ホムンクルス



自宅に併設しているとは言え、若い時分から研究所を持てる程に天才のトーマは多忙だ。
機械製品の設計をメインに、エラーが起きた際の原因究明依頼は自身が手掛けた物以外でも大抵トーマに連絡が来る場合が多い。
新型と言われているセージを作りはしたが、アンドロイドの開発は寧ろ趣味に近かった。
実際、トーマが作り上げたのはセージ1体だけだ。
それだって途中まで製作されていたものに改良を加えて仕上げた物だ。
だからと言ってその分野においても軽く見てはいけない。
セージに搭載されている機能はどれもこれも他では類を見ないものだったし、トーマが製作を引き継ぐまでも彼の製作については
どれも試行錯誤はされていたものの、今ほど目新しいアンドロイドではなかった。

セージの特徴の1つは、何と言っても人間と同じものを食べる事が出来る点だ。
他のアンドロイドと違って通常の食品を経口摂取でエネルギーとして補給し、体内に組み込まれた循環システムをフルに活用して
欠片さえ残さずに自身に必要な、あらゆるエネルギーに変換させる。
カスさえ出ない、つまり排泄の必要がない個体だ。

この循環機能はトーマが開発したもので、勿論、現時点でセージ以外に備わっているアンドロイドはいない。


他にも幾つか特異点はあるが、その中からもう1つ挙げるならば、セージはどこでも眠ることが出来た。

他のアンドロイドは眠れないのかと言われると、そういうワケではないのだが、”眠れない”と捉えることも出来る。

詰め込みすぎた情報の整理や、消耗した機能のリセットのためにもアンドロイドたちにも眠りは必要だ。
ただ睡眠(スリープ)状態になると、彼らは完全に活動を停止する。
その間は全ての機能を内在するコンピューターの修復に向けるため、大量のエネルギーが必要になるのだが、それを補給しようにも
一切の活動が停止しているため不可能だ。
補給も整理もどちらも必要な機能だが、従来のアンドロイドでは自己だけでの両立が出来なかった。
それを補うために彼らは専用のカプセルに入り、命綱としてケーブルを繋いで眠りに就く。
そんな彼らを、「フラスコの中のホムンクルス」と揶揄する人間たちもいる。
中世に言われていた人間よりも小さな人造生命体のホムンクルスは、自分の生まれたフラスコの外では生きることが出来ない。
それを、カプセル無しでは活動の維持がままならないアンドロイドたちに擬えて彼らはそう言うのだ。
人間と生活を共にしているアンドロイドに添い寝を望む事は出来るが、確かにその時の彼らは正しい意味では眠っていない。
若し添い寝をするのならば、それとは別でどこか彼らにとって必要な”睡眠”のための時間と”場所”となるカプセルが必要になってくる。

だがセージは、文字通りどこでも眠ることが出来た。
睡眠中に必要なエネルギーは他のアンドロイドより少なく、そして食物から得たエネルギーはアンドロイド用の食事より遥かに
持ちがいい。
眠ることとエネルギーの補給をすることを、両立する必要が最初から無いのだ。
だからセージは専用のカプセルを持っていない。代わりに人間と同じようにベッドで眠る。






「んー、……よし、順調に”消化”できてるな」


忙しい合間を縫って行われるセージの点検は週に1度。
そしてその点検には半日ほどかける。

もう起きていいぞ、と声をかけると台に体を横たえていたセージが起き上がる。


「今回も異常なしか?」

「うん」


長時間向き合っていたモニターを消して振り返ると背後にセージが立っていて、それを見たトーマは思いっきり顔を顰めた。


「何だ」

「何だ、じゃねーよ。お前、何でこっち来る前に何か着ないの?毎回言ってるのに」


点検時にはセージは一旦、衣服を全て脱ぐ。
余計な物があってはスキャンの際に邪魔になってしまうからなのだが、しかし点検が終われば裸でいる理由など、当然無い。


「何かを着る必要があるのか」

「あるだろ!裸は恥ずかしいモンなの!」

「古代ローマでは鍛えられた肉体は誇るべきものだったと聞く」


見苦しくない程度に、程よくつけられた筋肉の膨らみは確かに美しい。
天才的な頭脳と閃きを元に作られたセージは、多くのパーツが体内に組み込まれているが、そのどれもが非常にコンパクトに出来ている。
しかし幾ら小型とはいえ、その量はあまりにも多い。それらを納めきるには、どうしても全長が180センチ近くなってしまった。
それだけの高身長でヒョロリとした体型ではあまりにも見栄えが悪いと、トーマが与えたのは人工の筋肉だった。
それは各関節の動きに従って自然に、まるで人間のものと同じように動く。
誰もが羨望の眼差しで見る、最高のバランスで作られた引き締まった肉体は確かに美しい。
だが、ハッキリ言って「それはそれ」。


