昼下がりのリビング
遼が散歩から戻ると、リビングには当麻の姿しかなかった。
天気のいい昼下がりの部屋には暖かい陽だまりができていて、そこにいるからてっきり当麻が眠っていると思って遼は物音を立てないよう
注意を払って近付いたが、意外な事にも彼はぼんやりと外を眺めているだけだった。
「わ、当麻起きてたのか」
「起きてちゃ悪いのかよ」
どうせ俺は寝汚ないよ、と言葉はあんまりな表現を使っているが、表情からは別に気を悪くした様子は見えない事に安心して遼は隣に腰を下ろす。
「みんなは?」
「ナスティは川へ洗濯に、伸は山へ芝刈りに行きました」
「で?」
「秀はデッカイ豆の木を伝って空へ行って…」
「うん」
「征士は助けた亀に連れられて竜宮城へ行った」
適当な事を言っているのは明らかなのに、にこにこと聞いている遼に当麻が逆に顔を顰めてしまう。
これが相手が伸なら無言で頬を引っ張られるだろうし、秀ならからかってんのか!と怒り出すだろう。
征士ならきちんと話さないかと下手をすれば説教まで始まっているかも知れない。
なのに遼はいつだってこう、だ。
「………何か言えよ」
「だって何かソレって想像すると面白くってさ」
「他の連中なら怒ってるトコだって」
「あはは、かもな」
こういう所が、大将だな、といつも当麻が思わされるところだ。
別に当麻だって嘘を吐いたり、仲間の誰のこともどうでもいいとは思ってなどいないが、一人一人それぞれの反応が面白くて
ついこうして適当な事を言ってしまうのを、遼はいつだって真正面から受け止めようとする。
遼のこういう所ははっきりと好ましいと思えた。
「本当に今誰もいないのか?」
少しの間を置いて遼が本当に驚いたように聞いてきたので、当麻は思わず噴出してしまった。
「…何で笑うんだよ」
「悪い、別に笑ったっていうか…いや、笑ったけどさ、そういうつもりじゃなくて…何か遼らしいなぁって。
ナスティと伸は買い物、征士は部活、秀は実家にゲーム取りに帰ってる」
「ああ、じゃあ今2人きりか」
何もない昼下がり。
気付けば白炎もどこかへ行ってしまったらしい。
ここに秀でもいればこの2人ももう少し騒がしいが、今は彼はおらず、そうなるとこの広い屋敷の中はしんとしてしまう。
「……こうして当麻と2人だけになると、あの時のこと思い出す…」
ふいに遼がそう口にした。
表情はどこか穏やかだ。
あの時。
それが征士たちが妖邪界に捕らえられ、本当に2人だけになってしまった時を指しているというのは当麻にもすぐに解った。
しかしそれは決して愉快な思い出ではない。
圧倒的不利の中、下手をすれば残った仲間である互いでさえ失いかねない緊張感と恐怖が常に傍にあった。
そんな穏やかな顔で思い出せるものでは、決してなかった。
「………こんなノンビリした空気の中で思いだす事じゃないだろ…」
「そうだけどさ。………何か、2人だけで取り残されたみたいで思い出しちゃうんだよ」
「……俺、席外そうか?」
きっとこの先もずっと戦いの記憶は消えず、ともすれば永遠に自分達に付き纏う重苦しいものにもなりかねない。
それを思い出させるのは良くないと判断した当麻だったが、それを遼が慌てて止めた。
「そういう意味じゃないったら!……その……何だろう、上手く言えないけど、何か照れくさくって」
遼に腕を引っ張られ、途中で浮かしたままになっていた腰をもう一度ソファに落とした当麻が首を傾げる。
「照れくさい?照れくさいってなんだよ」
「だから俺もよく解らないって。…でも照れくさいんだよ」
あー、そう、照れくさい、へぇー…と言葉だけをなぞって当麻も口にする。
あまり自分には解らないことだ、と思いながら。
戦いの記憶を思い出してそこから照れるという感情に、どうやれば繋がるのだろうか。
一瞬悩んだが、遼は時々人と考え方がズレているからそのせいだろうと早々に結論付けてまた黙った。
自分だってズレているくせに、当麻にはその自覚はあまり無い。
