浦沢町1849-5



学校に出入りしている業者だとは言え、彼女は部外者だ。
だがその日は日曜日で校内にいる人間が教師も含めて、少ない。
人目を盗んで部外者を侵入させるにも他の曜日よりは簡単だ。

呼び出した時間も、最初の待ち合わせ場所も解らない。
だが彼女は校内からしか入ることが出来ない場所で、結果として死んでいた。


先ず彼女と裏門の先の祠に入る。そこは以前から天狗がいると噂の場所だ。
だから、その時既に天狗の衣装を着ておけば正体を知られることもない。
その手に持った、授業で使った廃材の尖った木の棒が凶器だ。

翌日は月曜日。
この日は毎週、用務員の寺本が朝から焼却炉を動かしている。
木の棒なら焼却炉で燃やすことが出来るし、焼却炉は裏門の近くにある。
真面目で律儀な寺元の性格を考えると、焼却炉を動かす前に裏門に近付くとは思えない。
必ず焼却炉に火を入れてから、開きっぱなしの裏門の先を気にするだろう。
後は彼が死体を発見してくれればそれで済む。
万が一、寺本が焼却炉を動かさなかった場合は犯人自らが第一発見者になれば良い。
毎週月曜日に決まった行動を取っているのは寺本だけではない。
決して怪しまれず、確実に、月曜日の朝には死体の発見が出来る人間は……


佐藤しかいない。

何度考えても遼の答えはそこに辿り着いた。
豆のような教師の犯行には偶然とは思えないことが重なっている。衝動的ではないのだろう。
入念な準備と、万が一の場合の保険をかけているあたり、生徒に厳しく言っているが随分と卑劣な手だ。

だが犯人の、佐藤の予定では何の問題もなかったはずの殺人。
そこに起こった予定外の事、それは目撃者の存在だ。

あの日、学校に遅くまで残っていたのがサッカー部だというのは知ろうと思えば簡単に知る事が出来る情報だ。
寺本は事件の後、佐藤と話したと言っていた。
ならばその時に佐藤がその情報を知る事だって出来る。
だから佐藤は天狗を思わせるように、カラスの羽をサッカーゴール前に撒いた。
カラスを捕まえるのは骨の折れることだと言われたが、佐藤は休むよう言われていた身だ、時間はたっぷりとある。
きっとそれで動揺する生徒を探そうとしたのだろう。
そして青褪めている自分にどこかで気付いたに違いない。
佐藤は生徒の緊急連絡先を調べ、遼の携帯電話の番号を入手した。

夜中の電話は、学校の公衆電話からとみてほぼ間違いないだろう。
1人になるのが怖いと言っていた佐藤は昨夜、どういうわけだか宿直当番をこなしている。
定期的に見回りもするのだからその時にかけることも可能だし、何より校内にはその時は1人しかいないのだから、誰の目を気にすることもなく
公衆電話を使える。


どう考え抜いても答えは佐藤にしか繋がらない。
寝不足で正直に言うととても眠いが、遼の思考は冴えていた。


さぁ、ではここからどうするべきか。
警察にこの推理を話すという事も考えられたが、それはすぐに自分の中で取り下げた。
どうせ子供だという理由で取り合ってもらえないだろう事は、昨日の当麻の態度で想像がつく。
形式ばかりであまり意味が無いような世間のルールを無視して生きていそうな当麻でさえ、ああなのだ。
いくら警察官に正義感に溢れていようとも、子供の介入を良しとする大人なんていない。
半ばいじけた感情で遼はそう決め付けると、ではどうするべきかを考える。

正直、この推理に遼はかなりの自信を持っていた。
警察だって間抜けではないのだ、きっといずれは犯人に辿り着くだろう。
そしてマスコミはそれをすぐに取り上げるに違いない。
そうすれば自分の推理が正しかったと知る事は出来るが、それだけでは遼はもう満足できない。
「ほら俺の思ったとおりだ」と仮に後から言っても、きっと天空堂の面々、特に椅子にだらしなく座ってロクに動かないあの店主は相変わらずの姿勢のまま、
「そっかー」というくらいにしか反応しないに決まっている。良くて「凄いな、遼」と言ってくれるかもしれないが、それだってどうせ棒読みだ。
だから佐藤が捕まってからでは意味が無いのだ。

では、どうすれば当麻にギャフンと言わせられるのか。
それにはやはり、自らが犯人に自供させるしかないだろう。

少年探偵気取りといった当麻の言葉が脳裏に蘇って来ると、頬に血が上る。

別に、探偵ぶりたいわけではない。
ただ……そう、自分を侮っているであろう佐藤に一泡吹かせたい。
そして、自分を子ども扱いした当麻に、……認めてもらいたい。
それだけだ。

だからこちらが怯えていると思い込んでいる佐藤に犯人はお前だと指摘してやり、自供させたい。
そして自分の考えが正しかった事を当麻に褒めてもらいたい。
だがその手段だけはわからない。
どのタイミングで、どうやって。
まぁそれは追々考えるとして。


