ホムンクルス



ポケットから様々な道具を出すロボットが生まれたと言われていた”未来の世界”は既に過去。

出生率の低下。
危険区域での作業。
孤独を癒す存在。

理由は幾つかあった。
それらを補うために人間は、自分たちに身近にあった”機械”を”ロボット”にし、そこから更に”アンドロイド”と呼ばれる存在にまで発展させた。

出生率の低下に伴い介護する人間が減った現場では、人の代わりにアンドロイドが世話をした。
人間では到底入れないような区域では、人の変わりにアンドロイドがその危険な作業に従事した。
天涯孤独の身となった者に、アンドロイドたちは常に寄り添って癒した。

彼らは人間社会の中で、必要不可欠な存在になっていた。


だが、彼らはあくまで進化した機械でしかない。
人格は無い。
性格も、個性も、人間が”発注”した時点で決められ、限られた思考パターンを元に行動する。

人は彼らを家族同様に扱うが、どうしても越えられない壁というものはある。
人間とアンドロイドの共存は、真の意味では有り得なかった。

大小あるが、問題は山積みのままだ。





ロボット三原則というものがある。
それを最初に掲げたのは、遠い昔の、ある作家だった。
当初は小説の中で鍵になる部分としてであったが、それは現実社会にもある程度適応された。
内容は勿論、現実に沿ったものに改定はされている。

人間にとって危険な存在ではないという、「安全」。
人間の意志を反映させやすい存在としての、「便利」。
多少手荒に扱っても壊れないという意味での、「長持ち」。

これらは機械製品に適応され、そして彼らアンドロイドにも適応されていた。

人間と共存していく上で、もしも彼らが人間に襲い掛かるという事があれば、力の差は歴然なのだ。
だから「安全」という約束は特に厳しく設定されていた。
それに人間が”発注”するのだから”買い主”にとって心地いい、少し悪意を持った表現をすれば都合のいい存在としての「便利」さ、
そして命のある存在ではないと言う認識から来る過酷な作業条件でも「長持ち」する存在。

人間は自分たちの生活の中に必要としているアンドロイドたちとの共存を望みつつも、万が一の危険性を考慮すると
どうしても対等の存在として、これらのリミッターを外すこ事は出来なかった。


アンドロイドたちにも判断が求められるために、ある程度の思考は設定されている。
日常での会話をスムーズに行うためにも学習能力も備わっている。
しかし稀ではあるが、中には自らの得た情報や学んだ経験から、設定されていた思考以上の物を得るモノもいた。
そして彼らは規定には無い”エラー”を起こし、完全に自らの意思で行動する”イレギュラー”と呼ばれる存在になる。

規定外の行動をするだけならばいい。
だが一部には人間に反旗を翻し、自立をしようとする個体も幾つかはいた。酷ければ危害を加えるものも。

彼らは人間にとって危険な存在となり、人間の意志を何一つ反映させず、そして頑丈に作られたボディは簡単には止めることが出来ない。

それらを取り締まるためにもやはり同じアンドロイドが当てられるのだが、これが現在抱えている問題の1つになっていた。


少数ではあるが大きな危険を抱える存在。
だが彼らなしでは最早、社会は成り立たないほどにまで依存している。

そんな彼らを、共存する相手としてアンドロイドたちをみた場合には完全に対等に扱えないもどかしさを抱え、
ある一定以上の進歩は危険だとして、技術がまだ無かった遠い過去の彼らと同じように思考も何もない”機械”に
戻した方がいいのではないかという迷い。
この2つは互いに折れることなく、今でも互いに論じ合い、時には諍いを生んだ。
どちらの意見も解らないでもない。
だからいつまで経っても明確な解決はないと思われていた。

