ストロボ



秀に連れられた当麻が撮影現場に姿を見せると、そこにいたスタッフ全員がほっとしたような、それでもどう声をかけていいのか迷っている雰囲気になった。

高橋はあの後、現場に残されていたカメラが証拠となり、秀が呼んだ警察にその場で逮捕、連行されていった。
征士はと言えば、高橋が気を失っているので念のためにと呼んでおいた救急隊員に骨折を気付かれ、そのまま救急車に乗せられて渋々病院へ向かっている。


「と、…………とうま、…」


声は遼のものだった。
師のした事を、彼なりに詫びたいのだろう。けれどその彼の方が、被害者の当麻よりも青褪めていている。

当麻はその遼に軽く頷いただけで、すぐに伸の方を向いた。


「…で、撮影は?」


言われた伸は肩を竦め、どうするか相談中、と答えた。


「あぁ、でもこの後に入ってた仕事は一先ずキャンセルしておいたよ。流石にあんな事があったあとでキミに仕事をさせるわけにいかないからね」

「…そ」


当麻は周囲を見渡した。


まぁ…普通に考えたら中止だよナァ。
でもなぁ。

確かに母親に瓜二つの自分を再確認して、不安になった。今まで感じたことも無いほどの怖い思いもした。
けれどもう、何だか今はもういい気がしてくる。どうでもいい、というか何と言うか。

開き直り、かな。

一番助けて欲しい時に、一番助けにきて欲しい人が来てくれた。
その人は、自分を”誰か”の代わりにしていなかった。
それに真っ青な顔で壁を壊している秀を見たら、物凄く…心配してくれていた彼には悪いが、物凄く笑ってしまった。

何より仕事はやりきった方がいい。
でなければ周囲に気を遣わせて、下手をすれば今後の仕事にも影響が出てしまう。
そうなってしまっては、日本に戻ってきたそもそもの意味がなくなってしまう。
それでは意味が無い。
まだ、足りていないのだから。


「………。…あのさぁ、遼」


不安そうな顔をしている現場スタッフを見渡した最後に、当麻の視線は撮影の準備が整っていた場所に止まったままで遼に声をかけた。


「え、な…なに?」

「遼、写真って…撮れるよな?」

「うん、…その、…先、…せいに…見てもらってたし、……学校でも習ってるから普通に撮るだけならちゃんと、…微調整も出来るし」


現場でいつも、カメラの最終調整を任されるまでになっていたのは遼だ。
歳はまだ19と若かったが、その腕やセンスが信頼されていたのは、それを見ていた誰もが知っていることだ。

当麻はまた小さく頷いた。


「じゃあさ、遼が撮ったらいいじゃん」

「当麻!?カメラマンがいるかいないかが問題じゃないんだよ!?」


事も無げに言った少年に、社長である伸が慌てた。
何があったのか、直接は見ていないが保護者代理として話は聞かされている。
歪んだ愛情の向かう先として用意された姿での仕事は、今は何ともなくても今後彼の精神面に影響を与えるかもしれないと危惧して、伸は声を荒げた。


「でも仕事、投げたくないし」

「そういう問題でもないでしょっ!」

「だってアイス食べたし」

「そういう事を言ってるんでもないの!解ってるでしょ!!?」

「伸、」


一回り以上歳の離れた社長を目だけで見る。


「俺、仕事、投げたくない」


愛嬌のある大きなタレ目の子供は、愛らしいくせに実は物凄く頑固だ。
彼を預かって半年の伸だが、それだけはよく知っている。
出会った当初から彼は言い出したらきかなかった。
危険を承知で日本に単身戻ってくるほどでもある。

伸はそれを思い出して、諦めたように溜息を吐いた。
それでも、通らないことは解っていても、一応は彼に食い下がってみる。


「髪もメイクもぐちゃぐちゃだよ?」

「やり直しに時間はかかるだろうけど、後の仕事キャンセルしたんだろ?」

「着物も……その、…汚れてるし」

「色合わせの結果コレを選んだけど、他にもまだ着物あったから大丈夫じゃない?」


ね?と同意を求められたスタッフは、狼狽えながらも頷く。
やり直しは面倒だが、彼らだって引き受けた仕事は完成させたい。
今回の企業との仕事は誰もが初めてだ。そもそもその企業は今まで外国でしか仕事をしていない。
ここで「出来ませんでした」とは、日本の同業者達のためにも言いたくない気持ちはある。


「当麻、でもね、キミ、…その両足の跡、どうするの?」

「…あ………」


革ベルトを巻きつけられた足首には、擦れた跡がくっきりと赤く残されている。
伸が遼から聞いた構図では、身体を横たえた状態で着物の裾を少し捲り、そこから脚をのぞかせるものだった。
ファンデーションで隠せなくはないし、CGで修正できなくもない。
けれど、あまり修正を必要としないのも当麻のウリの1つだ。


「……………これは…考えてなかったな…」


当麻も自分の足を見下ろして呟く。
征士が丁寧に撫でてくれた箇所は、改めて見てみると確かに不様に赤い。

どうしようか。そう考えていると、遼がのろのろと手を挙げた。


「…遼?」

「あ、…あのさ、………先生の、やろうとしてたのじゃないんだけど…その、…」

「うん」

「先生が、捨てデザインとして提出した中に、俺、いいなって思ったのがあって…!」

「うん。それで?」

「その、それなら当麻の脚、出さないから、……そ、それじゃ、…駄目、ですか……!?」


現場で二番目に幼い少年は一生懸命に大人たちに向かって尋ねた。
大人たちは互いに顔を見合わせ、何かを考える。


「……まぁ、…あたしは、いいわよ」


衣装担当の男性が顎に手を当てて言った。
「先生のデザインはどれも綺麗だったもの」と言いながら。


「どっちにしてもやり直しだし、私も構いませんよ。今日はこの現場しか仕事、入ってないですし」


メイク担当の女性も続いた。
すると、私は次の現場があるけど、とヘアメイクを担当した年上の女性が溜息混じりに言う。


「す、…すみません……その、でも今の髪型より、もう少しシンプルなものになりますから…」

「誰がやらないって言ったのよ。やるわよ。ただ完成したものが、広告として出るまで見れないのが不服ってだけ」






時間がないから、と当麻は大急ぎでその家にあった風呂場に向かい、髪もメイクも全て落としにかかる。
擦れた足首にシャワーの湯が沁みたのかして「ぎゃあ」という大きな悲鳴が聞こえたが、それを現場にいた誰もが笑い、しかしすぐに、
これからする事の確認に入った。


当麻が着ていた衣装の汚れはすぐにクリーニングに出す必要がある。
だから遼は貸衣装屋に自ら電話をして、簡単に事情を説明した後で新たに衣装の手配をした。
今あるものの中には、これから撮るものに必要な物がなかったからだ。
それから他のスタッフに絵を描いて構図を伝え、細かい部分についての意見を求めた。
こればかりは経験の少ない遼では判断が出来ない。
各分野を担当するスタッフそれぞれに教えてもらいながら、その意見を纏めるのは、そのデザインを起こした”先生”と共にいた遼だった。




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遼、緊張でペンを持つ指がガッチガチに震えてます。