直球ダイレクト
学校から帰ってきた天田を笑顔で迎えた順平の第一声は、
「何ナニ、乾ちゃん、君、好きな子とか居るの?」
だった。
勿論、天田は鳩が豆鉄砲を食らったような顔でそれを聞いた。
どうやら順平は天田が最近、学校の可愛い女子に告白された話を耳に入れたらしい。
そしてソレを断ったところまで聞いた為に、あまり推測の得意でない頭で考えた結果、
可愛い子を振る=他に好きな人が居る、と踏んだようだ。
まぁソレは間違っては居ないのだが。
「………そもそもの話の出所がどこかなんて僕は聞きませんけどね」
どうせ店に来てた僕と同じ学校の奴から聞いたんだろうしさ、と口には出さず。
(そしてソレはやはり大正解だったりもする)
(そしてそんな話を自分の同級生とするあたりも苛々してくる)
しかし極めてクールに、それでも質問にはサラリと答えない天田に、まるで高校生か中学生の如くに順平は食いつき、
「お、話を若干逸らしたね?コレは怪しいなー!」
なんて顎鬚を弄りながらニヤニヤとするばかり。
その馬鹿のような顔に、順平さんが大好きですキスさせて下さい、とでも言って黙らせてやろうかと考えるものの、
そんな事を口にするには今の天田にとって全裸で外に出るのと同等の勇気が必要だった。
冗談であったなら幾らでも言えたろうに、今やすっかり年上のヒゲボウズに恋する少年には本当の事など言えないのだ。
「な、教えろよ!真田さんには黙っててやるからさ!」
そんな少年の甘酸っぱい恋心に相変わらず気付きもしない順平は真田には内緒にする事を条件に白状を求めるが、
正直、真田と順平のどちらかに秘密を話せと言われれば、真田のほうを選ぶ人間のほうが多いだろう。
何せ順平は本人が黙り通してもスグ顔に出てしまうタイプの人間で、秘密を持つこと自体が難しいのだから。
呆れて何も言えない…と、天田は無言のまま制服を脱ぎにかかるが、順平が思いのほかシツコイ。
誰が好きなのか教えてよーと本当に大人なのかと疑いたくなるような好奇心で、天田の後ろを付いて歩いてくる。
だから僕が好きなのは貴方ですってば。
それが言えたらどれほど楽だろう、天田はそう思うほどに泣きたくなってくる。
何が悲しくて大本命に好きな人を教えろなんて言われなきゃいけないんだ…とも。
単にカマをかけてきてるだけなら可愛いとも思えるかもしれないが、順平の場合は完全に解ってないから性質が悪い。
イヤそりゃ誰も男に好かれてるなんて想像しないだろうとしても。
この悲しさ辛さ苛立ち、どう晴らしてやろうか…。
「好きな人ね、……いますよ」
さっきまで黙秘を続けていた天田が突然、アッサリと認めると今度は順平が目をまん丸にする番だった。
が、すぐさま満面の笑みになり、誰ダレだれ、俺の知ってる子?と嬉しそうに聞いてくる。
知らないっていったら逆に怖いよ、と天田は毒づきつつも笑顔で、
「風花さん」
と。
ソレを聞いた順平は最早、目どころか口も大きく開けて、心なしか鼻も膨らませて声も出せずに固まった。
そして順平が、マジで!?と叫ぼうとしたタイミングを狙って更に、
「と、それから、ゆかりさん」
と言い、続けて桐条先輩でしょそれにアイギスも好き、と天田は天使の微笑み悪魔の心で言い放つ。
え、ソレどーゆー事???と普段からクルクルとよく変わる表情を今はただ阿呆のようにしたまま
どうやら思考が追いつていない順平を見て、天田は少し気が晴れた気がした。
そしてどうせなら、ともう少し苛めてやろうと思いつく。
理由は、”だって何か苛々したから”。
「あとね、真田先輩も好き。コロマルも好き、フワフワで可愛いし」
次々と7年前のメンバーの名前が出る。
「荒垣さんと太郎さんも……今はもう居ないけど、好き」
ここまで名前が出ると、流石の順平も自分の名前がまだ出てない事に気付く。
しかし順番的に行けば次当たり自分だな、とニカっと笑顔になる。
ところがそこまで言ったきり、天田は後は笑顔で沈黙するばかり。
あれれ、俺の名前は…?と肩透かしを食らった形の順平は次第に笑顔のまま眉間に皺を寄せる。
それでも天田は笑顔のままの沈黙を守り続けた。
「あ、あのさー天田君?誰か一人、大事な人の事忘れてなぁい?」
と痺れを切らした順平が切り出すと、天田はわざとらしく、あぁ、いけないそうでしたね!とオーバー気味に言い、
さっきまでと比べ物にならないほどのエンジェルスマイルで
「忘れてました、そうそう、メティスの事も僕は好きでしたよ!」
なんて言ってやる。
ああ、そのショックを受けてますという解り易い顔の可愛さったら!
天田は順平が固まっているのをいい事に、その表情をじっくりと見た。
何でこんなに馬鹿な顔が出来るんだろう。
何でこんなにも可愛いんだろう年上なのに。
年上なのに何でいつもこんなにも愛くるしいと思ってしまうんだろう!
そんな事を思っている天田に、思いもよらない方向からの攻撃が飛んできたのはこの直後だ。
「何でそんな意地悪すんだよー!俺はどうした俺は!伊織順平君への愛はどこへ行ったんだー!」
信じられない大声で、何の恥ずかしげもなければ、何の躊躇いもなく順平が叫んだ。
俺はこんなにも毎日毎日お前に愛情を注いでいるのにーーー!と付け加えて。
その本来自分が言いたい意味の”愛”とは全く別次元のクセに、
直球ダイレクトなその攻撃に、思わず天田の足がグラつく。
文字通り、本当にグラついたのだ。
ガックリ膝を付き、あまりにも子供っぽい想い人に勝てる気が全くしなくなった天田は、
傍から見ればそれは根負けしたかの如く、しゃーなしだと言わんばかりの光景ではあったが、
紛れもなく彼は敗戦の意と、骨の髄まで彼に持っていかれている事を痛感しながら、
「……順平さんは”大好き”です…」
と自白する破目になった。
こんな形で言いたくなかったよ、と後悔。
本当は天邪鬼に”大嫌い”と言ってやりたかったけど、言えない自分への後悔。
そんな天田とは対照的に、大好きと言って貰った順平はまた一気に満面の笑みになって、
「俺も天田、大好きだー!」
なんて叫んでるんだから、本当に手に負えないものである。
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まぁコレは告白には入りませんけどね!って天田の負け惜しみね!
きっと天田少年は耳年増のくせにキスさえできないチェリーっぷりを発揮してくれると思います。