そんな中、ある科学者は言った。
「彼らを全く人間と同じ、一つの命として受け入れればいい」と。

人間を育てるように、時間はかかるが1体1体の人格を環境の中で一つの命として丁寧に育て上げ、彼らと生きていく。
その科学者はそう提唱した。
勿論、リミッターはつける。
ただそれは今までの制限とは多少異なるものになる。
人間が自ら培った経験で判断するように、アンドロイドにも”設定”としてではなく判断する基盤を育て上げればいい。
彼はそう言った。

実際に彼はその後すぐに、試作品の作成に取り掛かっていた。
ある程度の賛同も得ていた。
そしてある程度以上の期待も向けられていた。
彼が生み出そうとしている新しい生命体が、今現在抱えている問題を動かすためのキッカケになるのでは、と世間は静かに”それ”の誕生を見守った。







「それでは、”彼”が生まれてもう10年以上になりますが、今もまだテスト段階ということなのでしょうか?」


派手ではないが上質のものに囲まれたホテルの一室で、自分によく似合ったスーツを着た女性インタビュアーが聞くと、向かいでソファに
深く腰をかけた人物は固くは無い態度で頷いた。


「以前に比べれば自分で判断して動くことも、生活の中で何かをすることも全て、ほぼ完成しています」


ただ思考についてはあと少しは見守ることが必要です。
そう答えた人は空のような青い目を、くるりと隣の人物に向けた。
それに従ってスーツの女性もそちらに視線を向ける。

美しい金の髪に、宝石のような紫の目。温かみのある白く滑らかな肌に均整の取れた肉体。
それでも恐ろしいほどに整った容姿は人工的には見えず、最高のバランスで生命を感じさせる。

見惚れるように眺めているとふいにその人物と視線が合って、インタビュアーは頬に血を上らせた。


「……ど、……どう見ても人間と同じ質感なのに、”彼”はアンドロイドなのですね…」

「通常のアンドロイドというよりももっと人間に近い存在ですね。何だろう?レプリカ?」


それか”紛いモン”かな、と言って笑った青い目の人物の頬を、横から伸びた手がきゅっと抓った。


「お前が生み出しておいて、あまりな言い様ではないか、トーマ」

「いひゃひゃひゃ、いひゃい、セージ、いひゃい、ひわんなる」


攻撃と言うより明らかにじゃれ合っている光景にインタビュアーを含め、その様を記録するためにカメラを回していた男性も呆気にとられる。
今までのアンドロイドなら冗談は言っても、撫でたり抱き締めたりする以外で人間に触れる事は無かった。
だが目の前の輝かんばかりの美丈夫、セージというアンドロイドはあっさりと産みの親でもあるトーマの頬を抓ったのだ。

新しい生命。
それは確かに目の前に存在していた。




「それでは…。今日はありがとうございました」

「こちらこそ、自信作の自慢の場を設けていただいて感謝しています」


茶目っ気たっぷりに言うとトーマはソファから立ち上がり、女性が差し伸べた手を受け取り握手を交わす。
次に、試すようにセージに手を伸ばすと彼もトーマと同じようにその手を握り返した。
肌の感触も、温かさも、どれも人間と全く同じだった。


「あ」


部屋を出ようとしたトーマが呟いて振り返る。
研究者としては年齢は比較的若いが天才と名高い男は、真剣に話すときは知的な印象しか与えないのだが、普段の雰囲気は全く違い
どこか子供っぽさを見せる。
振り返った顔は、人好きのする愛嬌のあるものだった。


「さっき頬抓られたの、アレ、カットしてくれますよね?」

「…え?」

「いや、カッコ付かないでしょ」

「カッコが付く付かんを考えるのなら、もっと自分の言動に責任を持たんか」


女性に向き直り、どこまで本気かわからない事をお願いしているとまたセージの手が伸びてきて、トーマの首根っこを掴む。


「兎に角、帰るぞ。…失礼しました」


そして半ば引き摺るように部屋を後にしていった。

部屋に残されたインタビュアー達はその光景にも暫く動けずに眺めていたのだが、すぐに女性が我に返り、
そして室内に残されたカップを眺めた。


「本当に、…生身の人間と変わらないのね」


テーブルに置かれているコーヒーカップは3つ。
1つ はインタビュアーである彼女のもので、もう1つはトーマのもの。
(これは彼の好みに合わせてかなり甘く作られていて最早コーヒーとは呼んでいいのか迷う代物だ)
そして残るもう1つ。
それはセージに出されたものだった。


