少年「あぁ、せめて、どうか」



ちょっと前から順平さんが中学の同窓会があるって言ってたのを覚えていたのは、
その日の晩御飯が真田さんと二人きりだから静かな食卓だなって何となく思っていたのと、
当時のクラスにとても可愛い子が居たとかで順平さんがひどく浮かれていたからってのと、
10年以上あいてるからチョット誰かといい雰囲気なっちゃったりしてーなんて馬鹿面してたのが印象的だったのと、

期待して見事に外れてガッカリして帰ってきたら弄ってやろうと思ったから、だった。





案の定というか何というか、やっぱり真田さんと二人だけの晩御飯は静かだった。
いっつも順平さんがワーワーギャーギャー何か喋ってるから僕らは基本的に喋らないし、
それに随分と長い間一緒に暮らしているけれど、よく考えてみると僕らには共通の話題が無かったし。

仕方なく点けているテレビの話題を時々にしてみたり、学校の話を無理矢理して見たり、
そしてその合間に、順平は何時に帰るんだろうなとか順平さん騒いでるんですかねとか、そんな程度の会話。


別に真田さんが苦手なわけでも何でもないけれど、何か特別にしゃべる事がない。




本当に思うけど、順平さんは何であんなに毎日毎日喋る事があるんだろうか………
まるで夏休みに太陽の下で沢山遊んで帰ってきた子供みたいに満面の笑みでニッコニコと。





二人きりで特にする事もないし食器はつけときゃ洗うからって順平さんが言ってたからその通りにしたし、
もう本当にすることも無いから、ちょっと早いけど僕はお風呂に入った。

それでも順平さんが帰ってくるまで起きてる予定だったから、長めの入浴。
どうせ部屋に戻っても待ってるのは真田さんとの微妙な沈黙だけだろうし。

…て言うか真田さんはこの沈黙をどう取ってるんだろう…?

どうとも取ってないか。
だっていつも何もない時は一応僕の勉強部屋も兼ねてる部屋の本棚から適当に本を取ってきて読んでるか、
後は室内で出来る筋トレを地味にしてるくらいの人だし。




でも気になるんだよね。

真田さん、順平さんが同窓会のことで友達と電話で盛り上がってるとき、ずっと落ち着きが無かったの。


何か、珍しい瞬間を見たっていうか。
チラチラと本から何度も視線を外したり、何回も足を組み替えたり。
普段から順平さんがゲームしながらギャー死ぬーって叫んだりしてもドッシリと落ち着いてるあたりからしても、
別に電話の声が煩いとか話題が気になるってワケじゃないのは見ても判った。


何ていうか…もしかしてコノヒトも僕と”同じ”なのかなって…ちょっと、思ったんだ。



でも真田さんってそういうの疎そうっていうか、解って無さそうっていうか、えーと、つまり無自覚なのかなって。





そう思ったらなぁんか真田さんを意識しちゃって余計に喋れなかったんだよね、特に今日。
ちょっとカマかけてみようか。でもかけてみて、何かが出たら怖いな。でも気になるんだよな。







最近ぐるぐると答えの出ない事を考えてしまうのはコレが思春期ってコトなのか、
それともこのどうしようもない恋心の影響なのかはさっぱりだけど、何か最近の僕はよく頭がぐるぐるになってる。
そしてソレをあんまり良くない傾向だとは思ってる。




でもしょうがないんだ。

だって、僕は順平さんより歳も下で背が低くて、何より男だし。
それにもし真田さんが僕と同じだったとしても、彼は順平さんより年上で背は彼より低いけど筋肉質で、何より同性としてもカッコイイ。

ほら、万が一”そう”だったとしたら僕に勝ち目はないんだって思ったら…さ。











ひどいマイナス思考の沼に沈みそうになって、これじゃイカン!と兎に角、せめて、湯船から出てサッパリしようと
僕が浴室から出ると、玄関の方から話し声。
どうやら一人は同居人・真田の声だがもう一人がイマイチ判らない。

真田さんと聞きなれない声の遣り取りにに、何事かと注意を向けてみる。






「すいません、コイツ酒飲めないって知らなくて…!」

「おい、大丈夫か!?おい、順平!!」


………順平さん??お酒????




