浦沢町1849-5



祠前で起きた殺人事件の第一発見者は、仁志高校で用務員を務めている寺本だった。
彼が学校内に居る時間は夕方の5時から翌日の9時まで。これを日曜日の夕方から木曜日の朝まで繰り返す。
木曜日の午後から日曜日の朝は学校の教員が交代で寝泊りしているのだが、死体が発見されたのは月曜日の朝だった為に寺本が第一発見者となった。

日曜日の夕方に学校に着いた寺本は、完全に施錠する8時までの時間を保管されている鍵の点検をしたり、宿直室でテレビを観たりして過ごした。
8時になったので校内を締めて回り、そしてグランドに未だ残っている学生達に声をかける。
その時に彼らが既に下足用の靴に履き替えていることを確認して、下足室も施錠する。その後はすぐに宿直室へ帰った。

月曜日の朝はいつもと同じように6時に起きてまず校門前とその周辺の清掃をした。
これはいつも大体1時間かけて行う。
その日も同じで7時ごろまで清掃をしていた。
この時に体育教師の佐藤と校門で挨拶を交わしている。
佐藤は毎週月曜日だけは早く学校へ来ていた。日曜日に学生達が部活で使った器具を、きちんと戻しているかチェックする為だと言う。
その佐藤と校門で会った時、寺本は既にゴミを纏めて後は焼却炉へ運ぶだけというところだった。

普段は学生達が各教室の清掃を済ませる午後の3時半過ぎに動かしている焼却炉だが、月曜日と木曜日だけは朝から寺本が動かしていた。
色々な授業が行われている以上は教室で出る通常の紙等のゴミの他にもゴミは出て、それらは放課後だけの運転では間に合わない。
学校周辺にも不届き者が捨てたゴミもあったりするものだから、それは尚のこと。
だから寺本はいつも、学生達が登校してくる前にそれらのゴミを纏めて燃やしていた。
月曜日と木曜日を選んだ理由は、単に自分が寝泊りする初日と最終日だからだ。
何も焼却炉の運転が義務付けられているわけではないのだが、寺本本人が進んでしているだけの事だ。他の教師達に強制するつもりはない。
長年ここで用務員を務めている寺本は、真面目な性格だった。

その寺本が佐藤と別れ、焼却炉へ向かうと異変に気付いた。
いつもなら施錠されている筈の裏門が、開いたままになっているのだ。

昨晩、鍵をチェックしたときに裏門の鍵はちゃんと職員室に保管されていたし、裏門自体も閉まっていた。
なのに今、裏門が開いている。
変だなと思ったのだが、焼却炉にゴミを入れることを寺本は優先した。
学生たちの授業中に黒い煙を出すのが、あまり好きではないのだ。
燃やしている間はその場を離れても問題はない。だから彼は先に焼却炉に火を入れて、それから裏門の事を考える事にした。

単に鍵が古くなっていて、何かの拍子に外れてしまっただけかも知れない。
門もその拍子に開いてしまっただけかも知れない。
だが裏門の先には、確か祠があると聞いていた。
祠が有るという事は神様がそこにいるという事だ。
そう考えた寺本は、近付くなといわれている場所だと解っていたが門の奥を目指す事にした。

若しかしたら、誰かが神様に悪さをしているかも知れない。

そう、考えて。
祠にもしも悪戯された形跡があったら、取敢えず自分が手を合わせて神様に謝っておこうと思ったのだと言う。

だがその先で寺本を待っていたのは、仰向けに倒れた女性の死体だった。
目は見開いたまま、腹から流れた大量の血は乾いていてそこに虫が集っている。
それを見た寺本は、大きな大きな悲鳴を上げた。

その寺本の悲鳴を聞いたのは、ちょうど体育倉庫から出てきた佐藤だった。
何か焼却炉で事故でもあったかな?という位に考えた佐藤は寺本の様子を伺いに焼却炉へ向かい、そして同じように裏門が開いているのに気付いた。
そしてその先に寺本が居るのだと気付くと、急いで砂利道を駆け上がって、そして寺本と同じく死体を見た。

佐藤が悲鳴を上げたのは寺本と同じだったが、彼は自分以上に驚き腰を抜かしてしまっている寺本が存在したお陰で多少は自我を保つことが出来たらしく、
歩くことさえままならない寺本を背負って祠の場所から逃げた。
そして職員室まで駆け込むと、そこで漸く警察に通報した。



