天国で地獄
「まーあそう言ってやるなって!な?」
化け物が居る場所は嫌だと断った当麻の肩を、豪快な男がバシバシと叩いた。
そして座り込んだままの、頬に傷のある男に手を差し伸べて立ち上がらせる。
「ちゃんと話聞いて、そんで俺たちの中から選んでくれよ」
いいだろ?と邪気のない笑顔で聞かれ、つい当麻も頷いてしまった。
頬に傷のある男の仕事場は確かに地獄だと言っていた。
だがそれだってとても大事な役割で、そして彼がいなければきっと大変な事になるだろう場所だ。
それを思うとその責任は重く、そんな場所だからこそ首が3つある生物は彼に取っての大事な癒しだったのかも知れない。
それなのに、詳しく話も聞かずに勝手に恐れ、無碍に断るのは良くなかったかもしれないと当麻は反省する。
重い仕事であればあるほど助手は必要になるだろう。
他の神様たちの役割を聞く必要もある事から、豪快な男の言葉は尤もなものだった。
「そうだよな……その、…ごめん」
「いや、お前が謝る必要はねぇって。俺の仕事場はそういう環境だし、死んだばっかのお前じゃ素直に頷けねぇだろうしな」
悪かったと思って謝罪の言葉を口にすると、頬に傷のある男は気楽に答えてくれた。
見た目は怖いが、神様という事もあってやはり彼も根は悪くないようだ。
それを思うと”抜け駆け”しようとした栗色の髪の男が少々、ズルく思えてくる。
そして最初に物でつろうとした美少女も。
選択肢としての4人の神を前に色々と考え始める当麻を余所に、豪快な男は他の神様たちに話しかけ始めた。
「んで?」
「何がだい?」
「だからよ、えぇっと……当麻に選んでもらうんだよな?」
「そうですわ」
「で、えーっと……何を基準に選んでもらうんだ?」
にこにこと笑って尋ねると、栗色の髪の男があからさまに溜息を吐く。
そして親しげな様子でニコニコとしたままの男に体ごと向き直った。
「自分のところにきた場合の利点を提示してたんだ」
「へぇ、利点か。つまりアピールタイムって事だな」
「ま、そういう事だね」
苦笑いしながらの返事を貰うと豪快な男は嬉しそうに鷹揚に頷く。
「まあここは公平に行こうぜ」
大らかそうに笑う男はそう言って、先ずは頬に傷のある男を自分の横に並ばせた。
次に栗色の髪の男と美少女にも自分の横へ来るように呼びかけると、横一列に並ばせる。
そしてまた頷くと、コホンと咳払いをした。
「んじゃ、まぁそういう事で……」
当麻の正面に、神様たちが並ぶ。
右から順に、美少女、栗色の髪の男、豪快な男、頬に傷のある男と並んだ。
「これからお前が助手になった場合の特典を話してやっからよ!それでお前、選べ!」
胸を張って言う男に、当麻は首を傾げた。
「………特典?」
「そー!お前はどこに行ったら一番得するかで決めろ!」
「……………役割じゃなくて?」
「役割?」
「その…………みんなは神様で、それぞれ役割があるからその助手にって…俺、ここに呼ばれたんだよな?」
それも本来の寿命よりもかなり早くに召されるという形で。
それを訴えると、豪快な男は首を傾げた。
「…違うのか?」
「いや、そうだけど……………えぇっと……」
急に口篭り、そしてまるで救いを求めるように栗色の神の男に視線を送る豪快な男を、当麻は胡乱な目で見た。
「確かにキミには僕らの手伝いをして欲しい。だけどそれは色々ありすぎて、口で説明するのは難しいんだ。だからキミに利点を提示するから、
それで選んで欲しいんだよね。そっちの方が早いし」
豪快な男と違って澱みなく言われると、どうも逆らいきれないものが彼にはある。
完全に納得がいったわけではないが人間の感覚ではどうも理解するのに時間がかかる役割なのかも知れないし、と当麻は半ば無理矢理に自分を
言い聞かせて男たちを改めて見た。
人の理解の範囲を超える存在を信じた事はなかったが、それでも今目の前にいるということはそれが真実だ。
その神を、一介の人間(もう死んでしまったけど)の自分が選ぶだなんてどこかおこがましい気もするが、彼らが選べと言っているのだ。
これはもう、選ぶしかないのだろう。
そう思って見る。
美しく優雅な少女。
優しい笑みを湛えた栗色の髪の男。
揺ぎ無い安心感を与えてくれる豪快な男。
