浦沢町1849-5



「もしかして遼ってば、神様は人間と同じ形をしてるやつしか想像してない?」


何だかちょっと面倒な話しに入りそうな質問だが、逃げ道が無い遼はこれも素直に頷いた。
神様といわれれば耳朶が長かったり髭が長かったり、あとはヒラヒラした布を纏っている姿しか思い浮かばないのは本当の事だ。


「じゃあ遼、天狗は?」

「………アレは………そう言えば天狗って、…神様だっけ?」


質問を質問で返すと伸が大仰に頷く。


「天狗は実は一定してないんだよね」

「…どういう事?」

「天狗は場所によって若干名前が変わるし、姿でもまた種類が違ってくるんだよ」


そもそも最初の天狗は羽が無いって言われてるしね。
伸はそう言いながらウインナーを口に放り込んだ。


「……それの名前、伸は若しかして全部覚えてるのか?」


だとしたら色々な意味で凄いとしか言いようが無い。


「僕?まさか。本で昔読んだけど、それだけ」

「…ふうん…………でも、じゃあ天狗は神様とそうじゃないのがいるのか?」

「まぁそんな感じかなぁ…悪戯をしたりする事もあるし………」

「…悪戯?」

「人の家に落書きしたり、あと山で騒いでた人たちを驚かせたり」


天狗が寄ってたかって家に落書きをしているところに遭遇しても、その姿が恐ろしくて注意なんてとても出来ないななどと遼が考えている間に、
伸の話は続いた。


「でも山の神様でもあるんだよね」

「……山の?」

「そう、山の。解りやすいところで鞍馬山の鞍馬天狗がそうだね」


鞍馬山というものがどこにあるのか実は解らない遼だったが、話が脱線しても困るのでそこは黙る事にする。伸の話は当然、続いた。


「義経は子供の頃に、そこで鞍馬天狗に稽古をつけてもらったから身軽だったっていう説話もあるくらいだし」

「義経って?」

「源義経。弁慶を翻弄するほどの軽業が出来たのは、天狗相手に稽古したからだって」


まぁそれも鞍馬山に大天狗僧正房っていう人がいて、その人が天狗と呼ばれてたからなんだけどと言いながら伸はうんうんと1人頷いているが、
遼の視線は教室からは見えない、裏の山へと向いていた。
あそこも小さいが、山だ。

………本当に天狗がいるのかも…

そう考えた遼の頭に、「そんな馬鹿な事があるか」という当麻の声が聞こえそうな気がして、その考えを必死に打ち消した。


「話が逸れたけど、そんなワケで天狗も神様だし、ヤタガラスもちゃんと神様なんだよ」

「………そうなんだ…」

「そ。大体さ、人の形してて人間じゃないのが全部神様だとしたら、雪女なんてどうなるってのさ」


その名を出されて漸く、遼も理解する。
雪女なら遼でも解る妖怪だ。


「確かにそうだな。人の命、取るもんな」


理由は解らないが寒い雪の中にいて男を凍死させる妖怪を思い浮かべて言うと、伸がうーんと首を捻った。


「人の命を取らないのも、いるけどね」

「え、そうなのか?」

「うん。家を訪ねてきて泊めて欲しいっていう雪女が自分から囲炉裏に当たったら消えちゃったり、ある男の元に嫁いで無理矢理お風呂に入れたら
溶けちゃったり、何がしたいのかよく解らないのもいるから」

「………本当、何がしたいんだろうな…?」


妖怪と言えば人に悪さをするというイメージしかない遼は伸とは逆の方向に首を捻った。
因みにそのイメージは子供の頃の見た、妖怪を退治する漫画からの知識が元になっているだけでしかないのだが。


「あ、でも妖怪って元々そういうもんなんだよね」

「…どういう事?」

「幽霊だとか妖怪だとか、要は昔の人がした見間違いが原因だったり、解明できない現象をそういう物だとして恐れたっていうのが多いんだよ。
他だと動物だね。昔は今みたいに図鑑や動物園がそうなかったから、初めて見た動物を妖怪だと思い込んだりした事もあるし…
ちょっと違うけど、孔雀や駱駝だって珍獣扱いだったっていうよ」

