デリケートでナイーブ



確かに5人の中では”末っ子”の当麻だが、4人とは同じ学年だし、1学年上の伸とも7ヶ月ほどしか離れていない。
しかもあの戦いの中での事を思うと随分と大人びていたし、大人顔負けの頭脳を見せていた。
これまでの生活でも”生活力”という点に於いては少々難有りといった風だったが、独りという事に慣れていたせいか、”クール”というよりも
いっそ”ドライ”と言ったほうがしっくりくるほどだ。

その当麻がここ数日の間、ずっと何か言いたそうにしているのに気付いていた伸は、4日目にして自分の方から声をかける事にした。

いつもなら言いたい事の殆どを空気も読まずに発言するくせに、まるで何か困りごとがあるかのように頼りない目でじっと見られ続けていたのでは、
流石に伸も「言いたい事があるのなら自分で言いなさい」と自主性を優先させることも出来なかった。
この辺が伸の優しいところであり、甘いところだが、それよりも。



「で、どうしたのさ、一体」


他に誰かが居ては言い出せないかと思い、料理の下ごしらえ中の台所に「ちょっと手伝って」と名指しで呼びつける気遣いを見せながら切り出せば、
玉葱の皮剥きを命じられて青い目一杯に涙を溜め始めていた当麻の手が遅くなる。

大体、何の前触れも無く名指しで手伝えと言われた場合、いつもなら「何で俺だけなんだよ」と文句の1つくらい言う男が、何も言わずに素直に
台所に来ているのだ。
この次点で、伸の何かあるなという予感は確信に変わっていた。

そもそも頭もよく、少々特殊な家庭事情故にある程度の事は独りで何でも解決してきた当麻が誰かに頼らねばならない状況というのは、
大抵が大半の人間ならば子供の頃から慣れている事であったり、生活に密着したような所謂”知ってて当たり前”というようなことの勝手が解らずに
自分自身の中でどう処理すべきか悩んでいる事が多い。
だから今回もそういった類だろうと思いながら、当麻自身のプライドもあるだろうから…と伸は急かす事は無く、それでも何かしら困っている事は気付いてるよと
さり気なく切り出した。


暫くの沈黙。
人参を刻んでいる伸の横で、当麻が鼻を啜った。
まさか泣いているのかと驚いた伸が横目で見ると、単に玉葱が沁みているだけだったらしい。
ほっとして、もう一度、さっきよりも優しく「何かあったの?」と聞けば、隣からは腹を括った気配が返って来た。

くるか。

伸は静かに身構える。
知識はあるのに心の一部分だけ幼いままの末っ子は、一体何を言うのだろうか。そう思いながら。

当麻は皮が剥かれて白い肉を曝け出した玉葱を伸の前に置くと徐に、


「…………去年のプール授業の時って…………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………剃った…?」


と言った。
伸は、


「…は?」


と答えた。


そった?
プール授業?
何が?

どんな事を言われてもいいようにと身構えていた筈の伸の頭の中は、一瞬で疑問符だらけになった。


「そる?…は?キミ、何言ってるの?」


わけが解らず聞き返す。
すると当麻は一度言葉にしたことで勢いが付いたのか、さっきよりもハッキリとした言葉で繰り返す。


「だからさ、プール授業の時だよ。剃ったのか?って」

「”そる”ってだから何がさ」


海老反り?と不審がりながら問い詰めると、当麻の眉間に皺が寄る。
5人の中でも征士と当麻はよく眉間に皺を刻むことがあるが、そこには口下手な彼らなりの感情が込められている。
今回の皺は、「何で通じないんだよ」と言いたげな皺だ。

それは解ったが、それでも当麻の「そる」の意味が解らず伸は諦めずに、「本当に何のこと?」と聞き返した。
決して口調は苛立たないように気を遣って。
すると当麻が小さく溜息を吐いた。
お互いに平行線になったままでは解決しないと理解したのだろう。


「だからさ、…………その、………腋、だよ」

「ワキ?」


言われた伸の中で、”ワキ”と”そる”がくるりと回って、漸く合点がいった。


「あ、腋毛を処理するかってこと?」


そう言いながらも視線は自分の腋ではなく、当麻の腋に向ける。
咄嗟に当麻が見えても居ないのに腋を締めて、まるで隠すような体勢になった。

当麻は腋と言わず、体毛が全体的に薄い。
腕も臑も、そして顔にも毛が無い。
腋と股間にはちゃんとあるのだが、それだって多いとは言えない量だ。
何もジロジロと見るような趣味はないのだが、それでも風呂で一緒になる事は偶にある共同生活のお陰と言うべきか、何と言うべきか、
その毛の量はそれとなく伸も知っていることだった。


「…………………当麻、…剃ったら毛が濃くなるっていうのは、信憑性の無い噂だからね」

「違うわい!誰が毛の薄さを気にしたよ!!!」


だからてっきり男らしさに一歩足りない毛を気にしてかと思った伸が小声でアドバイスをしたのだが、どうやら的外れだったらしく
当麻は垂れた眦を本人の中で精一杯上げて反論してきた。


