ストロボ



赤信号で車を停めると、ショップの前に貼られた大きなポスターが目に飛び込んでくる。
それを秀はハンドルを握り締めたまま、ぼんやりと眺めた。

リバティのショップは相変わらず時間に関係なく混んでいる。
その店先にあるのは、遼が撮った当麻の写真だ。
それを指差して何人かのOLが携帯のカメラをカバンから出していた。


写真の当麻は今までのような中性的な容姿や愛らしさを出したものではなく、彼にしては初めて男性的な面を強調していた。
髪はリーゼント風に纏められ、羽織袴を着て正座している。表情は微笑み一つ浮かべず、口を引き結んでいた。
他に飾りは何もなく、ただその姿で和室にいるだけ。シンプルではあるがその分、印象に残りやすい。

普段から外国人女性を起用して派手に飾り立ててきた海外企業は、その潔いデザインをいたく気に入ったというのを朝のニュースで聞いた。
それを眺めつつ、秀はルームミラーで後部座席を確認して溜息を吐いてしまった。
後ろには征士と当麻が座っている。


信号が変わって車を発進させる。
今日はスタジオ撮りの日だ。




あの日以来、征士に対する当麻の態度は大きく変わった。

利き腕を骨折していては、ボディガードとして使い物にならない。
本来なら征士は他の所員と交代になるはずだったが、それを拒んだのは当麻だ。

他の人はヤだ。神経質なの、俺。

最初はそう言った。
だが骨折は骨折だ。いざという時に護りきれなければ護衛の仕事は意味が無い。
それを説明すると、


「右腕が駄目でも左腕があるし両脚だってあるだろ」


と言い出す始末だ。
それじゃまるでブラック企業だと秀は思ったが、言われた征士も「それもそうだな」などと暢気に答えてしまったものだから、交代はせず、
当麻の護衛は今も秀と征士の2人だ。

確かに当麻の護衛は今までの仕事に比べると随分と安全なものだ。命を狙われるようなこともない。
コンビニ男が捕まってからは、送られてくるコンドームの量も目に見えて減ってきている。
だから確かに利き腕が使えない征士でも、あまり問題はなかった。
当麻自身も気分良く仕事をしているし、保護者代理の伸としてもそれならと文句はないようだ。

だが、だからと言ってあまりにも変わりすぎなのではないだろうかと秀は密かに思っている。

征士は利き腕が使えない。
だから護衛云々以前に、日常生活が不便で仕方がない。特に食事だ。
そんな征士のためにと、伸は食卓にスプーンとフォークを置いていた。
しかしそれらが使われることは滅多とない。

何故なら、当麻が甲斐甲斐しく食べさせてやっているからだ。

征士の横に陣取って、彼の口へ食事をせっせと運んでいる。
見るものからすれば、うわあ、である。
見目麗しい2人だ。絵にはなるが、何だか気恥ずかしくなってしまう。
しかも征士も征士で満更でもない顔をしているのだから余計に目のやり場に困る。
それなのに伸がそれをニコニコと見ているのが、これまた秀には謎で仕方がなかった。

お前んトコの”商品”、手ぇ出されてんぞ。笑ってる場合じゃねぇぞ。
そう何度思ったことか。


しかしこれはまだいい。
それよりも秀を悩ませているのは。







「いいよ、当麻。それじゃあ今度はチェリーを下から舐めて」


今日の撮影は、前に見た下着のポスター撮影だった。
前回は執拗にバナナを舐めさせていたカメラマンは、今回はチェリーを舐めるよう、これまた執拗に指示している。
因みに前回撮ったバナナと当麻の写真は一切、世間に公表されていなかった。
明らかに個人でのお楽しみ用だったのだろう。
当麻は彼との仕事にはメリットのほうが多いと言っていたが、本当にそうなのかと秀はハラハラしっぱなしだ。

だがそれよりももっと秀の胸を締め付けるのは。


「当麻、もっとこう…舌先で突付くように…そう!そう!!」


秀はちらりと隣に立っている男を見た。
骨が折れた後、無理な動きをしたために通常より完治に少し時間がかかっているせいで、征士は今も三角巾で腕を吊っている。
その男の眉間に皺は、もうない。
代わりに口端に物騒な笑みを浮かべている。
なのに当麻と目が合うたびに、にっこりと優しく笑いかけるのだ。
それが却って秀には恐ろしくて堪らなかった。


征士と当麻が、親戚のおじさんと子供という関係から、少し変わったというのは当麻から聞かされて知っている。
若いから明け透けなのか、初めてだから正直なのかは知らないが、当麻は秀にコッソリと征士とキスをした事を自ら教えてくれた。

それも結構、不満顔で。

初めてのキスだ。もっと浮かれていてもいいのではないだろうかと思い何が不満なのかと聞けば、征士が言ったそうだ。
「お前が18歳になるまでこれ以上の事はしない」と。
そしてその宣言どおり、キス以上の事はしていないらしい。そのキスだって触れる程度のものなのだそうだ。
確かに当麻は未だ17歳で、手を出せば法に触れるだろう。
真面目な征士がそれを言うのは秀としては納得がいくのだが、当麻としては納得がいっていないらしい。
よく判らないが、だったらアレは何だったんだ、とかブツブツ言っていた。(何かあったのかもしれないが、秀には聞く勇気も気力もなかった)



でもな、当麻。お前、知ってるか。


「唇で挟んで…!ああああ、いい!凄くいいぞ当麻!」


あのな、当麻。
お前のオジサンな、冷静で理性の働く男に見えるかもしれないけどな、コイツ、結構猪突猛進タイプだぞ。
骨折ってんのにその腕で相手引っ張って、そのせいで骨がズレたの知ってるだろ。
そういう男だぞ。
目標を絞ると周囲なんてお構いなしの所がある男だぞ。

あとそれからな、クールで物静かな外見からは想像できないかもしれないが、実は結構バカで理不尽なんだぞ。
お前が着信音に設定してた鼾のせいで俺な、めちゃくちゃ怒られたんだぞ。
怒鳴られたんじゃねーけど、結構マジな顔で邪魔するなって怒られたんだぞ。
俺、何も悪くねぇのに。


「軽く歯を立てて…!そう、果肉に少し食い込むくらいで…!」


俺な、別に征士のそういうのに詳しくねぇけど、コイツ、絶対、絶倫だぞ。
そういう感じがするんだよ。
しかもこういう仕事柄、体力も筋力もあるぞ。
解ってるのか、当麻。お前、その細い腰で大丈夫か。

それとな、当麻。
お前そうやって征士を挑発するの、本当、いい加減でやめといた方がいいぞ。
お前の誕生日まであと2ヶ月だろ。
そしたらお前、18歳になるだろ。
知ってるか。
お前のオジサンな、それ、計算に入れてるぞ。
この前、2ヶ月もすれば私の骨ももう完治している頃だなって言ってたぞ。
解ってるか。解ってんのか、当麻。
お前、本当、解ってないだろ。
なあ、当麻…


お前、……頼むから誕生日にギックリ腰と痔になんかなるなよ…




背中に嫌な汗を流しながら、必死に祈る秀の声は勿論届かない。
声に出してないのだから。

その隣で征士は当麻に微笑みかけながら、昼食としてサンドイッチを食べていた。勿論、左手で掴んで。




**END**
現場でも密かに名物になりつつあるバカップル。
勿論、征士は当麻を凄く大事にしてくれていますよ。