満天の星空で会いましょう




プラネタリウムの上映内容は頻繁に変わるものではない。
お陰で征士は、実際の夜空の中からアルクトゥルスとスピカを見つける事だけは得意になっていた。
今現在行われている解説では北極星の説明もされているのだが、そちらだけはまだ自信を持ってこれだと言えない理由は、
探している最中に光の弱い星を見落として数え直しているうちにワケが判らなくなってしまうからだった。

何にしても征士は夜空を見上げれば、すぐに見つけられる星を得たわけだ。
そうなってくると益々星空を見上げるのが楽しくなってくる。

ほぼ毎日実際の空を見て、雷光が休みの日を主にプラネタリウムにも足を運ぶ。
それほどにブループラネットに通っているが、征士はちっとも飽きたりはしなかった。
星の解説には大まかな流れがあるが、そこに羽柴が個人的に挟む小話が毎回違うお陰だ。
例えば今日なら、誕生日星と言うのがあるらしく、羽柴はなんとスピカがそうだとか。
それを聞いた征士は、自分がほぼ毎晩探しては一人満足していたあの星が急に身近なものに思えて、密かに胸を熱くした。

今回の小話は他にもあった。


「今日は雲が多いから、星の観察には向かないかも知れませんね。そこにくるとプラネタリウムはいつでも満点の星空が見れる。
いい時代になったものです」


と暢気に言った羽柴は今日も客の笑いを取っていた。
そして言ったのだ。


「昨日もね、僕は星を見に行ったんですが…この時季の星の観察に必要なものって解りますか?」


と。
すると最初の彼の言葉ですっかりリラックスしたらしい子供が、望遠鏡!と得意げに声を上げた。
羽柴は笑いながら、正解、と言ったがその後ですぐに「まだ他にもありますよー。さぁ、何でしょう?」と続ける。

他に何があるだろうかと征士が考えている間にも、思考の柔軟な子供たちは次々に何かしら答えていく。

テント。
ランタン。
寝袋。
こなるとまるでキャンプのようだ。
星の地図と言った子供もいた。
そして、ご飯!と言った子供には、ひと際強い声で「そう!それは絶対に大事!」と羽柴は同意していた。


「さぁ、他には?もうありませんか?」


だが羽柴はまだ何か大事な物があるように言う。
子供が主に答えていたが、征士も何か答えたくて必死に考えていた。
だが何も思い浮かばない。
妹からしょっちゅう頭が固いと言われるが、この時ほどそれを悔しく思った事はないほどだ。


「出ない?………じゃー、答え。……この時季、必要なものは………虫除けスプレーと、痒み止め、です!」


子供たちと同じくらい弾んだ声で出された正解に、あちこちで「あー」だとか、「そんなのわかんないよー」という反応が返ってくる。
征士はその答えに、なるほどと納得していたクチだ。


「実は昨日の観測の時、僕はその2つを忘れてしまって何箇所も虫に刺されまして……もう痒くて痒くて、今も我慢しながら座ってます」




毎回変わる小話の後はいつもの通りアルクトゥルス、スピカ、そして征士が未だに上手く見つけられない北極星の解説をして、
今回の上映は終わった。
出口の近くに待機している係員の誘導に従って少しずつ客はドームを後にする。
征士もその列に加わって出口へと向かった。


出口の扉をくぐり通路を抜けると、少し開けた場所に出る。
そこに目安ボックスと書かれた投書箱と、それに対する回答を貼り出す掲示板は今日もちゃんとあった。
征士はそこで一旦足を止める。

アンケートに答えたい。
だが来るたびに書いていて気持ちの悪いやつだと思われていたらどうしようという気持ちが、少し芽生え始めていた。

これは考えすぎかもしれないが、そう思ったキッカケは、前回の投書に対して返答が貰えなかったことだ。
投書は征士以外からも幾つか来ているのは掲示板を見れば解ることだが、筆跡を覚えられていないとは言い切れない。
気持ち悪いとまで思われてなくたって毎週来てるなと思われるのも恥ずかしいし、何より返事を書かせる事が相手に負担になっている
可能性だってある。

そもそもアンケートはプラネタリウムの今後の運営の参考として必要だろうが、何も来客全てに与えられた義務ではない。
だから今回は書かないというという選択肢が征士の中にもある。
だが、書きたい。
何故なら羽柴は今日、虫に刺されて痒いと言っていた。
そして征士は虫刺されに、よく効く薬を知っているのだ。
”思い出通り”の端に山之内薬局というのがあるのだが、そこの薬剤師でもある店主の山之内が調合する痒み止めは、
かなり質がいいものだ。
痒みがピタリと治まる上に、治りも早い。しかも刺激が少ないから、目の回りや皮膚の弱い場所にも使えるほどだ。
羽柴が刺された場所がどこかは知らないが、痒くて堪らないと言う彼にこの薬を教えてやりたい。
雷光に来れるのだから、山之内薬局にだって行けるだろう。だから教えてやりたい。
だが、もし気持ち悪いと思われていたら……と思う征士は、目安ボックスの前で難しい顔をして只管に悩み続けた。


「…………………」


悩む。
ただただ、悩む。
迷惑かも知れないし…とは思うのだが、だがあの薬を教えてやりたい。
そして実はちょっとだけ、彼が3日連続で買ったと言う饅頭に対する感想も聞きたい。
流石にこれはプライベートなことだし、それを書けば確実に気持ち悪いと思われるに決まっているから書けないけれど、
書かないけれど、それでもせめて薬のことだけは教えてやりたい。

悩みながら、何気なく掲示板に目をやった。


「…………………、…」


そして目を見開く。

そこには、先週書いた自分への回答が貼り出されていた。
担当者の欄には、羽柴の名前。

『一生懸命に星の話を聞いてくれてありがとうございます。解りやすく、そして身近な存在として星の事を楽しいんで欲しいと
スタッフ一同思っている事ですので、とても励みになります。今回の星の話はどうでしたか?
これからももっと楽しんでいただけるよう、より一層頑張っていきますね』

という内容はとても模範的なものだった。
だがそれでも征士にはとても心が救われるものだった。

アンケートを記入しても、いいんだ。

そう思うと、征士は喜んで用意されているペンを取り、いつものようにアンケート用紙に来館頻度や設備への満足度を記入し始めるのだった。
饅頭の感想は、当然ながら書かなかった。




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山之内薬局では薬の他に、宅配便の受付窓口とクリーニングの受付窓口もやっています。
店主の趣味だそうです。