「へぇ…」

「それこそさっき話した天狗だって、単に夜の山の中で聞いた風の音をそうだと思い込んだっていうのもあるし、猫又だって伝承にはあるけど
本当にそうだったのかどうかさえ、怪しいものもあるし」

「猫又……あぁ、化け猫か」

「あ、それはね、実は微妙なんだ」

「微妙?何が?」

「猫又と化け猫は違う妖怪だってするのもあるんだよ」

「……何が違うんだ?」


どっちも猫の妖怪だろ?と思いまた首を捻ると、伸もまた首を捻った。
こちらはどう説明しようか悩んでいるようだ。


「うぅん……これは天狗以上に線引きが曖昧だから僕なりの解釈なんだけど………二本足で立ったり人の言葉を話すのはどっちにも共通なんだけど、
化け猫より猫又の方が人を襲ってる話が多いかな。あ、それから化け猫の尻尾は1本なのに対して、猫又は2本っていう……」

「でもやっぱり人を襲うんだ……」

「うん。食べるらしいよ、山の中にいて」


ぞっとする話ではないか。
ただの偶然だろうが、天狗といい猫又といい、どちらも山に纏わるものだ。
再び遼の視線は裏の山へと向かい、そこにいるのが悪い物ではなければいいなとそっと祈った。

しかし話を聞いていて、ふと違和感を覚えた遼は再び伸に向き直る。


「…でもさ、伸」

「なに?」

「伸って、そういうの、好きなんだよな?」

「そういうのって、…妖怪とか神様とか宇宙人?」

「うん」

「……まぁ、ねぇ」

「………何かさっきまでの話聞いてると、現実的に考えたらいないって言ってるようにも聞こえるんだけど…」


聞き間違いだとか見間違いだとか、要は自分にはどうしようもない程の現象への恐れからくる物がその正体だと言わんばかりの伸の口調が気になって
聞くと、伸はまた目をパチクリとさせた。


「そりゃ現実は見るさ。でもさ、いたら面白いなって思わない?」

「…いたら……?」


言われて遼は考えてみる。
人を食べるというのならば、さっき聞いた猫又は絶対にいて欲しくないと思う。
では神様という向きもある天狗ならどうだろうか。彼らに稽古とやらをしてもらえば人並み外れた運動神経がもらえると言う。
しかしそれも、悪戯をするという場合もあるというのなら、やっぱりちょっといて欲しくないかもしれない。
精々いても困らないのはヤタガラスくらいだが、だがそれだって道案内をしたという以上に何をしてくれるのか解らないので、これもいて欲しいとまでは思えない。


「……………うぅん……」


答えに悩んでいると、伸がくすくすと笑った。


「あのさ、そう難しく考えるんじゃなくって、もっと簡単に考えてみてよ」

「……例えば?」

「自分たちと違う価値観の生物と言葉や何かで交流できたら、それって面白いでしょ」

「そうかな?」

「だって日本人とそれ以外の国でも充分、マナーや常識が違うんだよ?それだけでも面白いのに、実際に神様や妖怪がいたらもっと面白いって、きっと」

「……………そうかなぁ…」


英語の授業だけでも手一杯の遼としては、まず海外の人との交流さえ楽しむ余裕が持てないというのに、どうやら成績優秀な伸は余裕があるようだ。
これは案外、頭の差かも知れない…とひっそりと遼は落ち込んだ。


「それにしても…、当麻さん、面白いよね」


不意に出された名前に、遼の眉間に皺が寄る。


「………そうかな」

「面白いよ、だって神様が自分たちと違う価値観とは限らないかも知れないってさ、僕は考えたこともなかったなあ。
だってどの神話を見ても、神様の行動って何でそうなるの!?っていう話が必ずあるじゃない。人間の理解の範疇を超えてるっていうか。
だから僕、てっきりそういう存在がいたとしたら、自分たちと絶対に価値観が違うって思い込んでたのに、…あの人、面白いよ、やっぱり」

「………………当麻はただの偏屈だよ」


伸が褒める横で、昨日の彼の事を思い出した遼は顔を顰めて肉団子を乱暴に口に放り込んだ。




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伸「因みに昔、日本人はオランウータンだかチンパンジーだかを外国からのお客様だと言って持て成した事があるそうです」