目下、遼の敵は気紛れな波のように襲ってくる睡魔だ。
1時間目から遼はずっと眠たくて仕方が無い。
だが眠るわけにはいかない。
何故なら自分の受け持つ授業がない時の佐藤は、校内を巡回してサボっている生徒や身の入っていない生徒に檄を飛ばしている。
その佐藤に、昨夜のあの陰湿な嫌がらせが効いていると思われるのは癪だ。

それに遼は授業中に滅多に眠る生徒ではなかった。そりゃ多少は寝てしまうこともあるが、それが1日中という事は今まで無かった。
なのに今日になって朝からぐーぐーと寝ていたのでは、その変化を伸に発見される可能性がある。
伸は目聡い。もとい、敏感な人間だ。
昨日も苦しい言い訳の果てに駅で別れたというのに、朝から母親に指摘されたように覇気がないだけではなく居眠りまでしたとなれば、
絶対に何かあったのかと聞かれるに違いない。
そうなってしまうと嘘が苦手な遼だ、当麻と喧嘩(というにはあまりにも一方的なのだけれど)した事を話さざるを得なくなるだろうし、
下手をすれば何が原因かという事にも話が及ぶかもしれない。
それだけは避けたい。
伸を巻き込むわけにはいかないのだ。

だから今日は居眠りは出来ない。
するとしても、せめてどれか1教科だけだ。

………古典かな…

と遼は時間割表を眺めてそう決めると、窓の外をちょうど佐藤の影が通ったので意識的に見ないようにした。
佐藤の影はそのまま立ち止まることなく教室を通り過ぎていった。






「え?ヤタガラス?」


昼休みに入ると遼は、向かいで弁当を食べている伸に以前に聞いたカラスの神様のような存在の事を尋ねた。
3時間目の古典の授業中に予定通り寝たので少しは元気も取り戻しているが、それでもまだ頭はスッキリしないままだ。
放課後には久々にサッカー部の練習がある事を考えると、もう少し気力は温存しておきたい。
だが伸に心配をかけてはいけないのだから、昼休みだって気は抜けない。
しかし御世辞にも器用とは言えない遼が人の目を誤魔化すことは難しい。

そこで遼が考えたのが、自らが話すのではなく、伸に沢山話をさせようという作戦だった。
人は誰しも興味のあることなら夢中で話すし、自分があまり話さなくても問題が無い。
伸が好きな物の1つがオカルト関係だというのは最近知ったことだが、だからこそ聞き手に回りやすい話題だ。


いきなり遼にその話を振られた伸は目をパチクリとさせた。
その仕草に疑われるかなと危惧した遼だったが、伸の目がキラリと光ったように見えたので一先ず安堵する。


「うん。一昨日、言ってただろ?」


俺だけちょっとよく解ってなかったからと続けると、伸の目は益々輝いた。


「うん、そうだね。……じゃあ…」


と伸は切り出した。キラキラとして、活き活きとした目で。


「ヤタガラスは太陽の化身で、その昔、神武天皇を熊野から大和まで導いたっていう事で有名な神様だよ」

「熊野って…熊本県?」

「……遼、冗談でしょ?……何、キミ、古典の授業ちゃんと聞いてなかったの?」

「さっきの……?」

「違うよ、さっきのじゃない。中学の時」

「何で中学の時の古典?」

「何でって…古事記や日本書紀に載ってるって先生、話してくれてたじゃない」

「………そうだったっけ…」


同じ中学出身だし、伸の口ぶりからすると同じクラスだった1年のときに話をされた可能性が高い。
遼は記憶の中を漁ってみたが、やはり思い出せず断念した。
それが解ったらしい伸は溜息一つだけ吐いて話を戻す。


「熊野は今の和歌山県南部から…三重県の南部くらいまでかな?それから大和は大和朝廷があった、奈良県ね」

「関西の?」

「そう、そこまでを案内したんだ」

「何で?」

「何でって…神武東征って言うのがあって、あぁ、これは日本神話でね、」

「あ、あ、伸、ストップ…!」

「…何?」

「いや、その……ヤタガラスだけの話で…」

「 …なに、いいの?」


正直、長くなりそうな予感がする。
少しはヤタガラスについて興味はあったが、そこまで詳しい話をされると眠ってしまいそうな遼は、伸に申し訳ないと思いつつも素直に頷いた。


「うんじゃあここで端折るけど……兎に角、そうやって案内した神様なんだよ」

「神様かぁ………妖怪みたいなのにな」

「妖怪?何でまた」

「だって鳥なのに足が3本あるんだろ?妖怪みたいじゃない?」


そもそもカラス自体、真っ黒で不吉というイメージの方が強いし、現実としてゴミを漁る問題まであるほどだ。
正直、神様といわれてもどうもピンと来ない。
それを口にすると、伸の目がさっきまでとまた違う感じでキラリと光り、遼は思わず唾を飲み込んだ。




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遼の家の玉子焼きは塩系ですが、伸の家の玉子焼きは甘い系。