お酒、飲んだの?順平さん。飲めないのに…!?



一瞬言葉の意味がわからず、自分の中でその言葉を反芻する。
その間にも必死に謝るダレかの声と、これまた必死に呼びかけてる真田さんの声。
裸で出るわけにも行かず、慌てて体を拭いてパジャマを着込んだ。

だって、だって真田さんのあんな必死な声を聞いたら焦っちゃうじゃないか…!





「本人が断ったのに何故飲ませた!?」

「ホント、スイマセン…!単なる冗談だと思ってたんです…!」


僕が浴室から出て僕が見た時は、土下座しそうな勢いで謝っている順平さんの友達と、
順平さんを大事そうに横抱きにして必死に声をかけている真田さんの姿があった。

あぁ、ホラ見て、真田さんだったら長身の順平さんをあんなに軽々と抱き上げられるんだ。


真田さんの抱え方のせいで、順平さんの顔は真田さんの体に隠れてしまって僕の位置からは見えなかったけど、
ぐったりと垂れた腕の様子からひどく憔悴しきっていることだけは伺えた。



プロボクサーとして超有名人の真田さんに睨まれたら、多分、誰だって泣きそうな顔になるんだろうケド、
その友達は何回も謝りながら、その合間に順平さんの様子を伺ってはまた泣きそうになってる。
ごめんな順平大丈夫かって言いながら。

本当にやばかったら店の人の連絡で今頃病院に行ってるだろうし、連れて帰ってきてる事から大丈夫な範囲なんだろうケド、
どうもこの二人にはそういう事を判断するだけの冷静さはもうないみたいだった。



普通に色んな人にとても愛されている順平さんと、その順平さんをとても愛している人たちを見てたら、
本当はすぐに声をかけたかったけど、何だか出るタイミングを失ったみたいに僕はそのまま棒立ちになる。






「…………兎に角、連れて帰ってきてくれて助かった…今日はもう遅いから、帰ってくれて大丈夫だ」


少し落ち着きを取り戻した真田さんが、感情の薄い声でそういうと、その友達もハイって返事して、
そして順平さんの手を軽く握って、じゃあまた、って言って帰った。
どうせその声は今の順平さんには聞こえてないだろうけど。




玄関のドアがバタンって閉まると、真田さんが振り返って初めて僕に気が付いて、
そして僕も初めて順平さんの表情を見た。


真っ赤なのに血の気が引いて真っ青なようにも見えて、本当にグッタリしてて……僕は背筋が凍る感覚に襲われた。



「天田、冷凍庫に入れてある氷枕を取ってきてくれ」


さっきよりも更に落ち着きを取り戻した真田さんは僕にそういうと、
順平さんを抱きかかえたまま寝室に入っていった。

順平さんの重さなんか何とも思ってないようにスタスタと。





僕が氷枕を持って寝室に行くと、真田さんは順平さんの頭を撫でていた。

まるで物凄く大事な宝物のように、
まるで壊れやすいモノに物凄く丁寧に触れるように、

まるで愛しい人を見つめるように。





「真田さん、氷枕、持ってきましたよ」


今度はどうにか声を出して注意を引く。
その場の空気を無性に壊してやりたくなったから。って言ったら、僕って凄く意地悪みたいかな。


「……あ、あぁ、ありがとう」


そう言って少し気まずい顔をした真田さんが、氷枕を受け取ろうと手を伸ばした。







あぁ、この瞬間、どうか僕の顔が不自然に映りませんように。
引き攣った、醜い、嫉妬深いこの顔がせめて順平さんを心配しているのだと思われますように。


そう祈りながら、僕は氷枕を真田さんに渡した。




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あれ、何でだろう、天田君がどんどん暗い子になってくヨ…!

今度はちゃんと可愛いカルピスウォーターのような恋(ップ)にしたいなぁ!