ストロボ



真昼間からリビングの大きなテレビを占拠して、秀と当麻はパズルゲームに興じていた。
今日の当麻の予定は真っ白の、オフだ。

そのゲームは1人でも充分遊べるが、2人で遊んだ場合にのみできるオマケ要素がある。
伸と当麻は一緒に暮らしていて何くれと世話を焼いてくれているが、ゲームまで付き合ってはくれない。
当麻が休みでも事務所には他のモデルがいる上に、大手事務所の仲間入りを再び果たした社長業は忙しい。
何より伸はゲームをした事があまり無かった。昔、姉と一緒にしたといったゲームは、当麻の世代からすれば名前だけで実物を見た事が無い機種だった程だ。

だから当麻はいつもそのゲームを1人で遊んでいたのだが、今は違う。
ボディガード兼遊び相手が出来たのだから。


当麻が休みの日は基本的に秀も征士も休みだ。
もっと言うと、彼らの仕事は外で当麻に不用意に近付くものの排除のみであり、いざ現場に入れば特にする事は無い。
最初は手持ち無沙汰だし雇われている身で申し訳ないからと現場周辺の状況を検分などもしたのだが、それは現場のスタッフに妙な緊張感を強いてしまい、
その1度きりで禁止された。
(それで仕方無しに現場見学をしているのだが、征士は頗る機嫌が悪くて一緒にいる秀はヒヤヒヤしっぱなしだ)


「わー、全然解んねぇ。当麻、パス」


秀がボタンを押してメインで動くキャラクターを当麻に切り替える。
だが当麻は同じようにボタンを押して再びメインを秀のキャラクターに切り替えた。


「うぉい!俺、解らねぇってば!」

「駄目駄目、ちゃんと考えろって、ホラ、俺のチビ版でヒント出してやるから」


高低差など関係なく画面を飛び回る小さなキャラクターがブロックを光らせてヒントを与えると、秀はもう一度考え始める。


「うおー……マジで頭痛ぇ…。当麻、コレ、ソロでクリアしてんだろ?」

「したよ。何回も」

「じゃあさ、マジ、ヒントだけじゃなくってさぁ」

「何言ってんだよ、こういうのは自分で考えるから面白いんじゃん」

「………俺考えてる間、お前暇じゃね?」


暗に、答えを教えるのはお前のためでもあるんだよ、と秀は言ったのだが、当麻は雑誌やポスターで見るような綺麗な笑顔で首を横に振った。


「全然。秀が考えてる顔、超面白いから退屈しない」

「…こんのクソガキ!」


自分の兄弟達なら頬でも抓ってやるところだが、相手はモデルなので流石にそれは避ける。
代わりにヘッドロックをかけると、きゃっきゃと当麻が楽しそうな声を上げた。


それも少しするとすぐに外してまたゲームに戻る。
結局は秀だって楽しいのだ。






「そう言やさぁ」


ゲーム画面のキャラクターはブロックを抱えたままウロウロとしている。
それをどこに置いていいのか悩みながら秀は何気なく言った。


「お前んトコの社長さんって、すげーイイヒトだよな」


自分たちへの待遇の事もだが、ここ数日、彼の仕事振りをそれとなく見ていて思ったことだった。

嘗ての勢いを取り戻しつつある今、社長である彼が全てのモデルのスケジュールを把握するのは勿論、難しい。
だがそれでもなるべく彼らの健康状態やメンタル面でのケアだけは怠らないよう常に気を配っているし、関わったスタッフたちへの労いも忘れない。
モデルは事務所を通す以外にもそれぞれ自分たちで仕事を取って来る事もあるが、慣れた者へは一切口出しはせず何かがあった場合のみ彼は動き、
まだ駆け出しで慣れていない者へは相談に乗るという形でヒントだけ与え、いずれは彼らが自身で動けるように育成もしている。
仕事から離れれば今度は食べ盛りの当麻と、そして増えた居候たちの食事の世話をしてまた仕事に戻る。