「アホか!今はローマ時代から見れば遠い未来なの!衣類の着用がマジョリティを得てる時代なの!」




完璧な容姿に完璧な機能。
何年も続けている点検で異常が発見されたことは一度も無い。
だがそれでもトーマがテスト中だという理由、それは。


「お前、ホントその妙な知識とか拘り、どうにか修正しろよな…」


セージの判断基準は、最初からトーマが設定して与えたものではない。
彼には自己学習できるように何の手も加えられていないAIチップが組み込まれており、自ら見聞きした情報や体験した内容、そして
周囲の反応から何が必要で何が不要かを覚えていく。
…のだが、一体何が悪かったのか、外ではそれほどでもないのだが家に入るとトーマ相手に妙な屁理屈を並べる事がある。
彼の判断する際の基準はどうやら真実か否かのようだが、しかしそれが世間の常識や暗黙の了解から見れば奇妙奇天烈に映ることも多々あった。
だからトーマは未だセージをテスト段階だとしている。
今のまま野放しにするのは大きな被害を生まずとも、小さな誤解は沢山生み出しそうで堪ったものではない。らしい。


「衣類を身に付ける理由には防寒もあるのだろう?今は寒くない」

「いやいやいや。それだけじゃないし、誰かに見られたらどーすんの」

「トーマしかいないのだから大丈夫だ」

「あのなぁ、お前そんな事言っても、」


いつ誰が来るか解んないぞ。
そう告げようとした矢先、来客を告げるチャイムが聞こえた。


「…………ホラ、誰か来た。お前、何か着とけよ」

「ここまで入ってくる人物なのか?」

「いや、知らないけど万が一って事があるだろ。兎に角、わかったな?」


自宅に作られた専用の研究室から出て行く際に、トーマはセージが脱いだ衣服を指差して着ておくよう告げた。






「はーい、今出ますよー」


居住エリアに使っている側の玄関ドアを開けると、20代半ばくらいの女性が立っている。
彼女が着ているのはトーマがよく利用する宅配業者のツナギで、手には女性でも抱えられる程度の箱があった。


「トーマ博士ですね?」

「はい。荷物?」

「ええ。こちらにサインをお願いします」


箱より先に手渡されたのは薄い電子伝票で、トーマはそこに人差し指を乗せた。
ピピ、と音が鳴って承認される。


「はい、確かに確認できました。ではコチラがお荷物になります」


差し出された箱に書かれている文字はトーマの取引先の1つでもある企業のものだったが、伝票に書かれていた
送り主の名前には見覚えがない。
それを不思議に思いつつも受け取ろうと手を伸ばした時だった。


「危ない!!」


突然、配達員の女性とトーマの間に割って入った大きな手がそれを取り上げ、そして2人が驚いている間にさほど大きくはない箱を
遮るものが何もない空に向けて力一杯に放り投げた。
そして何事かと思う間もなく、その箱は遠い上空で激しい光と共に爆発してしまった。


「……………………ばく…はつ、ぶつ?」


呆然と呟くとすぐ隣から低い声で、危ないところだった、と聞こえた。
そして。


「……ッキャァ!!」


配達員は短い悲鳴を上げ、顔を覆ってしゃがみ込む。
それにも驚いたトーマはすぐにその悲鳴の原因に気が付いて伸びてきた手の主を睨みつけた。


「…セージ!!!だから何か着ろって言っただろ!!!」


そう、そこには険しい顔をしたセージが点検した時のまま、裸のままで立っていたのだ。


「そんな間さえ無かったのだから仕方ないだろう。着ようと思った時に妙な音が耳に届いたのだから」

「だとしても堂々と立ってるんじゃねーよ!もっとこう…申し訳無さそうにするとか、隠すとか…」

「隠す?何を?」

「何をって……」


言われてトーマも困った。
もしトーマが同じ立場だったら隠す場所は1箇所、股間だ。
だがセージには人間にある”アレ”がない。だって排泄機能は不要なのだから。

けれど、だからって。


「お前に理由が無くても、相手が困ってるだろ!」


ホラ!としゃがみ込んだ若い配達員を指差す。


「私が隠さずとも彼女が自らの視界を覆っているではないか」

「そーゆー問題じゃないんだってば!…っもう、ホラ!」


言いながらトーマは羽織っていた白衣を脱ぎセージに差し出す。
兎に角それで体を隠せと言いたいらしい。


「……。トーマの衣類は私には少しキツイのだが…」

「やかましい!ちょっと我慢しろ!………大丈夫ですよ、コイツ、アンドロイドなんで”アレ”無いですから」


セージが指摘するとおり、トーマだって身長は180センチ近いのだが研究職のせいか、彼の体は比較的細い。
言われて悔しく感じる事をストレートに言われ、反論する言葉も見つからなかったトーマはセージを怒鳴りつけるしか対抗策(?)はない。
そして未だしゃがみ込んだままの彼女に優しく声をかけて、背を撫でてやる。
セージはそれを、これも従来のアンドロイドには出来ないようなとても曖昧で複雑な表情で眺めつつ、白衣の袖に腕を通した。




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排泄が必要ないので、勿論、”後ろ”も割れ目はあるけれど穴はありません。ツンツルテン。