マフラー



たまたま下足室で遭遇した当麻が白いマフラーを首に巻いているのを伸は微妙な表情で見た。


「………キミのマフラーって確かグレーじゃなかったっけ」


強烈な漂白でもしたのかい?とは続けなかった。
違う事は当然解っていた。
し、その首に巻かれた白いマフラーの元の持ち主が誰かも解っていたから。

ああ…きっとまた”やらかした”んだねこの子らは…

その時のクラスの様子(特に女子の反応)が容易に想像できて伸は益々微妙な表情になる。
けれど伸の微妙な表情の理由を正確に読み取れない当麻は、バツの悪そうな顔をして
少し視線を下に向けながらボソボソと言い訳をし始めた。
だって征士が…と。
自分が情けないのかそれとも不服なのかは知らないが、その言葉を吐くのにだって何故か頬を染めるからまた性質が悪い。

丁寧ではあるけれど些か不器用に巻かれたマフラーは少しでも俯くと口元まで隠れてしまう。


「俺はさ、別にいいってちゃんと言ったんだよ、なのにさぁ……」


だから俺が間抜けなんじゃないからな…と。

間抜けだよ、と言いたいのを伸はぐっと堪えた。
ここでどうこう言うよりも何よりも、まずはそのマフラーを巻き直すよう告げた方がいいのかも知れない。

当麻は服は何でもある程度着崩す癖がある。
規定の着方そのままではなく、自分が落ち着くように、似合うようにアレンジしているというべきなのだろう。
(現に制服だってそうで、そういうのを見ると山育ちの遼などは、都会っ子だよなぁと感嘆の表情を見せるのだ)
だからマフラーの巻き方だって無造作に見えてきちんと自分に合う巻き方をしている。
なのに今の当麻のマフラーはしっかりときっちりと、だけどどこか武骨に、大きなリボン状に結ばれているのはどういう事か。

それは偏にマフラーの元の持ち主が巻いたからなのだろうと伸はあたりをつける。

思わず溜息が漏れた。
その溜息をまた自分への非難と受け取った当麻は、今度は顔を上げて必死に言い訳を始める。


「た、確かにさ、寒いのにマフラー忘れた俺も悪かったって!でもさ、ちゃんと言ったのはマジだぜ!?
征士の方が部活あるから帰り遅いし要らないって!でもアイツ、平気だからって…!」


ホラ出た。やっぱりね。

いつもはグレーのマフラーを大雑把に巻きつけて見えるが、実は案外絶妙のバランスで巻かれている事を柳生邸のメンバーは知っている。
歩き方が悪いのか姿勢が悪いのか、或いはその両方かも知れないが、彼がしているように他の人間が彼にマフラーを巻いてやると
何故だか数歩進んだだけでいつもズルリと滑り、肩から落ちてしまう。撫肩でもないのに。
ソレを知っているからこそ、きっと征士は絶対に解けないようにしっかりと結んでやったのだろう。
細かい芸当とはあまり縁のない彼なりに、解けず、不細工にならないようにするにはコレしかなかったのだろう。

とは思うのだが。


「キミね、自分で巻きなよ、マフラーくらい」

「だって寒いから手ぇ出したくねぇんだよ…」


言った当麻の両手はPコートのポケットに入ったままだ。
この様子だと手袋も忘れたのだろう。
だからもう少し余裕を持って起きろと毎朝言っているのに…と伸はまた溜息を吐いてしまう。
このままでは幸せがどんどん逃げるぞ、と頭の隅でチラリと考えてしまった。


「手袋まで貸されなくて良かったね」

「いくら俺でもそこまで図々しくねえよ」


伸の意図した事はどうやら当麻には一切伝わっていないらしい。
秀がいつか、アイツらマイペースすぎてこっちの調子狂っちまう、と言っていたのを思い出した。
確かにペースが崩されるし、マトモに相手をすると非常に疲れる。
あの戦いの最中、一体誰が想像をしただろうか。
何のブレも見せず己の中に1本太い筋を持っていると思っていた男と、稀代の天才と思われていた不敵な軍師が、
こうも周囲が見えず世間とのズレが激しく大きかったなんて。

情けないやら、呆れ果てるやら。
けれど、どうもそういう抜けているところを見ると、大人びて見えた2人も”弟”らしく見えてきて可愛いからまた困ってしまう。


「で、当麻。キミどうする?手伝おうか?」


勿論、マフラーの事である。
濃紺のコートと青い髪の間にある白いマフラーはコントラストの強さも相まって、
そのリボン結びが妙に可愛らしく見えるのは流石にお年頃の少年としては不本意だろう。
なのに、それでも巻き直す為に手を出すことさえ厭う無精者の末っ子の為に、長兄はもう少しマシな巻き方をしてやろうと考え始めていた。

やはり自分はどうも世話焼きなのかもしれない、と心の中で溜息と共に苦笑が漏れる。


「え?あぁ……」


流石に自分がポケットに手を入れたままという事に気付いたようで、中で手を少しだけ動かす。
それでもやはり出すつもりはないのだろう。
じゃあ、と当麻は言葉を続けて、


「俺の下足箱から靴、取ってくんない?」


とか言うからいつも伸に怒られるという事を、彼は未だに理解していないようだった。




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頭はたかれるんですよ、伸ちゃんに。