ストロボ
促されて階段を上った先にも扉が1つあった。
こちらはさっきの物よりは若干しっかりとしたもので、奥にはちゃんとした部屋があるのが判る。
この先が彼の言う”秘密基地”なのだろう。
当麻が後ろから上がってきている高橋を振り返ると、彼は相変わらず嬉しそうに笑ったまま「どうぞ」と目顔で進めてきたので、ノブを掴み、回してドアをそっと開けた。
「お邪魔しまーす」
主は後ろにいるが、それでもつい部屋に向けて小さく声をかける。
光源の足らない部屋は薄っすらと暗い。そこに当麻は静かに足を踏み入れた。
「…………ぇ、…」
視界に飛び込んできた光景に言葉を失う。
全ての壁、そして天井、床まで全て覆うように貼られているのはどれも自分の写真だ。
彼の現場で撮ったものは実際に使われた物から未使用の物まで、そして彼以外との仕事は紙媒体のままで。
それらが視界全てに貼り付けられていた。
背後でドアの閉まる音がする。
混乱のために振り向くことが出来ない当麻のすぐ後ろで、男の嬉しそうな声が聞こえた。
「やっと2人になれたね、……………………」
…麻里ちゃん。
秀は2階に駆け上がった。
1階は征士が調べて回っている。
二手に分かれようとなった時に、窓が極端に少ない部屋を探せと征士が言っていた。
当麻に付き添ってすぐに屋内に入った自分は知らないが、いつものように周囲を検めた相棒は、建物を念入りに調べてもその部屋が見当たらないことが
引っ掛かっているらしい。
だとしたら、そこが答えだろうよ…
征士の鼻はとても利く。
冷静に考えるのが征士で、動物的勘が働くのは秀というイメージを持たれがちだが、実はそうではない。
征士のほうが勘は鋭い。その分、目標を絞ると周囲の事などお構い無しに突っ込むのも彼だ。
それをフォローしながら動くのが、2人が組んだ時の秀の役目だった。
兎に角、征士が言う場所を探す。
全ての部屋を開けて回ったが、どれもこれも大きな窓が1つか2つは付けられていた。
簡単に見つかる部屋ではないようだ。
2階への階段は今上がってきた、玄関からすぐのものしか見つからなかったが若しかしたらまだ何かルートがあるのかもしれない。
征士が1階を探している時点で秀はその可能性を見ていた。
だが若しもと言うこともある。
だから2階を探す事も手を抜くつもりはない。
では、と秀は今度は全ての壁を検め始めた。
どこか音が違う壁があれば、その先が空洞になっていて、その奥に隠れた部屋が存在する事がある。
映画や漫画のようなことだが、実際にそういう手段を取っている場合は意外と多い。
それにここは古民家だ。
殿様のいた城ほど立派で年季の入ったものではないにしても、それなりの広さを持っていることから元を辿ればそこそこの権力を持った人物が
建てた物かもしれない。
そうなってくるといざという時のための隠し通路があっても不思議ではないのだ。
「っくそ………ねぇな………当麻ー!当麻ぁー!どこだー!!」
反応がないかと声を荒げてみたが、どこからも何も聞こえてこない。
それに秀は舌打ちをした。
妙に苛々する建物だ。そう思って忌々しげに壁に付けられた謎のフックと手すりを見た。
征士は1階を駆け抜けた。
まずは庭に下りてみて、外側からの入り口がないかも探った。
だが、見つからない。
床が汚れることも構わずに再び廊下に上がると、今度は門から一番遠い場所を目指す。
怪しい部屋があったのは、一番奥の角だ。
2階の間取りを思い出してみても、見つけていない部屋も、そこに繋がる階段がもう1つ別であるとしてもそれ程広さは持っていないはずだ。
入り組んだ造りをとっているとは思えず、ならばと直感に任せて廊下を走った。
台所の横を通り抜ける。
妙に新しくて綺麗な場所だ。
急いでいるために一瞬しか見ていないが、そこにもやはりフックがあった。
廊下には手すりとフックの両方が。部屋にはフックのみが。
先程の電話をしている伸の背に走った緊張を見れば、それらの要素に対して良くない考えが浮いてくる。
