渡り廊下の風景
秀が本館と特別教室のある別館を繋ぐ渡り廊下に向かうと、教科書と筆記具を持った当麻が立っているのが見えた。
「おー、当麻じゃん。何?1人?」
「あぁ、秀か。…あー、まぁ今は1人」
「”今は”?」
「征士待ち」
相変わらず2人一緒に行動なんだな、と苦笑いをしてしまう。
いつも一緒のこの2人に何故だか解らないけれど女子がキャーキャーと喜んでいるのを知らないのだろうか、と。
そう思ってから思いっきり自分の中で否定する。
知るはずがない、と。
だって自分が自分であればいいというスタンスの征士と、他人との距離を未だに測りかねている当麻だ。
更に言えば周囲の評価など気にもかけない2人だ。
知らないだろうし、知ったところでどうもしない。……と思う。
もしかしたら当麻は顔を思い切り顰めて否定くらいはするかもしれないけれど。
「いや、それにしても何でこんなトコに…あ、何、移動教室?」
「そ。視聴覚室」
「で、征士待ち?」
「ああ」
「ああ。じゃねーよ。何だよお前、1人で先に行くの、ヤなわけ?」
女子の連れションか、と言いかけてやめる。
この前教室で女友達と盛り上がった時にそう口にして大顰蹙を買ったのだ。
廊下であれどこであれ下手な事を言うとまた「秀くんってデリカシーないよねー」と手厳しく言われかねないので、ソレは避けたい。
「別に1人で行くのは構わないんだよ、オレだって。…ただホラ、視聴覚室、アレ結構寒いだろ?だから」
「だから…の意味がわかんねーんだけど」
「征士って体温高いじゃん。だから」
「だから…って…だから意味が……お前、ちゃんと最後まで喋れよ!」
「…………面倒臭い」
「今こうやって問答する分は構わねぇのかよ…ホント意味わかんねぇヤツだなー!」
「だーかーらー、視聴覚室って席、自由だろ?で、エアコン寒いから征士の横座ると若干マシなんだって!」
そう。
暑がりのクセに寒がりの当麻はエアコンが無いと生きていけないと豪語する割に、だからといって強く当たるのも嫌う。
非常に面倒な体質である。というより、とんだ軟弱者である。
こんなのが妖邪と戦ってたっつーんだからマジ驚きだわ…と今更ながらに秀は呆れるばかりだ。
「で、何だ。それで征士待ちか」
「そーなんだよ。アイツ今日、日直でさー…あー立ってるのも面倒になってきた…」
どこまで面倒臭がりだこの何とかと紙一重野郎は。
そんな事を思いながら秀は、そうなるとこの場で大事な事を教えてやらねばならぬと気付く。
「当麻、視聴覚室のエアコン、今日壊れてんゾ」
「へ」
「さっき俺ら視聴覚室で授業だったんだよ。で、壊れてるから暑くて暑くて…って当麻?ドコ行くんだよ」
話の途中なのに当麻は視聴覚室のある別館へ向かい始めていた。
「ドコって…視聴覚室」
「いやいやいや、お前、征士待ってたんじゃなかったのかよ」
「何で」
「何でってのはこっちの台詞だバカヤロウ!」
当麻の眉間に不機嫌そうな皺が出来る。
いやこの場合そういう顔をしていいのは話の途中で離脱された上にマトモに会話をしてもらえない自分の方であるはずだ。
そこも含めて秀はカチンと来た。
「意味わかんねーし、俺まだ喋ってただろーが!」
「だって席埋まる前にちょっとでも涼しく座れるトコロ確保したいだろ」
「さっきと言ってること違うじゃねーか!」
「だって征士体温高いし」
「はぁ!?」
「エアコン壊れてて教室が暑いなら征士の横なんてオレは嫌だね」
手の平を返したようにアッサリと言い捨てる当麻に、些か薄情者を見る目を秀が向けてしてしまうのは仕方がない。
別に本人に悪気は一切ないのは解っているし、多分征士もこういう扱いを受けてもその場で注意するだけで心底傷ついたりはしないだろうが、
それでも、いくら他者より理解度の高い仲間であっても…と思っている間に当麻はどんどん歩き出してしまう。
「あ、オイ、コラ!当麻!!お前っ…征士はお前が待ってると思ってんじゃねぇのかよ!?」
しかし当麻はそのまま渡り廊下を渡り、視聴覚室へ続く階段を上り始めてしまった。
「何なんだよアイツは………ったく、帰ったら説教してやらんにゃならんなー…」
征士を温度調節の道具よろしく扱っておきながら、その必要がないと解るや否やこの切り捨てよう。
幾らなんでもコレは人としても許されるべきではない。
義の戦士としてはコレは見過ごすわけにはいかない。
流石に本人である征士からよりも第三者である自分がガツンと言ってやらねばならんな、と憤慨していると今度はその征士がやってきた。
「秀、どうした。顔がダルマのようだ」
「…どういう状態だよ、そりゃ…」
「見たままだ」
…見たままって俺ぁ見えネェよ…しかもそんな譬え聞いたこともネェよ……なんて感じで先ほどまでの怒りが萎んでしまうからやってられない。
どうも当麻といい征士といい、ペースが人と違いすぎてマトモに相手をするとこちらの調子が狂ってしまう。
「ところで当麻を知らんか」
そうだった。当麻だった。
「当麻ならさっさと視聴覚室へ行っちまったぜ」
「なんだ、いつも寒い寒いと言って人の隣に座りたがるくせに珍しい」
「今日はエアコン壊れてて暑いんだよ、だから…」
そう告げると今度は征士が、なるほど…と言いながら秀の言葉が終わらないうちに歩き出す。
「ってお前もかよ!何なんだよ!!お前らは!人の話を最後まで聞けって!」
「すまない、秀。私も少し急ぎたい」
「何でダヨ」
「どうせ誰かと座るなら比較的涼しい方がいいだろう。当麻は体温が低いからアレの隣を確保せねば」
「は!?」
では私は急ぐので…とさっさと去ってしまう。
それでいいのか礼の戦士。
思わず呆然としてしまい、どんどん遠ざかっていく真っ直ぐに伸びた背を見送る形になってしまった秀は、
チャイムの音と同時に自分の教室へ慌てて駆け出すのだった。
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結局隣同士に座る2人。結局お互い様。
寒くて当麻から隣に座っても征士は嫌な顔しないけど、暑くて征士が隣に座ると当麻は嫌な顔をするんだよ。
当麻の手が冷たくて、寒い時は温める意味で、暑い時は自分が涼む意味で握ってやるといいよ征士。
当麻も顔顰めるだけで征士の好きにさせてるといいよ。
無自覚にスキンシップをしまくってればいいよ。