ストロボ



現場に着くなり征士の眉間に早速皺が入る。
3度目の遭遇になる、真田遼が門の外に立っていたからだ。

今回の撮影現場は大きな古民家だ。
外観は古めかしいのだが、中はその良さを損なわない程度に手が入れられている。
建物のそこかしこにスタッフが遠慮なく出入りしているのを見て、よくこんな所貸してもらえたな、と当麻が感心して呟いた。


「あ、コレさ、実は先生の持ち物なんだって」


それを聞いた遼が得意げに答える。


「持ち家?え、じゃあ住んでるのか?」

「ううん。家は別にある。でもたまたまこの家を見たときに、いつか撮影で使えるかも知れない!って思って買っておいたんだって。
あんまり気に入ったらしくて、先生は時々はここに寝泊りすることもあるみたいだけど」

「へぇ……凄いな…」


少年は2人並んで門から中を覗く。
その門も随分と時の流れを感じさせる風貌をしていたが、がっしりとしていてそれだけで価値があるのは彼らでも解った。


いつまでもそこに立っていると、持ち込んだ衣装の色を合わせるからと中にいるスタッフから当麻に声がかかった。
呼ばれた当麻が一緒に行こうと言わんばかりに遼の腕を引いたが、彼は他に来る関係者の車の誘導があるからと申し訳無さそうに断っていた。
征士は何となくそれに安堵した。

伸たちが乗ってきた車も、裏に駐車場が用意してあるからとそちらへ移動するよう指示される。
4人だけの時はいいとしても、他の人間が居る場所での伸は”毛利社長”だ。
そんな彼に車の移動をさせるわけにはいかない。

ここにいると眉間の皺が定着しそうだと思った征士が、その役に名乗り出た。




「………俺、あの人に好かれてないですよね」


車が出て行ったのを見送った遼がボソリと言ったのに、秀は苦笑いで答えた。


「いやぁ、アイツ元々無愛想なヤツだから。それに当麻の”親戚のおじさん”だからちょっと厳しくなってるだけだと思うぜ?」


そう落ち込みなさんなと若者を慰めている後ろで、伸は「さぁそれはどうだろうねぇ」と言わないにしてもニヤニヤと笑っている。
その気配も感じた秀はそっと溜息を吐きながら、それに遼が気付く前に話題を切り替える事にした。


「で、何だ。ここ、あの先生が買ったんだって?」

「あ、そうそう。そうなんです。凄いですよね、そういう勘っていうか、チャンスを逃さないっていうか」

「確かに見事な家だね。しかも形を残したままで、さり気なく使いやすいように改装まで済んでるんだもの。これは見事だと思うよ」


しれっと参加してくる伸を秀は横目で確認した。
もう表情はニヤニヤしていない。
ああ良かった。そう思って肩の力を抜いた。


「ところで秀」

「ん?」

「キミ、当麻が中に入ってるのに何でまだここにいるの?」

「…………………おぅ…」


忘れていた。何となく好ましく感じる少年を慰める事に頭がいっていて、すっかり忘れていた。


「さ、真田君よぉ、衣装が集めてある部屋って、どこ?」








今回の現場になっている古民家が真田遼の師事しているカメラマンの持ち物だというのはさっき少し聞こえてきたが、どうやら彼は裏の土地も買い取ったらしく、
そこには撮影のための車が何台も駐車できる広さを持った専用のスペースが出来上がっていた。
撮影のためにここまでするとは大したものだと、当麻のように顔に出るわけではなかったが征士も感心してしまう。
いつか撮るであろう未定の予定に備えるそのカメラマン、高橋という人物のその姿勢に、カメラマンと言う存在そのものに対しての認識を改める。


征士はモデルという職業に良い印象がない。
だが実はそれを撮影するカメラマンという職業にも同様に良い印象がなかった。
風景や自然を対象としているカメラマンはいい。だが、モデルを撮影するカメラマンだけは印象が悪いと言うよりも寧ろ”嫌い”だった。


カメラマンと言われて征士がまずイメージするのは、当麻の父親だ。

もう今となっては会うこともないだろうが、彼にどこか浮ついた雰囲気を感じて好ましく思えないのは未だ女子高生だった従姉妹を妊娠させたからだろうかと、
当時の征士は考えていた。だがその反面、彼女が選んだ相手だから受け入れようとも思っていた。
罵声を浴びせる一族の元から彼女を連れて逃げ、そして息子を可愛がる姿に自分の考えすぎだったかと反省したが、結局その数年後に妻子を捨てて
出て行ったと聞いて、やはり自分の認識は間違えていなかったと思った。

