ことのはじまり−少年Aの場合−
寮が廃止になる事になった。
1年も過ごしていないけれど、イロイロナコトがあって、沢山のオモイデがある場所なだけに、
何だか寂しかった。
寮がなくなるという事は、僕らはみんなそれぞれに前の生活に戻るわけで、
つまりそれはみんなバラバラになる、という事だった。
少なくとも小学生である僕は、他の人よりも更に会える率が低いという事実。
チラリ、と視線をカウンターの方に向ける。
相変わらずの帽子を被ったヒゲの人、順平さん。
ニコニコと笑いながら、ゆかりさんと話してる。
僕より歳は大人なのに、ひどい時は僕よりも子供っぽい顔して。
もっとちゃんと大人になってくださいよ、なんて言ったこともあったっけな。
でも本当はあんまり大人になってなって欲しくなかった。
だって背伸びしたところで結局僕はコドモで、順平さんがオトナになっちゃったら、
僕と順平さんの距離がグンと開いてしまう気がして怖かったから。
順平さん。
僕の、寮で一番近かった”トモダチ”。
寮がなくなったら、僕はただの小学生に戻って、順平さんもただの高校生に戻る。
この特別な空間が消えて、顔を合わすことなんてなくなる。
ポロニアンモールなんかで偶然会ったって、寄り道せずに帰れよー、なんて笑顔で言われるんだ、きっと。
小学生と、高校生の会話なんて、結局そんな感じだろうな。
ふいに哀しくなる。
僕だって学校の友達くらい居るのに、転校で別れた友達だって居るのに。
順平さん、順平さん、順平さん。
呼ぶ事は出来ても、一緒に御飯を食べることももうないんだって思ったら。
ふいに哀しくて仕方なくなった。
俯いいた視界には僕一人分の足。
…と思ったら、見慣れた靴がひょい、と入ってきた。
顔を上げると、帽子を被った順平さん。
笑顔で。
「寮なくなっちゃうなー」
知ってるよ、そんな事。
「そうですね」
「うお、相変わらずクール。もうちょっと俺との別れを惜しんでよー」
ヘラヘラと。
別れを惜しめって、そんな台詞もそんな感情も、真田先輩にも桐条先輩にも、同じように言うくせに。
僕にだけ向ける言葉じゃないくせに。
「じゃあ順平さんは僕との別れも惜しんでください」
ちょっとした意地悪で言ってやった。
これくらいはいいでしょ。
いつもの切り返しに比べれば随分可愛いモノだし。
どういうリアクションが帰ってくるかと思ったら、何だか神妙な顔になる順平さん。
あれ…?どうしたんだろう。
何か………変だな。どこか悪いのかな。頭以外で。
「あの、どうしました…?」
「うん、いやぁ…その、な………あのさぁ、…ううん、いや…」
歯切れ悪く、頭を抱えてうんうんと唸り出す。
何だろう??
取敢えず相手が喋り始めるのをじっと待つ。
唸り続ける順平さんを待ったのは、ほんのチョットか、それとも長かったのか。
突然、意を決したかのように顔を上げた順平さんが、僕と同じ目線になるようにしゃがんで、
そして言った言葉は、
「なぁ、天田、俺と一緒に暮らさないか?」