とても介護用とは思えないソレは、別の目的の為にあるように思えてならない。
例えば、”何か”を繋ぎとめて固定するためだとか。
征士は自分を見て傷付いた顔をした当麻を思い出していた。
彼は母親にそっくりだった。
いや、似ているというレベルではない。当時の彼女と並べても瓜二つだ。
双子だと言っても誰も疑わないほどに。
それにただ驚いただけだったが、当麻は明らかに傷付いていた。
そして直後にあの狼狽えようだ。
きっと何か誤解している。
それがどうしてというのは解らないが、征士はそれだけは確信が持てた。
自身が彼女じゃないことを何故か気にしていた当麻だ。
自分の解らないところで何かがあり、それが原因で彼は苦しんでいるのだろう。
だったら誤解を解きたい。解いて楽にしてやりたい。
それで彼が笑えるようになってくれるのなら、今すぐにでも。
それに何より、きっと今、危険な目に遭っている可能性が高い。
過去に自分を癒し救ってくれた天使のような子供を、傷付ける者は誰であろうと許さない。
征士は眉間に皺を寄せたまま、廊下を走り続けた。
「え、…ねぇ、毛利さん、…何かあったんですか?」
突然、師の事を尋ねられてそのままにされている遼が不安そうに尋ねてきた。
それに伸は慌てて笑みを浮かべて首を横に振る。
「ん?いや、ちょっと…当麻のお母さんがね、真田君の先生のことをどうも知ってるみたいだったんだよね」
「え!?当麻のお母さんが?」
「うん。まぁ知ってるってだけみたいだよ」
それが気になって電話してきたみたい。と軽く笑って見せた。
彼女から聞かされた言葉は、どう考えても穏便なものではない。
だが今はまだ当麻に危険が迫っているとは言い切れない状態でもある。
無闇に不確かな情報を開示して、要らぬ不安を広げても仕方がない。
ましてや目の前にいる少年は、写真家としての師の腕を心の底から尊敬しているのだ。
万が一にも自分の危惧していることが現実だったとしても、それはその時に事実として知ればいいだけであって、今がその時ではない。
「でも、ホラ…当麻のボディガードの人たちが…」
「あー…あれはちょっとネ」
「…………」
「大丈夫だよ、ちょっとした用事さ。それを思い出して動いてるだけ。今ここに当麻はいないし、彼らが離れても問題はないんだ」
「そう、…なんですか?」
「そう。ねぇ、それより良かったらさ、今回の写真ってどういうイメージで撮るのか教えてくれない?」
伸は少年の気を逸らそうと背を押してカメラのほうに向かわせた。
最初は不安そうにしていた彼も、伸が何も気にしていないように振舞うのでそれを信じる事にした。
廊下の突き当たりに征士は出た。
正面には粗末な扉が1つある。
一見、物置のように見えるのだが。
「……………鍵か…」
鍵がかかっている。それも内側から。
本当にここが物置ならそんな物は必要ないはずだ。
仮に必要だったとしても内側になどおかしな話だ。外側にこそ付けるべきだろうに。
それが征士に確信を持たせた。
当麻はこの先にいる。
だが鍵がかかっている。
では仕方がない、と征士は着ていたジャケットを脱ぐと、硬さが残る程度に肩から腕に巻きつけてから数歩下がった。
「……………っ…!」
助走をつけて肩から体当たりをする。
ドアが大きく歪んだ。
だが壊れるほどではない。
もう一度征士は体当たりを試みた。
今度は跳ね返される力は感じず、そのまま扉と一緒に内側に倒れこむ。
「………………、…上か…!」
何があるかとすぐに体勢を立て直して身構えたが、正面にあるのは壁だけだった。
だがすぐ右側に伸びる階段がある。
思ったより扉が脆かったせいで肩を不用意にぶつけてしまったようだ。
じんじんと鈍く痛むが、それを気にしている暇はない。
征士は息を止めて階段を静かに、けれど素早く駆け上がった。
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現場のスタッフは遼同様に、伸が普通にしているので気にしない事にしたようです。