秀たちの仕事だって派遣される先によって差はあるものの、忙しさは一般の勤め人とは比べ物にならない。
数年前に担当した、テレビにも露出がある過激な物言いが売りの弁護士の護衛に当たった時など、休みが2ヶ月に1回あれば良い方だという状況で本当に酷かった。
それでもその秀から見ても、伸というのは忙しすぎる。のに、常に気配りを忘れない、本当にイイヒトだった。


「うん。伸はすげーイイヤツ」


頷いた当麻の顔は、どこか誇らしげだ。
自分を預かってくれている伸を、心から信頼し誇りに思っているのだろう。


「俺に回す仕事もちゃんと選んでくれてるしね」

「え」


秀は思わず声に出してしまった。
記憶に新しい、あの男性用下着の撮影を思い出して、本当に選んでるか?と思わず言いそうになったのだけは飲み込んだ。
だが言いたい事は当麻にはバレたようで、苦笑いをされる。


「アレはさ、メリットが大きいんだよ、あのカメラマンとの仕事は」


少年愛の噂がある彼だが、腕は確かなもので彼に来る仕事の依頼の種類はかなり幅広い。
化粧品、衣類、宝飾品にCDのジャケットや、お堅い企業のイメージポスターの他に、世界に名を馳せる彼はグローバルな内容のものからも依頼が来る。
海外ブランドは当然の事で、中には国連関係のものまであったりするほどだ。
そんな彼と仕事をすればそういった面々とも繋がりが出来、上手く行けばそこから仕事の話を広げる事だって出来るのだ。
つまり自分を売り込むチャンスが1度の仕事で大量に与えられる事になる。
因みに当麻を有名にした海外ブランドの香水のポスターを撮ったのも実は彼だ。
世界的にも有名な彼からの2度目の指名を受けたというのも充分な宣伝になるのだと当麻は言った。


「それにもっとヒドイ仕事だってあるんだけど、そういうのは伸も俺に聞くまでもなく断ってくれてるんだから」


メリットのあるもので、しかも当麻にとって負担にならないものを伸は選び、そして本人に必ず確認を取ってくれる。
これは伸の姉夫婦の代からもそうだったようで、だからこそこのモデル事務所はモデルたちからも信頼が厚かった。


「なのに前に傾いた時に出てった連中は冷たい。伸のお姉さんにあれだけ世話になったくせに、さっさと移籍しちまうんだから」


不服そうに当麻が口を尖らせた。
苦境を共にせず、彼らに育ててもらった自立手段を使ってさっさと離脱した先輩達に思う所があるようだ。


「…んー、まぁ事情ってのもそれぞれにあるからな」


だが秀は、冷たいと捉える当麻とは違う方向性を考えて言葉を濁しつつ嗜めると、横から大きなクッションで顔面を叩かれた。


「ってぇな!」

「大人ぶって知った口利いてんじゃねーよ!秀の癖に!」

「馬鹿、お前、俺は大人だろうが!そんでお前は未成年!」

「とっくに大学卒業してますー!」

「日本じゃ未成年!エロ本も買えねぇの!」


クッションで叩きあいながらじゃれてそう言うと、当麻の顔が赤くなった。


「…お?」


そのあまりに初心な反応に秀がニタリと笑うと、また顔面にクッションが叩き付けられる。


「秀のスケベ!」

「いやいやいや、とうまちゃん、健全なオトコノコならそういうの、あるでしょー?」


ニタニタと笑っているとまた叩かれる。
柔らかいクッションだが、地味にダメージは重なるものだ。
何か反撃しようかと思うのだが、モデルはその身体全てが商品だから下手に傷を付けるような真似は出来ない。
そんな中、最近秀が見つけた唯一にして最高の反撃手段。


「…んっ!!ぅわ、…ひ、ひきょっ卑怯だぞ!秀!!」

「有効手段は全部使うのが俺らの仕事のセオリーだぜ!」

「っちょ、だめ、駄目駄目、腰はホント、俺、弱いから…!!!」


そう、擽りだ。
当麻は擽りに極端に弱い。
さっきまでの威勢はどこへやら、秀に叩き付けていたクッションを今度は抱えて盾のようにし、秀の手から必死に逃れようともがいている。