何気なく隣を見ると、いつの間に取り出したのか遼は鎧玉を手に取り眺めている。
その顔だってまた穏やかだ。
「………何、嬉しそうに」
「んー?…いや、コレが無かったら俺たち、あんな経験してないんだなーと思ってさ」
「まぁな……ってソレもそういう顔で思い出す事じゃないと思うんだけど」
「そういう顔?」
「嬉しそうな顔。あんなボロッボロになるまで戦わされたんだ、なぁんにも嬉しいこと無いだろ?」
何回も死ぬ思いをした。
それも言葉の上だけではない、本当に命の危機を何度も感じたものだ。
「そうでもないよ、いい事もあった」
「えー?あるかぁ?」
「あるよ、当麻たちに会えた」
純粋に、真っ正直な言葉に、思わず当麻が赤面する。
自分には一生かかっても言えないだろう言葉だ。
「…いや、……うん、そう、…そうなんだけどさぁ…」
「当麻は嬉しくないか?俺は、嬉しいけど」
「いや、俺だってうれ…うん、嬉しい、よ……」
言っていて恥ずかしい。
他の仲間がいなかった事に感謝したいほどに。
居たら絶対に盛大にからかわれるに決まっている。
さっきの遼の言葉とは別の意味で当麻は照れくさくなっていた。
照れ屋である彼は、こういう時はさっさと話題の転換を試みる。
「で、でもさ!…俺はもうあんな思いは懲り懲りだからな…!」
「あんな思いって?」
「もうあんな死ぬかも知れないっていう状況だよ…」
「ああ、そういう事か」
事も無げな返事に、また当麻は驚いた。
出会った当初はもっと頼りなくていつだって勢いばかりが先走っていたはずの遼は、いつの間にかどっしりとして
本当に大将の風格を持っていた。
「そういうって……お前さぁー、何でそんな余裕あんの。鎧玉がまだ手元にあるって事は、まだ戦わされる可能性だってあるんだぞ」
「だって仮にそうなっても当麻が策を立ててくれるだろ?」
まるで我が事のように誇らしげに、自信に満ちた笑顔を遼は見せた。
「…………何年後か解らないんだぞ。…中年になってまで戦わされたらどうすんだよ…体力とか気力とか、多分落ちてるしさ」
「でも俺は当麻の策なら、安心して戦えるよ」
さらっと言われた言葉に、心臓をぶち抜かれる感覚を味わう。
きっとその時になっても遼なら本当に何も聞かずに何も言わずに、言葉の通り、軍師としての自分に全てを預けてくれるのだろう。
これが本当に戦国時代ならそれは最大級の口説き文句だ、と当麻は思った。
「……実際そうなったら、伸なら無茶だって言うな。心配性はきっと変わらないぞ」
「征士は、説明はもっときちんとしろ、って言うかも。きっちりしてるから」
「で、秀がどーでもいいから早くやろうぜ!って言うんだよ、アイツ単純だから」
何だか光景が目に浮かぶ、と遼が笑って当麻もつられて笑った。
もっと大人になって、それぞれの人生を歩み始めて、きっともう一緒に過ごすことなど少なくなってしまって。
それでもまた集まらなければならなくなったとして、その時にも今と同じように会話をするのだろうか。
あの鎧を着て命を懸けるのだろうか。
「それでもさ、最後に遼が、行こう、って言ったらみんな結局納得するんだよ」
だけどもしそうなってしまっても、きっと遼が大将ならきっと大丈夫だ。
当麻がそう思うように他の3人もきっとそう思うだろう。
「そうかな」
「そうだよ。……あー、じゃあ皆せいぜい身体大事にして貰わないとなぁ…
膝が痛くて走れませんとか、関節が痛くて武器が持てませんとか言われたら幾ら俺が天才でも策が立たないし」
「当麻も寝違えて首が回らないので弓が射れません、なんて言わないでくれよ?」
「何でソコで俺だけ寝違えなんだよ!もうちょっと普通に歳相応の衰え理由をくれよ!」
当麻に胸座をつかまれ揺さぶられながら笑う遼の声が、2人だけのリビングに響いていた。
いつかもし、そんな時が来たとしても。
きっとその時だってこんな風にまた笑えるような気がした、天気のいい昼下がり。
*****
平和が一番に変わりは無くても、それでもきっと大丈夫と思える仲間がいる幸せ。