当麻の父親の事を悪く言いたくはないが、女子高生を妊娠させるとは幾ら愛があるとしても誠実さに欠ける人間だったと征士は今でも思っている。
そうやって彼への評価が下がると同時に、彼自身が写真家だったという事から、元々良くなかったカメラマンという職業への印象は更に悪くなってしまっていた。
トバッチリだろうが何だろうが、兎に角良い印象がない。
それに追い討ちをかけるように当麻のあの撮影風景だ。
いい歳をした大人が、時によっては征士よりも遥かに年上の男がニヤニヤと薄汚い笑みを浮かべながら際どい言葉で指示をしている。
中には馴れ馴れしく当麻に触れる者もいた。
それらを下衆だと征士は思った。
勿論全てのカメラマンがそうでないのは、幾つかの現場を見て解ってきたことだ。
だがそれでも最初の印象が悪すぎる。
嫌いになった一番の原因は明らかに伊達家やその一族に関することなのだから、ただの八つ当たりのような感情なのだが、それでも征士はいつまで経っても
カメラマンというものに良いイメージを抱けなかった。


だが今回で3度目になる高橋という人物はどうなのだろうかと征士は考えた。
過去に2回、彼の現場を見ているがそのどちらも当麻は殆ど裸にされている。
それを思えば非常に気に入らない方に感情は傾くのだが、実際に仕上がったポスターや写真を見るとどれもとても綺麗だ。
過度に着飾らずに当麻の体1つでその存在感を出している。
当麻本人の才能もあるのだろうけれど、高橋という人物は彼の持つ魅力を充分に理解しているようにも見えた。


「…………………結局、私が頑固なだけか」


呟いてルームミラーを見ると、険しい顔をしている自分が写っていて征士は思わず笑ってしまう。
こんな怖い顔をしてばかりいては、当麻が自分を避けるのは当然なのだろう。
それに最近では彼に対して汚い感情まで持ち始めている。
子供は人の感情に敏感だ。ましてや当麻は聡い子だ。
若しかしたら自分のそういう部分を、ハッキリとではなくとも気付いているのかもしれない。
だからここ数日も、いや再会した時から避けられるのだろう。

昔のように無心に慕ってくれた姿を勝手に求めて、そこから外れる事を極端に嫌う。
その固執する姿は正しく伊達家の人間ではないかと自嘲気味に笑った。
あれほど嫌っておきながら、結局同じだと。
そう言えば彼らは自分たちのそういった性質を指摘される事も嫌っていたなと思い出した征士は、なら自分は少しはそこから動けたのだろうかと考えて、
どこか気持ちが軽くなった。


「…いかん、仕事に戻らねば」


つい考え事をしてしまっていたが、今が勤務中だと思い出して車から降り、家屋の方に向き直る。
そっと眉間に触れてみて、そこに皺が寄ってない事に征士は何となく笑ってしまった。

いい加減、私も大人気なかったな。

気を取り直した征士は、家屋を改めて見た。
立派な、2階建ての家だ。
今回撮影する広告内容に相応しい建物に感心する。


「………………?」


建物の右から左に視線を流して、征士はその端で動きを止めた。
窓が極端に少ない壁がある。
外からしか見ていないが、外観は昔の家屋そのまま残しているように見えた家屋は門から一番遠い2階の壁の部分のみ、他と比べて不自然に窓が
少ない。
他の壁には同じ大きさの窓が規則正しく並んでいるのに、左の端だけ、急に小さなもの1つになっている。
征士の見ている位置からしか見えていないが、どうもバランスが悪い。
建築の事は専門外だが、それでも仕事柄、普通の人よりも建物自体に注意を払う事は多かった。
その感覚から見ても、妙に少ない。

だが元々そういう造りだったと言われれば、そうかとしか言えない。
それに改装の際に何らかの理由でそこの窓を減らした可能性だってある。

疑問は残るものの、いつまでもこんなトコロで油を売っているわけにはいかない。
駐車場をある程度検めたら、今度は敷地内も検めなければならない。
当麻をすぐ傍で守る事は秀に任せているのだから、それは自分の役割だと、征士はまず関係者の車を簡単に調べ始めた。




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トイレは家の外にあるタイプの家。