頬にある傷も手伝って見た目は怖いが、サッパリとしていて実は親しみやすい男。
そして、眼帯の男と、蛇に似た男。
が、増えていた。いつの間にか。
「………………何か、…増えてる…」
呆気にとられた当麻が呟くと豪快な男は笑ったまま当麻の視線を辿り、一度そちらを見てから顔を正面に戻し、それから驚いてもう一度、
増えている男たちを見た。
「っちょ!!!お、お前ら、いつの間に!!!」
「公平に行くのだろう」
豪快な男が噛み付くような勢いで言うのに対し、眼帯の男はそれを煽るような態度で淡々と答える。
「我々を抜きにして4人だけで選ばそうなど、どこが公平なものか」
蛇に似た男はもっと淡々としていた。
こちらは表情さえ変わらないので本当に淡々としている。
それが当麻の目には不気味に映り、無意識に後ずさりをしてしまった。
「…何も取って食おうというわけではない。安心せい」
「……………っ」
極端に小さい黒目だけで見据えられ、当麻は息を飲む。
慈悲深い神ではなく、畏敬の対象としての神。そんな印象を与えてくる男だった。
「大丈夫だよ、見た目はキミたちには怖いかもしれないけれど、悪いやつじゃない」
その遣り取りを見かねた栗色の神の男がフォローを入れる。
彼がそう言ってくれると大丈夫な気がしてきて当麻は漸く肩の力を抜いた。
「ったくよぉ………………………んじゃあ、ホント、仕切りなおしだな」
豪快な男が腰に手を当てながら少し大きな声を出すと、眼帯の男が腕組みをして彼を見た。
「何をすればよいのだ」
「アピールだってよ。俺らが当麻に何をしてやれるかっていう」
「何をしてやるも何も、コイツは我々の手伝いをする立場であろう」
「まぁいいじゃん。人間は何だっけ、えーっと……………ギブアンドアップ?ギブアップ?」
「ギブアンドテイク」
豪快な男の足らない言葉を、栗色の神の男が拾う。
すると彼は照れたように頭を掻きながら、そうそれ!と嬉しそうに頷いた。
中々に大らかで、人が良さそうだ。…結局彼も、新たに増えた2人を抜きでやろうとしたあたり、抜け目ないようではあるが。
「人間にゃあよ、ギブアンドテイクっつーんがあるからな!」
「つまり、持ちつ持たれつ、だな」
蛇に似た男が呟く。
そして当麻をまた目だけで見た。
「ワシのところに来るのなら、様々な錬金術を教えてやろう」
錬金術、と言われて具体的に何というのは浮かばない当麻だが、知識欲旺盛だった彼はそれでも興味をそそられる。
ついごくりと喉を鳴らしてしまった。
見た目は怖いが悪いヤツではないという彼の元へ行くのも悪くはないかもしれない。
「私のところへ来い。最高の夢を見せてやろう」
当麻の気持ちが蛇に似た男に傾いたのが解ったのか、眼帯の男がすかさず誘いをかけてくる。
「夢?…夢って………寝て見る、夢?」
「そうだ」
ことんと首を傾げて聞けば、眼帯の男はゆっくりと頷いた。
寝る事は大好きな当麻はその答えにも気持ちが揺れる。
「俺んトコは……まぁ何だ、…さっきも言ったけどよ、地獄だし……ま、アレだな。その代わり静かで落ち着いた環境を与えてやれるぜ」
頬に傷のある男も控えめではあるが発言をした。
彼のところは首が3つあるとはいえペットもいると言うし、慣れればそれなりに楽しめる環境かも知れない。
問題は慣れるかどうかだが、彼と一緒なら大丈夫な気がしてくる。
「よっしゃ、んじゃ俺ぁアレだ!お前の遊び相手になってやるぜ!」
豪快な男は胸をドンと叩いて誇らしげに言った。
遊び相手というのも結構魅力的だ。
遠巻きに見られるようになって以来、当麻は友達と遊ぶという事がめっきり減ってしまっていたから尚の事。
彼らの提示する条件に加えて、さっき聞いた栗色の神の男と美少女の条件も天秤にかけてみる。
錬金術を教えてくれるという男。
いい夢を見せてくれるという男。
地獄にありながら静かで落ち着いた環境を与えてくれるという男。
遊んでくれるという男。
お菓子を作ってくれるという男。
そして、星を見せてくれるという少女。
ただ誰も彼もその条件だけでは素直に頷けないのも事実だった。
蛇に似た男は悪いヤツではないだろうが、何を考えているのかさえ解らない男だ。