と言うのがこの事件の発端だというのは、休校が明けた仁志高校の生徒達全員が知っていることだった。
何故ならワイドショーで取り上げられていたからだ。
因みに被害者の女性は学校に備品の納入で出入りしている業者で、凶器は美術の授業で使った木材の残りと見られているが、
残念ながらそれは焼却炉の中で既に燃えカスになった後だった。
律儀な寺本が、燃やしてしまっていたからだ。
その事を真面目な彼は酷く後悔しているがそれは仕方のないことで、誰も彼を責めようとは思わない。
その寺本だが、死体を見たショックはあまりに大きく、そして痛めた腰のこともあり学校側から暫くの休みを言い渡されている。
佐藤のほうは元気なものだが、ワイドショーを見た生徒からの質問攻めを回避するために、こちらも現在は休暇中だ。


休校明けの今日、警察は最後までグランドにいたというサッカー部員に話を聞く予定だったが、それが出来なくなってしまった。
別の事件が起こったせいだ。

今朝、自分の学校で起こった非現実的な事件に誰もが昂揚した状態で登校してきたが、その目に飛び込んできたのはグランドに撒かれた
カラスの羽で、不謹慎ながらも浮かれていた気持ちはすぐに萎えた。
正確には羽が撒かれていたのがサッカーゴール前だったせいで、サッカー部員は尚のこと、全員の顔が青褪めた。

勿論、遼も例外ではなかった。

教師達だけは、ただの悪戯だと生徒達を慰めた。
実際、悪戯の可能性も否定しきれない。
今までも何の嫌がらせかは判らないがプールに死んだ魚が放り込まれていることが何度かあった。
だからこれは事件に絡めた誰かの悪戯に過ぎないのだと言ったのだが、それでも教室に蔓延する重い空気を払うには弱すぎた。





「…遼、元気ないね」


放課後になっても青褪めたままの遼に声をかけてきたのは、中学からの親友の毛利伸だった。
優しくて人一倍気の回る伸は、親友の異変が他のサッカー部員とは少し毛色が違う事に気付いたらしい。
周囲に気遣って控えめの声で言葉をかけてくれた。

遼はそれに緩く首を振って、大丈夫、と答えた。


「大丈夫には見えないんだけど」

「うん……その、ホラ、……サッカーゴール前のカラスの羽、……アレが不気味で…」


祠に祀られているのが何かと言うのは結局ハッキリしないままだが、幾つか有る説のうちの1つが天狗だ。
天狗の羽は黒くて大きい。鴉天狗というのも確かいたはずだ。
その祠で殺人事件があり、その日に遅くまで残っていたのがサッカー部員で、そのサッカー部が使うゴール前に撒かれていたのがカラスの羽とくれば
仕方のない事だと遼は言ったのだが、伸は納得してはくれなかった。


「そういう風にも見えない。ねぇ、遼、何かあったの?」


そう言いながら更に顔を寄せて、もっと声を潜めて。


「若しかして……例の事件の犯人、キミ、見たんじゃないだろうね」


ドキリ。である。
本当の事を言うと、見た。
それは天狗の姿をしていて、そして色々と相談した結果ただの人間だと判り、今日にでも警察に話しに行こうとしていたところだ。
その矢先に、天狗モドキ(当麻曰く)からの宣戦布告のような、羽。

自分が犯人を知っているように、相手も、まだ特定は出来ていないかもしれないが、あの時茂みに居たのがサッカー部員だということまでは判っているような
その行動に遼は青褪めていた。

実際に犯人を見た。ハッキリと誰というのが判るのではないが、手がかりにはなるであろう情報だ。
それを知っている自分。
そして、それを予測してきた伸。
言いたいのだが、言って彼を巻き込むわけにはいかない。
推理漫画で学んだのは、無闇矢鱈に犯人を見たと言ってはいけないことだ。

しかし当麻にも指摘されたとおり、遼の嘘はすぐに見破られる傾向がある。
だから下手に「見てない」と嘘はつけない。
となると。


「じ、実はその…………俺、…天空堂に行って…」


変な人たちに会ったせいにしてしまう事に、遼はした。
すると伸が、天空堂!?と驚いたように目を瞠った。


「天空堂って…キミ、何かあったの…!?」


天空堂へ行くという事は、何か困りごとがあったと言っているようなものだ。それも、怪奇系の。
それを考えずについ、変な人たちがいて気疲れしたという事にしようとした遼は、しまったと思ったがもう遅い。
伸は真剣で、そしてどこか胡散臭い顔で親友の顔を食い入るように見ていた。