孤独を癒す手段としてアンドロイドを求める人は少なくは無い。
彼らは生活を共にするパートナーとしてアンドロイドを選んだのだが、彼らが最ももどかしく感じるのが食事だ。

アンドロイドだって活動する以上はエネルギーが必要になるが、それは人間の食べるものでは補えない。
と言うよりも、人間と同じものを体内に入れてしまうとそれは異物にしかならず、故障の原因となってしまう。
それは液体、固体を問わずに。
万が一に飲み込んだものが幸いにも影響の無い箇所に落ちれば無事だろうが、それでも排泄することが出来ないのだから
体内にそれは蓄積され、腐敗し、何れはやはり故障への道を辿る。

最悪、異常を来たしてイレギュラー化するケースだって考えられてしまう。

今では見た目だけは人間の食事と変わらないアンドロイド用のものが量産されてはいるものの、同じ食卓について異なるものを食べると言う
寂しさだけは拭いようが無い。

孤独を癒すために作られたアンドロイドは、作業用のアンドロイドに比べて人の感情に多少なりとも敏感だ。
それに元々、マスターの要望に応えることを己の意義としてインプットされている。
そんな彼らの中には、自らのマスターでもある人間が落ち込む様に耐え切れず、無理矢理に人間の食事を摂ってメンテナンス工場に
運び込まれる個体さえもいた。

それが現状、抱えている問題の1つでもあった。



このインタビューが開始される前にスタッフの一人が尋ねた。
博士は何をお飲みになりますか。同伴されているアンドロイドの方の味の好みはありますか。と。
若き天才の博士には好みの飲み物を、そしてアンドロイドにはそれに似せて色と味をつけられた彼ら用のドリンクを用意しようとした為だ。
しかしトーマはヘラっと笑って、「俺もセージもコーヒーがいいです」と答えた。

最初は何を言っているのかと驚いたが、大丈夫ですからと自信たっぷりに答える若き天才に促され、半信半疑で出してみれば
確かにその言葉どおり、セージと呼ばれたアンドロイドは普通にコーヒーを飲んでいた。


「アレは完全に新しい命だわ」


人とじゃれ会い、人と同じ物を食べ、そして直接見たわけではないがマスターである天才を守るために一定上の戦闘能力も有している。
その上、美しい。
完璧で理想通りの”ロボット”がそこに存在していたのに、インタビューをした女性は興奮を抑え切れなかった。









「疲れた」

「だろうな。愛想を振りまきすぎだ」

「っしょーがないだろ、それも俺のお仕事の1つなんだから」

「元々無愛想なくせに無理をしすぎだ」

「無愛想レベルはお前のほうが断然上だろうがっ」


あーでも疲れた、と助手席にぐったりと身を預けたトーマの頬にセージが手を伸ばした。


「……皺?」


抓られた時に皺になると必死に訴えたのを気にしたかと聞き返せば、セージは苦笑いを返した。
これだって今までのアンドロイドでは再現しきれない表情だ。


「そうではない。ただ疲れが肌にも出ているようだったから」

「あ、そ。…で?」

「やはり疲れている。昨日遅くまで起きていたのも原因かも知れない。安全に運んでやるから家まで寝ていろ」


セージは優しく笑うと、運転席にあるパネルで助手席の角度を操作してトーマが眠りやすい位置で止めてやる。
その絶妙な角度と優しい低音の声に促されて、トーマはほんの少しだけ眠る事にした。




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天才の生み出した新しい命としてのアンドロイド。