一体どんな錬金術をしているのか、普通の人間である当麻から見て真っ当なものなのかどうか怪しいことこの上ない。
眼帯の男はいい夢を見せてくれるといったが、只ならぬ怪しい雰囲気を持つ彼の言う”いい夢”というのもどこか安心できない。
頬に傷のある男のところに行ったとして、慣れればそれなりに幸せかもしれないが、環境に慣れなかった場合は正しく”地獄”だろう。
豪快な男は見たまま体力が有り余っていそうだ。そんな男の遊ぶのは、こちらの体力がついていかなさそうではある。
栗色の神の男はとても優しそうで、この中で一番”神”のイメージに近いのだが、美少女が現れた時の態度から考えると怒らせると半端なく恐ろしそうだ。
美少女に至っては、そういうお年頃だった当麻にはちょっとドキドキしてしまう相手だが、彼女も最初のあの気の強そうな態度が何やら恐ろしく思える。
どれを選ぼうにも少し躊躇いが生まれてくる。
どれもこれも神様なのだろうけど、どうも素直に手を出せない。
6人の男女を前に思わず頭を抱えてしまった当麻の背後で、何かが聞こえてくる。
「……………?」
振り返ると、当麻と歳の近そうな姿をした少年が走ってくる。
その後ろには、赤茶けた髪を律儀に切りそろえた、見るからに生真面目そうな男もいた。
「ま、間に合ったか…!!?」
少年が息を切らせて言った。
声の感じも若い。
美少女よりは年上に見えるが、やはり当麻と歳が近そうな彼はつり上がった目を真っ直ぐに当麻に向けてきた。
「まだ、まだ誰も選んでないか!?」
「え、…あ、うん」
勢いをつけた質問に当麻が頷くと、彼は嬉しそうに笑う。
追いついた生真面目そうな男も微かに笑みを浮かべた。
そしてすぐ真顔になると当麻の前に並んでいた6人を厳しい目で見る。
「一体どういうつもりだ」
「……どういうって……」
バツが悪そうに口を濁した大柄に、生真面目そうな男は視線を送ると更に厳しい口調になった。
「私たちに何の連絡もなく、何を勝手に話を進めている」
「何の連絡もなくって言うけどよ、オマエはそのガキの世話で今は手一杯だろ」
頬に傷のある男がツリ目の少年を顎でしゃくった。
すると少年の頬に朱が走る。
「が、ガキじゃない!」
「そうやってすぐ怒るくせに、何がガキじゃない、だっつーんだ」
「怒ってなんか…!」
「やめないか、2人とも!」
ツリ目の少年が掴みかかろうとしたのを、生真面目そうな髪の男が制止に入った。
「まだ精進中の彼を私は導いているに過ぎない。彼は彼で自立しようとしているのだ。それを茶化すな」
「茶化すなというが、ならば尚更お前は当麻を構う事など出来んだろう」
眼帯の男が口を挟む。
生真面目そうな男は律儀にも体ごと彼のほうに向き直った。
「彼を導くことと、当麻を助手として迎えることは全くの別件だ。何の問題もない」
「ではお主らはこの人の子に何の利点を与えられるか申せばよい」
だが蛇に似た男にそう言われたのには、ツリ目の少年も生真面目そうな男も一気に狼狽え始めた。
「り、利点……」
「利点、とな…」
どうやら正真正銘、一生懸命な少年と四角四面っぽい男はこういった交渉が苦手なようだ。
暫く困ったあとで、先ずは少年が意を決したように当麻の手を握った。
「お、俺…!頑張るから!!」
何を。というのが完全に抜けている。
しかしその余りにも一生懸命な姿に当麻はつい頷きそうになるのだが、冷静に考えて自分はこの場所に不慣れな身だ。
彼も未だ精進中だというのであれば、不慣れな者同士になってしまう。
(見た目は)歳も近そうだし、手を差し伸べたくなるが、彼には悪いがやはり躊躇いが生まれる。
そして。
「わ、……私のところへ来れば………そうだな、命は何故生まれ、そして何を成して、何を持って全うしたと言える生となるかという心理を
お前に見せてやろう」
赤茶けた髪を真っ直ぐに切りそろえた男は、生真面目そうな外見にピッタリの答えを寄越した。
壮大なテーマではあるが、はっきり言って当麻には全く興味のない世界だ。
「クソつまんねぇな、オイ」
頬に傷のある男の発言に、当麻はコッソリと同意した。
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螺呪羅、那唖挫、それから遼と朱天。