「うりゃうりゃ!俺をスケベといったのを撤回しろ!」

「そこかよっ……って、あ、あぁっ…!マジ、マジで……ひぁ!!」

「や、か、ま、し、い」


まるで兄弟のようなじゃれ合いに割って入ったのは、見事なまでの低音だった。
秀の背につぅっと冷や汗が流れ、声がした方を見る。
そこにはいつものように眉間に皺を寄せた征士が立っていた。


「……ど、読書の邪魔になりましたかね…?」


天気がいいからと、ゲームの音から逃げるように庭に置かれたベンチので本を読んでいた征士だったが、いつの間にかリビングに足を踏み入れている。
ゆっくりと近付いてくる様が、却って怖い。秀は思わず伺うように聞いていた。


「全く、少しスケベと言われたくらいで大人気ないやつだ」


秀が注意され、当麻が「そら見ろ」と言いたげな笑みを浮かべる。
すると征士の厳しい目がそちらにも向けられた。


「お前もつまらん事で大人をからかうから、そういう目に遭うんだ」


いい加減にしろと怒られて、面白くない当麻はまた口を尖らせてそっぽを向く。
征士に対する当麻の態度は、最初に顔合わせした頃より随分と柔らかくなっていた。


「……アレ?征士、どっか行くんかよ?」


2人を注意した征士がそのままソファの横を通り過ぎ、リビングから出て行こうとしたのに秀が尋ねる。
すると征士は振り返りもせずに、少しな、と言った。


「少しって?」


今度は当麻が、ソファの背凭れに寄りかかって尋ねる。興味を引かれたようだ。


「少しは少しだ」

「何、スケベしに行くん?」


秀のからかいの声に、征士が振り返る。
やはり眉間の皺は深かった。


「…お前ではない」

「俺もそんなんしねーわ!つーかマジ、どっか行くなら所在を明確にしてくれよ。何かあった時に対処しきれねぇと困るから」


コンビを組んでいるのだから互いの状況は常に把握しておく必要があると言外に伝えると、征士は観念したように肩を竦めた。


「…伸と飲んでくる」

「伸と?」


驚いたような声は当麻のものだった。
だって伸と征士といえば、ほぼ犬猿の仲だ。


「こんな真昼間っから?」


これは秀の声だった。
確かにまだ陽が高い。
それは征士も解っていたようで、溜息を吐く。


「仕方がないだろう、相手は忙しくて時間がそうそう取れんのだ」

「そりゃ解ってるけどよぉ…つーかなんでお前と社長さん?変な組み合わせ過ぎだろ」

「お互いに話したい事があるからだ」


さっさと会話を切り上げたいという雰囲気をそのまま滲ませた語気に、何の話かと聞きたかったが秀も当麻も黙る。
ソファの2人が黙ったのを確認すると、征士はそのまま「夜には戻る」と言い残して部屋を出て行った。

残された秀と当麻は同じタイミングで顔を見合わせる。


「征士と伸だって」

「おう、………店、どこだろうな」

「さぁ。でもどうせ個室だろ?」

「個室つってもなぁ……」


2人は同じ事を考えていたらしく、また同じタイミングで、今度は溜息を吐いた。


「店でデッケェ声で言い争いしてくれなきゃいいけど」

「だよな」


そしてまた同時に。


「何食ってくるんだろうな」「美味しいモン、食べるのかな」


言ってから2人して噴出した。


「男2人でかよ!」

「ムサ苦しー!」

「それも個室!」

「なー!」


無いな、と一頻り笑って、そして当麻がその流れで、だがどこかぎこちなく。


「…征士ってば彼女、いないのかな」


と、呟いた。
その顔は笑おうとしているのに巧く出来ず、それでもさり気なく装うとするから余計にバランスが悪くなってしまい、人気絶頂モデルの当麻らしくもないものだった。




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やってるゲームはilomilo(Xbox)で。
2人プレイだと幾つかのステージでエッグハントが出来るんです。