「え、………えぇっと…その、………最近、その…寝るときにぃ…」

「寝るときに何。金縛りにでもあうっていうの?」

「え、…あ、うん!そう!そ、そそ、それで…天空堂に俺、行って…それで」

「で、何。解決はしたの?どうやってしてもらったの?」


疑っているのだろうか、伸の言葉は容赦がない。
まるで質問を繰り返すときの当麻のように矢継ぎ早だ。
それだけでも苦しい遼なのに、まさか解決法まで聞かれるとは思いもしなかった事で、だからつい、また、つい遼は言ってしまった。


「うん、そ、そのホラ、これ。このキーホルダー。これで…もう大丈夫だって」


そう言ってカバンにつけたLEDライト付のカメラ型キーホルダーを見せる。
伸は相変わらず胡散臭いものを見るようにそのキーホルダーを見た。


「………普通のキーホルダーに見えるけど」

「うん、でもコレ、ずっと持っとけば大丈夫って言って、」

「買ったの?」

「え?」

「コレ、買ったの?」

「う…ん」

「幾らで?」

「ご、…5円」

「5円!?」


ナニソレ!と伸は半ば悲鳴のように叫んだ。
教室に疎らに残っているクラスメイトたちが何事かと一瞬伸を見たが、伸が「こっちの事」というとすぐにそれぞれの話題に戻っていく。
伸の視線が再び遼に戻った。


「5円て何、どういう事」

「いや、その……ご縁がありますようにーって…」

「はぁ!?」


意味が判らないと言う顔を伸はした。
その顔は、あの時の遼もしたものだ。
だが本当に5円で売ってもらったのだから、嘘ではない。


「……5円で買ったのは、…まぁいいや。で?」

「何が?」

「金縛り、解決したの?」

「え、……あ、うん!もう、グッスリ!」


天空堂の主人にそんな相談してないし金縛りにもあってないが、解決策としてキーホルダーを買ったと言った手前、金縛りは収まったと言うしかない。
変な人たちではあったが悪い人たちではないのだ。
彼らの事を親友に嫌われたくなくて、遼は大きく頷いた。


「嘘だね」


だが伸は冷めた目でそう言った。


「え、う、うそって…何が?」

「金縛り、解決したならそんなに顔色悪いはずがないもの」

「…………」


ご尤もな意見である。
つくづく自分は嘘に向いていないと遼は思い知った。

が、そんな事を思い知っている場合ではない。


「胡散臭い」

「し、しん?」

「胡散臭い、その、天空堂ってとこ」

「…っちょ、ちょっと…、」

「遼、行こう」

「どこに!?」

「天空堂」

「何しに…!?」

「文句言いにだよ!つまりキミはそこの人にからかわれたワケなんだよ!?文句くらい、言ってやらなきゃ気が済まない!」


伸と言う男は優しく、そしてアイドル的な容姿を裏切ってその性格は結構厳しく、自分の大事な人を傷つけるものを徹底的に許さない傾向がある。
しかもそういう時には恐ろしいほど行動力があったりするものだから、遼は慌てふためいた。


「え、い、いや!いいよ!!俺が自己満足で買ったものだし…!」

「何で!」

「ホント、俺、あそこの店の人たち、結構好きになったし…!」

「そういう問題じゃないよ!」

「いや、それに、その………ほら、その、……まだ駄目だって決まったわけじゃないし…!」


殺人現場を見たという事を隠すために吐いた嘘を、更に隠すために嘘を吐きそれがとんでもない事になってきた。
天空堂に行けばきっと当麻のことだ、適当にはぐらかして伸を言いくるめてくれるかも知れないが、きっと伸の中のイメージはとことん悪くなってしまう。
伸は親友だし付き合いも長い。
当麻はと言うと一昨日知り合ったばかりで友とも言えないが、それでも好きなほうだ。
それを親友が嫌うというのは、遼としては何だか嫌だ。自分が原因なのだけれど、だからこそ余計に。

だから遼は必死に伸に訴えた。
天空堂には行かない、と。


「………………遼」

「その、ほら、本当にもう大丈夫になってきてるから…、だから…!」

「わかったよ、遼」

「…伸?」


さっきまで息巻いていた伸が溜息を吐き、腰に手を当てて諦めを示した。


「天空堂に行くのはやめよう、遼」

「しん…!」


これで少なくとも今日、伸が当麻を嫌うことは避けられれた。
後は警察に自分が話して、さっさとこの事件を解決してもらってから本当の事を話せばいいだけだ。
ほっと胸を撫で下ろした遼に背を向けた伸は自分のカバンを手に持って、もう一度遼を振り返る。


「”餅は餅屋”」

「…………………………え?」

「遼、”キンタマ屋”へ行くよ」




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伸は茶道部唯一の男子部員です。彼目当てに後から部員数が増えたので、先輩達はカリカリしています、色んな意味で。