくのだから仕方ない。
しかしそれでも、少し確認しておきたい事があったので大人しく付き合う事にした。


自分は順平を”好きだ”と認識して、その感情が恋愛感情だとも気付いて、そして。
そして………?その上で、自分はどうしたいのか。
そこで最近は考えが詰まっていた。

キスは、…したい……ような気がする。何となく。
けれどその先は?
平たく言って、自分は順平と寝たいのかどうなのか。
そこがイマイチよく解らない。
だって別に男の裸で興奮するわけでもないし、順平が風呂上りにパンツ一丁で出てきてもドキドキはしない。
でもこの前、同じベッドの中で肌が触れた時は少しドキドキした。

僕はどうしたいんだろう?

考えが詰まる。
もっと突き詰めると、抱きたいのか抱かれたいのか。
そんな考えに一応のケリをつけようと、他の連中と一緒に言いだしっぺの家に向かう。
前を歩く友達が、天田にもそういう普通の感覚があって良かったよーなんて笑った。




さて、いよいよ観賞タイムとなって、言いだしっぺがカーテンを閉め電気を消す。


「何で?」


と天田が不思議そうにすると、彼は一瞬だけ呆気にとられた後にまた笑って、


「バッカヤロー、お前、こんなん見て幾ら男同士とはいえ勃起とかしちゃったの見られたら恥ずかしいじゃん!」


あぁ、なるほど、と納得がいく。
勃起だって。僕も女の人の裸見たらするのかな。
順平さんも………するのかな。しそうだな、あの人。
アレ、でもそういう本を見てても別にそんな素振りないな。

ていうか、僕、無意識に順平さんのドコ見てたんだろ…!!

冷静に思い返して一人、慌てた。
無意識にそんなトコロを見てたなんて自分が恥ずかしい。
まだまだ思春期の天田は兎に角、観賞前に軽い自己嫌悪に陥る。

そんな彼を置いていくかのようにビデオが再生された。



こういうビデオにはストーリーなんてあってないような物だし、殆どが女の裸とモザイクばかりで
興奮などするのだろうかと常々思っていた天田だったが、どうも見くびっていたと痛感した。
ビデオや女の裸を、ではなく、思春期を、ではあるが。

内容は父親の出張中に父の再婚相手と息子が所謂ソーユー関係になる、というお話。
最初は抵抗していた再婚相手も最後はノリノリになってる、というベタなお話。

演技は大根。顔もイマイチ。腰の締まりも胸の形も、見た事はないが自分の知る素敵な女性達には遠く及ばない。
なのに、自分の股間はどうも若干反応を返している。

あぁ悲しきは己の性。

なんて思ってみるが股間の反応は微弱。
”大満足”というワケではないようだ。
申し訳ないと思いつつコッソリと隣の友人を伺い見ると、しっかり”テントを張って”らっしゃったので、
コレはもっと反応するものなのかなぁ、と天田はコッソリ溜息を吐いた。

まぁ何にしても一応女の裸で”興奮”したので、自分は”真性”では無かったのだとほんの少し安堵したのも事実。

順平を好きだと気付きはしたものの、自分はひょっとして生まれつき男の方が好きだったのかも、
なんて一時は悩んだりもしたので、そこに関しては今回の鑑賞は有意義だったといえる。
そして女で”こう”という事は、恐らく男に対しては”こう”ではないとも言えるんじゃないのか、
つまり自分は順平に対してプラトニックだったんじゃないかな。

プラトニック。

思春期の自分には何て崇高な響きだろうか。

プラトニック。肉欲ではなく、心の繋がり。
ああ、素晴しい。


などと軽く自分の世界に入りかけていると、ビデオの二人は遂にキッチンでまでやり始めた。


キッチン。



ふ、と天田の中でキッチンにいる順平、というのがポカンと浮かんだ。

キッチンに順平がいるのは、天田たちの家では普通だ。
家事一切を彼が引き受けており、普段の食事は勿論、天田のお弁当も作っているし、
真田のプロテインのストックを作って冷やしているのも彼の仕事の一つだ。

だからキッチンに順平、というのはごく自然な事。





なのに。





天田はここで大いに狼狽えた。

ビデオの女優が、脳内で順平になる。
ヒゲで、ボウズで、そしてスネ毛があって、自分よりデカくて、馬鹿で、グラビア好きで、助平で、……兎に角、順平になってしまった。

途端に、自分の股間の反応が強くなる。困った事にどんどんと。



あああああああああああ、僕、サイテーだああああああああ。



困ってるのに、こんな自分は嫌なのに、どんなに意識で拒んでもビデオの二人が自分と順平に置き換えられてしまう。
最悪な事に順平の裸なんて、彼の風呂上りに毎日見てると言っても過言ではないので、そこら辺もリアルだ。
(パンツ着用の為、唯一、股間だけは見てはないが)


ああああああ、真田さんの出張中?順平さんと僕が??ああああ、最低だ最低だ僕、最低だ。
ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイお父さんお母さん、僕最低です。
ゴメンナサイ荒垣さん、貴方が守ってくれた子供は最低になってしまいました。
ゴメンナサイゴメンナサイ、ゴメンナサイ……順平さん。

悲しくて辛くて悔しくて情けなくて、泣きたかったけれど周囲に人がいるからソレだけは堪えた。



後の事なんかよく覚えてない。
多分、みんなで微妙にモジモジしながら、あぁ、とか、うん良かったネ、とかそんな無難な言葉だけ交わして
それぞれに帰ったんだと思う。思いたい。何事も無く、僕は自然な顔で帰ったと願いたい。







そんな生々しく近くリアルな記憶が天田の頭にフラッシュバックで帰ってきた。

昨日の時点では、でも大丈夫だ真田に出張などないとタカを括っていたが甘かった。
まさかこんなにも早くにそんな日が来るなんて。

天田を襲うは強烈な眩暈。



あああ、どうしようどうしよう、何事もありませんように、不自然になりませんように意識しませんように。


そんな気持ちで一杯になりながら。




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天田勃起させてゴメンナサイ。

でも多分、週末は富山の方が超悪天候で合宿が流れるオチなんだぜ。
天田が強運なのか凶運なのか、はたまた真田が強運だったのかは謎。
(案外、みんなのオカン・荒垣のご加護かも知れんね)