浦沢町1849-5



店を訪れた時と同じ道を辿り、駅に着き、電車に乗る頃には遼の苛立っていた気持ちも少し治まっていた。
あんな捨て台詞を残して出てこなくても良かったのかもしれないと、思い返せる程度には。

それで何かあったらどうするつもりだと言う当麻の言葉は、ちゃんと遼の耳に届いていた。
何も彼は遼の不謹慎な好奇心を馬鹿にしたのではない、その身を案じてくれているのだという事は駅までの約20分ほどの道のりで理解できた。
けれど、と遼は電車の窓の外に目を向ける。


「何も、あんな言い方しなくたって良いじゃないか…」


少年探偵気取りと言われたことが未だに引っ掛かっている。
確かにまだ大人とは呼べないが、しかしもう中学生ではない。

大体、店に顔を出すたび、迷い怯える遼にある程度の答えを呈示してくれていたのは当麻の方だ。
天狗を見たと言えばそれは人間だと示し、不用意に休校中の学校に行くなと叱り、そしてカラスの羽を撒けるのは暇人だと教えてくれたのは、
他の誰でもない、当麻だ。

そのなのに、こちらが真実を見つけると、少年探偵気取り、だなんて。
何かがあった時の事を気にしてくれているのなら、それだけを告げればいいものを、少年探偵気取りだなんて言わなくてもいい事だろうに。

言葉の中身ではなく表面にケチをつけるあたりが子供なのだという事は、薄っすらと、ぼんやりと解っている遼だが、それでもそれを素直に認める事が出来ない。
そこもまた、子供なのだ。
だが本人としてはそれを認めると、本当に自分の推理が”得意げに披露した少年探偵気取り”のものだと認めたような気がして、素直になどなれない。





家に帰っても遼の気持ちは燻り続けたままだった。
苛々とした様子でオムライスを掻き込む息子を、母親は心配そうに見ていたがそれさえも息子は気付かない。
もぐもぐと乱暴に咀嚼して、ごちそうさま、と言うと遼はそのまま風呂を済ましてテレビも観ずに、悶々としながらベッドに転がる。


「………おトモダチだって言ってくれたくせにさ…っ」


自分たちをガキだと言った佐々木という男に、おトモダチだと言ってくれた当麻が嬉しかった。

たった4日。
それだけの付き合いだが、あの店の人間は少年に強烈な印象を与えた。

妖艶に微笑み、耳障りのいい声は鈴を転がしているかのようで、そして鰹節と店主が異常なまでに好きな迦遊羅。
天気など関係なしに外出時は傘を手放さない自称日本人、実際はイギリス人貴族でクリスチャンの征士。
それから、見たこともない色の髪と目をした、ヘンテコな当麻。

その彼らが気を許してくれている事に浮かれ過ぎていたのかも知れない。
仕事中だけれど構わないという言葉に甘え過ぎて、邪魔になっていたのかも知れない。
他愛もない話なら兎も角、だから何だという推測を話し、意見を求めたのは流石に迷惑だったかも知れない。
実際あの時の当麻は(珍しい事に)仕事中で、ソロバンを弾いて計算をし、過去のノートを参考に何かを書き込んでいた。
その彼に、考えてくれ、というのは邪魔以外の何物でもない。
しかも話の内容に至っては、言わずもがな。
当麻の言うとおり天空堂は骨董品屋であって、警察でも探偵でもない。初めて店を訪れた時にハッキリと言われている。
そこに、仕事中に現れてそんな話をされたのでは堪ったものではない。
若しも逆の立場だったら、帰れと言わずとも、ちょっと黙れとは言っていたかも知れない。

