らららカレンダー



社会人2年目。
必死に口説いた想い人と恋人になって1年目。
何かと理由をつけてやんわり拒否され続けた同棲が叶って2ヶ月目。

自分に背を向けたままの恋人はとても嬉しそうにしている。


4月。
つい先日、恋人と近所の公園で花見をした。
自分の会社にも新人が入ってきた。
少し前のニュースでは大学の合格発表がどうのこうのと言っていたが、世間ではその合格者たちが晴れて大学生になり近隣の土地では
少々浮かれた空気が漂っている。
田舎の小学校では今年の入学者がその学校にとって最後の生徒になる事も、そう言えば同じニュースで聞いた気がする。



4月だ。

征士は我慢していても溜息を吐いてしまった。
恋人が背を向けたまま、嬉しそうにしているからだ。

嬉しそうなのは構わない。寧ろ全然、どんとこい、いいぞもっとヤレだ。

征士の恋人は頭が良すぎて好奇心旺盛なのだが、それでもパッと見クールだ。
しかも童顔だけど恋人は6歳も年上だ。
そんな恋人がウキウキしてるなんて可愛い。可愛すぎる。
その可愛い状態で仕事机に向かい、ルンルンと並べているのは写真だ。

先日の花見のもの。…なら良かったがそうではない。
恋人なんて全然写ってもない写真を嬉しそうに眺めている。
見ているのは20数枚の子供の写真。
仕方がない。
だって恋人は小学校教師だった。


「………当麻、」


いい加減寂しくなって声をかけた。
明日は土曜日で征士の仕事が休みだ。
だから金曜の今日は少々遅くまで恋人らしく過ごしたい。
だから、少し拗ねて声をかけた。


「わかってるって。でもあとちょっと」


だが恋人は振り向きもしない。

仕方がない。
恋人は小学校教師で、そして今年、初めて担任を受け持つ事になったのだから。


「どうせ来週、教室で顔を合わせるのだろう?」

「そうだけどやっぱりちゃんと顔と名前を確認しときたいだろ?」


嘘だ。征士はそう解っていた。
恋人の羽柴当麻は学生時代から天才として有名な人物だった。
それは思考についての評価でもあり、ひらめきについてでもあり、そして記憶力についてでもあった。
だから一度でも写真で顔と名前を確認すればすぐに覚えられる。
大体去年も、担任は受け持っていなかったがそれでも生徒と関わっていたのだ。
どの学年の生徒でも大半は既に知っているのだろう。

では何故今、写真を眺めているのか。

単純に、嬉しいからだ。


当麻の父・羽柴源一郎は高校の科学教師だった。
ある程度身体の育った生徒達ではあるが、今のうちしか出来ない事や見ないと解らないことは山のようにある!という教育方針の彼は、
既に高校生だというのに生徒達を川へ連れ出し、紙コップ持参で膝まで入水させ採取し持ち帰ったものを顕微鏡を使って態々見せたり、
些細な実験でも科学室を貸しきって休み時間に食い込んでも生徒達に実践させたり、実際に植物を育てて今更観察日記を書かせたりと、
少々、通常の高校生活でする授業にしては実働的な物を多く体験させていた。
最初は面倒臭そうにしていた生徒たちも、ただ教科書で文字を読みテストのために覚えるのではなく、目の前で起こる変化や結果に最後は目を輝かせ、
そして実験が休み時間に食い込もうとも目の前に出される光景に見入ってしまうようになっていた。

そんな父を持っていた当麻は、家で彼から科学の面白さをみっちりと聞かされて育った。
実験道具の全てを一家庭で揃えることは難しかったが、それでも可能な限り父は息子にも体験させ、長期休暇の折には川へ山へと連れ出していた。
当麻も父もアウトドアと言われて一般的に想像できるようなものの趣味はなかったが、それでも毎年夏にはキャンプをしていたほどだ。

そういう生活をして成長した息子は、やはり父と同じように科学に興味を持った。
そしてそれを、やはり同じように自分より若い者達にも伝えてやりたいと思った。
同級生の大半が科学の授業はつまらないと思っていたのを惜しいと思ったからだ。
だから当麻は教師を志した。
勿論、最初は父と同じ科学教師だった。それも高校の。
ところが途中でもっと早い世代から楽しさを覚えて欲しいと思うようになり、その進路は中学の科学教師に変わっていた。

が、実際になったのは小学校教師だ。


当麻は天才だった。
どの科目も、小中高問わず、何なら大学で専攻として教えることだってできるだけの頭脳があった。
だが当麻が教えたいのは勉学ではない。それらを学ぶことで得られる楽しさだ。
ならばもっともっと早い方がいい。高校よりも中学。いや、それならいっそ小学校だ、と。

当麻は天才だった。
運動神経だっていい。
ついでに言うと、見た目もいい。
所謂イケメンだが、女性のみに持て囃されるタイプではなく、万人受けする爽やかタイプだった。
我が子の為の度が過ぎたり、突き詰めれば己の見栄のために教師や学校に食って掛かる保護者がいるが、当麻はそんな人物相手でも
好意的に受け止められる容姿と、そしてそれをやんわりと丸め込むだけの語彙も持っていた。
抱える教員として、学校側からも受けは良かった。

だが楽しさを教えるなら早い方がいい、という当麻でも、どう見ても隙のない天才!という当麻でも駄目な物があった。

悲しいかな、彼は音痴だったのだ。

楽器はある程度大丈夫だ。
本格的なピアノ演奏は無理でも、生徒に歌わすための伴奏なら何とかできる。
教科書の記号だって全部把握しているし、音楽史もバッチリ頭に入っている。

