青い気持ち



一度開けた弁当箱の蓋を、何事もなかったようにマッハで閉め直した。

そしてもう一度、ゆっくりと開けてみる。
見間違いでありますように、と心の中で祈りながら。


「……………ぅわ……」


しかし少年の祈りは虚しく終わり、見間違いなどではなく今日のお弁当の上にソレはあった。




鮭フレークで書かれた大きなハートと、海苔で作られたLOVEの文字。



幾ら夏が近いと言えど、雨が降ればまた気温がグっと下がってしまうこの季節、
どちらかと言えば今日は冷えていてカーディガンを着ている女子も居る教室で
天田は一人、汗が吹き出るのを感じていた。



何だよ、これは……!


天田の弁当はいつも順平が作っていて普段から内容はごく平凡なのに、
今日に限って”こんな”弁当を渡してきた事に、特に理由なんて無いのは天田にだって解っている。

以前、自分が冗談で愛妻弁当を作れと言った事を、今更に思い出してふざけてきただけに決まっているのだから。

確かに以前の自分にとってアレはただの冗談のつもりだったし、深い意味もなかったけれど
今の自分にとってコレは心臓を打ち抜かれる程に致命傷だ。
恋する少年としては、大きなハートの意味やら海苔で書かれた文字の意味を、
都合よく取りたくなってしまうではないか。



「わぁ、天田の弁当、何か色んな意味でスゲー!」


しかも現在の天田は、密かにファンの多かったC組の後藤をふった事で、以前よりも注目を集めていた。
誰か好きな人が居るんじゃないか、彼女が居るんじゃないか、ひょっとして二次元しか愛せないタイプなんじゃないか。
色々、色々。

なのにそんな中で、よりによって”こんな”弁当。

順平さん……心底呪いますよ……


「天田、天田、コレは何だよ、なぁ!」


興奮しながらトモダチが聞いてくる。
煩いなぁ僕の方が聞きたいくらいだよ…とは内心。


「どうせ順平さんの馬鹿遊びだよ。ホンットあの人、いつまでも子供っぽくて困るんだよね」




………僕の気持ちも知らないでさ。







昼休みの苛立ちは放課後になっても収まることなく、ソレを抱えたままモノレールに乗り込む。


大体さ、順平さんってばホント、全然その辺に理解がないっていうか、頭が悪いっていうか、
天田少年は相変わらず可愛いねーなんて言って抱き締めてきたりさ、
お兄さんは少年が幸せならそれでイーのだよとか言っちゃってくれたりさ、
……思春期の少年に悪いなって感想を少しくらい持ってくれたっていいのにさ……

そりゃ…そりゃあ僕だって言ってないけど。順平さんが、その…好きだなんて一言も言ってないけど、
言えるわけナイじゃないか。
だって年上だし。
”弟”くらいにしか思われてないだろうし。
それに……僕達、どっちも男だし…


ふつふつ、ふつふつ、と沸く取り留めない感情に何だか泣きたくなってくる。


何でどっちかが女の子じゃなかったんだろう。
そしたらきっと、僕は素直に言っただろうに。




本当に涙が零れそうになった天田は慌てて俯き、眠ったフリをして家のある駅までをやり過ごした。




「ただいま」


色々な事が重なり、トゲトゲしい声で帰宅を告げる。
こうなったら順平さんにいっぱい意地悪してやるんだから、と穏やかでない決心を秘めて。

少しだけ間を置いた後、寝室の方から


「おかえりー」


と少しくぐもった声が聞こえてきた。


「……ナニ、順平さん寝てたの?」


寝室を覗き込むと、順平は頭から布団を被った状態でテレビゲームをしていたらしく、
天田の姿を認めるとヘラっと笑ってみせる。


「イヤ、暇で暇で死にそうだったから久々のゲームを引っ張り出してみてんの」

「何で頭から布団被ってるんですか。怖いんですか?いい歳して」


今日は機嫌が悪いから少しだけ冷ややかに。
けれど順平は口を尖らせて、おー可愛くねーなーオイ、とだけ言うとまた笑顔に戻る。


「やー今日寒ぃじゃん?そんで。…あ、お前もやる?コレ2人でやれるぞ」


そう言うと布団を捲って自分の隣をボスボスと叩き、ココに来いと示す。

順平さんの、隣…?

少し躊躇ってからノソノソとベッドに入っていく。
他意はないんだから、と自分に言い聞かせてどうにか心臓が早くなるを必死で堪えた。


「ほい、コントローラー。あ、コレ難易度、一番上まで上げてっから助けてーって言ったら俺んトコまで来てくれな。
因みに俺が上の画面でお前が下ね。俺、ホレホレ、右上のマップのこれ、今ぐるぐる動いてた緑の点が俺だから」

「………僕は助けてもらえないんですかね」

「心配しなくたってちゃあんと助けてやるよー!俺っちブイブイ言わせちゃうからね!馬乗ってるし!」





順平が選んだキャラクターの恋人キャラクターを天田は選択した。
せめてゲームだけでも、だなんてそんな可愛い夢を見てるわけじゃないけれど。





「ていうか順平さん、寒いんならタンクトップじゃなくてちゃんと服着ればいいじゃないですか」


生の腕とか肩とか当たってるんです困るんですそういうの。


「え、そんなご尤もなこと言っちゃいます?俺っちにしては珍しく衣替えを早々にしちゃって、ナイのよ長袖とか」

「上着とか何かあるでしょ」


体温が直に伝わってくるし肌が沢山見えてて本当に困るんですから僕。


「家なんだからリラックススタイルとらしてよーって、天田!俺死んじゃう俺死んじゃう!!助けて助けて!!!」

「じゃあ死んでください」



僕の気持ち少しくらい気付いてください解ってください無防備に僕を困らさないでください。
こんなに辛いならいっそ…






いっそ。
でも「あなたを愛してます」なんて死んでも言えないから、せめてゲームの画面に向かって、


「”ほらほら、愛してるって言ってくれたら助けてあげてもいーわよー”」


だなんて冗談めかして言ってみた。




*******
まだまだ伝える勇気なんてありません。

3人の家は個人に部屋があるんじゃなくて寝室は寝室で一緒に寝てます。
そんでテレビも置いてるから順平がゲームしちゃう。

タイトルセンスとか、そんなご立派なもの誰か与えてください。