静かな部屋にいると、反省点ばかりが浮かんでくる。

何となく居心地が悪くなって寝返りを打った先に、通学に使っているカバンがあった。
ぶら下っているカメラ型のキーホルダーは、あのままだ。
カシャカシャとシャッター音は鳴るのに光が出ないそれを、いっその事外してしまおうかとまでは考えるのに、実行できないでいるのは
何故それを付けていないと言った当麻の声が耳にこびりついているからだ。
溜息つきの言葉はどこか落胆したように遼には聞こえた。
一体どういう理由で、そして何の権利があってそれを必ず持ち歩けと言ったのかは未だに判らないが、いつかは役立つと言う彼の言葉に何か期待してしまう。


「……………………俺、が……」


ポツリと呟いた遼だが、眉を寄せて口をへの字に結ぶ。
ふん、と鼻から息を吐き出すと、キーホルダーを心持ち睨みつける。


「俺”も”、悪かった、……かも」








音楽が聞こえる。
自分の近くだと気付いた遼は、手探りでその音の元を探した。


「……誰だよ…こんな時間に…」


アレコレと考えているうちにすっかり眠っていた遼は、目を閉じたままブツブツと言いながら枕元を漁る。
その発信源は目覚ましとしても使っている携帯電話だというのは判っていた。
あまり聴きなれない音楽なのは、普段の主な遣り取りが電話ではなくメールだからだ。
その”電話”が鳴っている。誰からだろうかと遼はスライド式のそれを探した。

指先が硬い感触を見つける。
バイブレーションの微かな振動も確認できる。携帯電話が見つかった。

枕の下からそれを引き摺りだして、ディスプレイを確認する。
時計は夜中の2時19分を示している。
そしてかけてきた相手は。


「………?公衆…電話……?」


今時珍しいなと思うと同時に、腹が立つ。
遼の知り合いの中に公衆電話からかけてくる相手はおらず、だとすれば間違い電話なのだろうがそれにしても時間帯を考えて欲しい。
こんな時間にかけること自体、本来の相手にとっても迷惑だろうし、それにこんな時間だからこそ電話番号の押し間違えなどして欲しくない。

睡眠を邪魔され苛々とした遼は通話ボタンを押さずに電源ボタンを押してその電話を切ると、もう一度枕に頭を押し付けて眠りに戻った。


だが少し時間を置いて、また電話が鳴る。
今度は何だとディスプレイを見ると、また「公衆電話」の表示があった。


「……んだよ、もう…!」


もう一度、切る。
ちらりと確認した時計は3時58分だった。
さっきの電話が切られたから改めてかけてきたにしても、間が開きすぎている。
本当に、何だよもう、だ。
”相手”が出ない時点で掛け間違いか、かけてはいけない時間だったと気付くべきだろうに、この”公衆電話”から電話してきている人間は
どうやらそれを意に介していないらしい。
昼間、天空堂で当麻の仕事を邪魔した自分と何となく重なって見えて余計に苛立つ。

迷惑で、身勝手な奴め。

自分の事を棚に上げるではないが、顔の見えない相手を遼は心の中で罵った。







「おはよう、遼。……どうしたの?寝不足?」


昨日はあんなに早くにベッドに入ってたのにと母親が遠慮がちに心配する。
ここ数日、様子が少しおかしかった息子だがそれは殺人事件が学校で起こったからだと思っていた。だが今朝の彼はまた様子が違う。
昨日のように少し苛立って、そして少し疲れていた。


「……うん、ちょっと…何回か目が覚めちゃって」



4時前に鳴った電話は、そのあと約30分後にもう一度鳴った。
眠りが深くなった頃を見計らうかのように鳴る電話にいい加減頭にきていた遼は、3度目の着信を聞くなり今度は電源ボタンではなく通話ボタンを押した。
今何時だと思ってるんだ。そう怒鳴ってやろうと思って。

その耳元で、遼が何かを言うよりも早く聞こえた言葉。


「みつけた……」


それはどこかで聞いたような声で、けれど有無を言わさない不気味さを伴って怒りを抱えた遼の耳の奥にするりと入り込んだ。




*****
遼の携帯は白いスライド式携帯。替えて半年ですが未だに文字入力で戸惑います。