だが、歌だけは駄目だった。

だから幾ら早い段階で生徒たちに学ぶことの楽しさを教えてやりたくとも、音楽の授業も担任が教えなければならない1年や2年の生徒は
受け持つ事が出来なかった。

音痴に教えられたら、生徒まで音痴になってしまう。
それは思い込みではなく、当麻の実体験だった。
そう、父の源一郎も音痴だったのだ。それも極度の。
その彼が歌うのを聞いていた息子も音痴に育っていた。
だから担当するとすれば、音楽だけは専属の教師がつく3年生以上ではければならなかった。

話が随分逸れたが、そんな当麻が今年、3年生のクラスを受け持つ事になった。
念願の、クラス担任だ。
今から嬉しくて仕方がないのだろう。
始業式のある4月8日は来週の月曜日だが、それでも嬉しくて仕方のない当麻は生徒達の写真を飽きもせず眺めている。



のが、征士には面白くない。
相手は子供だというのは重々承知だし、ましてやそこに向けられる視線と自分に向けてくれる視線では意味合いが違う事だって知ってるし、
それらを周囲に自慢してまわりたいくらいに自負している。

だが長年想い続けてきた人が、恋人として過ごせるはずの時間に肝心の恋人を差し置いてまで眺めているのが生徒の写真というのが面白くない。


「当麻、ほら。ビールがぬるくなってしまう」

「わかってるって」

「この映画はお前が見たくて借りてきたんだろう?」

「そうだけどもうちょっと」

「このままではツマミを私1人で食べきってしまうぞ。いいのか?」

「えー駄目だって」


だったら早く隣に来い。
言葉にはせずに、征士はソファから恨めしそうな視線を恋人の背に投げた。


「………当麻」

「っもー、解ったよ」


しつこく声をかけ続けて漸く振り返ってくれた恋人の表情には、面倒臭えなオイという感情がありありと浮かんでいたが、
そんなものは征士の知ったことではない。
向けられた感情が何であれ、意識を自分にむけさせる事に成功しただけで満足だ。

……というような男ではない。


「当麻、ほら」

「はいはい。……ってうわぁ!」


ソファに近付いて隣に腰を下ろそうとした当麻の腕を征士は強引に引っ張って自分の膝に乗せた。


「あっぶねーな。何だよ、急に!」

「危ない事などあるか。ちゃんと受け止めただろ?」

「受け止めたっていうか座らされたっていうか…」

「ここに座って居ればいい」

「いや、流石にそれってどうだ」

「何故」

「だって男同士だぞ」

「だが恋人同士だ」

「それに俺ら、いい加減大人だし」

「大人だからこそ、同棲できているのは認める」

「いや、同棲じゃなくって、同居だから」

「肉体関係のある2人が一緒に暮らしているんだ。同棲だろう」

「に……っ」


ハッキリと言ってやると当麻の顔が一気に赤くなった。
それが可愛くて征士は腰を抱く腕に更に力を込める。


「いやいやいや、た、確かにそうだけど……そうなんだけど…」

「なんだ?」

「いや、その……こういうのってもっとホラ、若いのがした方がいいだろ…俺、30だし。オッサン入ってきたし、キモイって絶対」

「教師がキモイなどという言葉を使うな」

「……………。……はい」

「それに当麻で気持ち悪ければ世の中の人間など、老若男女問わずグロテスクで不快感のみの生物しかおらん事になる」

「いや、それは言いすぎだろ」


それもキッパリと…と当麻は自分を抱いて離さない男を見た。
前世でどんな善行を積めばこんな風に生まれられるのかと言いたくなるような容姿の男だ。
しかもそれに見合うだけの頭脳と身体能力、そして清廉な人柄に加えて家柄までヨシときたものだ。
選ぶ相手なんて選り取りみどりのそんな相手が何故自分にここまで惚れ込んでくれているのかが未だに解らない。
けれどそんな風に思われて悪い気など、当然しない。

それに。


「……兎に角、俺も悪かったからそんなに拗ねんなって。…ほら、もう子供の写真、見ないから」

「…ああ」


美しい金の髪に指を梳き入れると、回された腕が更に強くなって、当麻はそれに微かに笑った。


「映画、観よう」

「ああ」

「リモコン、お前持ってる?再生してくれよ」

「ああ」

「それから降ろしてくれ。これじゃ観にくい」

「それは断る」


隣にぴったりくっついて観ようと思いそう告げたのだがそれはアッサリと却下された。
やはり腕の力は更に篭められる。


「あぁーのなぁ、征士、」

「気が変わった。映画は明日にして今日はもうベッドに行こう」


甘えるように自分の胸元に顔を埋めてくる男の頭を、当麻はパシっと叩いた。

けれど、こんな風にストレートに物を言う征士のことが嫌いではない。
それに、それに。


「お前ねぇ………………じゃあ、膝に乗ってるついで。お前、ベッドまで運べ」


それに、当麻だって征士が好きだ。
よく解らないけれど物凄く必死に自分を口説いて、一緒に暮らしたいとまで言い出した彼が大好きだ。


「それからビール、冷蔵庫に戻しといてくれよ。あとツマミもラップして冷蔵庫」

「随分と注文が多いな」

「お前が言い出したんだからそれくらいやれよ」

「では少し前払いしてくれ」

「図々しい!」


だから言葉ではそう言っても彼の望みどおりに、その唇に軽く口付けてやった。




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羽柴先生は年下の恋人とラブラブなんだって!とオマセな女子が言ってます。