「え、違うの?」

「違う!全然違う!それに俺だってあと何年かしたら秀くらいに生えるかも知れないだろ!」

「キミの親って、毛深いの?」

「……………ぅぐ……っ!」


話で聞く限り、父親も母親も毛深いとは到底思えない。何となくではあったけれど伸がそこを尋ねると、案の定、当麻は言葉に詰まった。


「兎に角さ、何も体毛が薄いって言うのは悪いことじゃないんだから、別に気にしなくたって」

「だからそうじゃないってば!」


諭そうとした伸だったが、当麻に遮られる。
そう言えば最初の次点で「違う」と訴えられていたっけか。伸は思い返して、ごめん、と軽く謝罪する。


「じゃあ一体何?」


男で腋の処理を考える理由が解らず、お互いに落ち着こうという意思表示で声のトーンを落として聞くと、当麻が落ち着きをなくす。
平たく言うと、モジモジし始めた。
末っ子という事で考えると可愛らしく見えなくもないが、肝の据わった軍師という点で考えると何故か腹の立つ仕草だ。
片眉を上げて、さっさと言いなさい、と促すと当麻はやっと口を開いた。


「…………………毛の色がさ…」

「…ああ、」


言われてやっと当麻の言いたい事が見つかった。

当麻の髪は青い。
染めたわけでもないのに、見事なまでの青だ。
生来のその色は髪に限った事ではなく、眉毛や睫毛も青いのだから、彼の色素がそういう構成になっているのだろう。

それはつまり、彼の他の体毛も同じ、という事だ。

非常事態極まりない状況で出会ったために驚く間さえなかったが、普通の人間では考えられない色。
そしてそれが体毛もそうだと知った頃には既に見慣れすぎていて、特に変だと思う事さえなかった色。

当麻の体毛は青かった。
金髪の征士の腋や体毛が、頭髪に比べて少し暗い色合いであるのと同じように、当麻の体毛も髪に比べると暗い色をしていた。
眉や睫毛はあまり解らないが、腋や、そして股間も確実にそうだった。

仲間からすればどうという事ではない色。
だが、そうではない者からすれば随分と特異な色。

街中に出れば当麻を振り返る者は多い。
染めているとしても鮮やかなまでの色は、天然だと知ると余計に興味をそそられるに違いない。
それは、まだお互いをあまり知らない状態のクラスメイトからすれば、随分と気になるに違いない。

だが、待てよ、と伸は考える。


「………ねぇ、キミ、中学校の時はどうしてたのさ」


まさかキミ、腋に毛が生え始めたのが最近ってことはないよね?と小さく聞くと、足を踏まれた。
心外だったようだ。


「中学の時は………そのままにしてた」

「じゃあ見られたんじゃないの?」


当人は真剣に悩んでいるようなので言葉にはしなかったが、「見られるのに慣れてるんじゃないの?」とも思った。

だが当麻は首を横に振った。
見られていないのか、慣れていないのかは解らないが、兎に角「NO」という意思表示。


「どういうこと?」

「だってさ、中学って半分くらいは同じ小学校から行くだろ。俺、私学じゃなかったしさ」

「…うん」

「そしたら元々俺の髪が青いのを知ってる奴が半分くらい居るから、ビックリする奴も半分だけで済むんだよ」

「そうだね」

「…………でもさ、こっちに来たら俺の事を知ってるのって殆ど居ないだろ。それこそ皆くらいで」

「うん」

「………………………クラス中から、好奇の目で見られると思うと、何か………………辛い」


だ、そうだ。

目立つ容姿の癖に(寧ろ、せい、かも知れない)人に見られることが得意ではない当麻からすれば、興味を向けられるのは苦痛に近い。
しかも体毛の薄さを指摘しただけで若干噛み付く程度には、その薄さを気にしているらしいのだから、そんな箇所を注視されとなると尚のこと。

しかし普段憎たらしいほど冷静な末っ子は、どうやらこれから先に起こるであろう出来事への精神的負担の大きさにすっかり失念しているようなので、
優しい長兄は優しい目で、そして優しい言葉を選んで、現実を告げた。


「まぁ剃っても結果は同じだと思うよ」


と。


「………なんで」

「だって男で剃ってる子っている?いないでしょ」

「…まぁ、なぁ」

「もしも剃ってごらんよ。腋毛の色を気にしてて盗み見たら、剃ってるんだよ?そっちの方がインパクト強くない?」

「…………………」

「そしたらさ、今度は次の授業の時も、その次の授業も見られる事になるよ。羽柴君、剃ってるのかなって」

「……………それは、…………うわぁ…」


兄に言われて漸く気付いたのだろう。当麻は神経質そうな肉の薄い手でそっと顔を覆った。


「だからさ、最初の時だけ我慢する方向で、剃らない方がいいよ。1回見たら飽きるんだろうから。それにそれでもどうしても恥ずかしいとか嫌なんだったら、
いっそのこと征士の後ろに隠れちゃいな。あの子も目立つし、結構筋肉質だから逆に自分の体が悲しくなってキミ達から目をそらしてくれるかも知れないよ」


人に見られる事を嫌うのは末っ子も次男も同じだが、腹を括るのは断然、次男の征士のほうが早い。
当麻はいつまでもぐじぐじと悩む方だ。
(それでも一度開き直るとトコトン強いという面もある)

だから伸は同じクラスの征士に盾になって貰うのも手だと教える。


「それからさ」


それから間髪入れず、手を伸ばし。


「キミ、玉葱剥いた手で顔を覆うのはやめた方がいいよ。ほら、顔、洗っておいで」


声を立てずに悶絶している末っ子に、今とったばかりのタオルを手渡してやった。




*****
腋毛問題。
毛が青いわ薄いわで、当麻としては結構な問題だと思いますが、周囲は思うほどまともに見れないと思います。
だって綺麗な色してたらドキドキするじゃないですか!